暗黒Ⅴ~
そこからしばらく、同じような時間が流れた。
長い間、闇の中に閉じこめられては、定期的に食事と水分補給のために幕が上がる。カイドウの顔を見るのと同時に、ほっとしつつ、与えられる粥の美味さに、ほっぺが落ちそうになったあと、今日もよく食べたね、と誉められたあと、
「ここは君の居場所だよね?」
決まってそう尋ねられる。
途端に、孝子の中にある感情のささくれが戻ってきて、
「違う」
「いいえ」
などの短い言葉や、首を横に振る動作で出力される。
そして、残念そうな、どこか傷ついたような顔をしたカイドウの手によって、暗幕がかけられた。
これだけやられれば、暗幕にも馴れそうなものだったが、暗闇に覆われる度に、恐慌はやってきた。
嫌だ嫌だ。もう、暗いのは嫌だ。ひもじいのも嫌だ。一人でいるのも嫌だ。パパ、ママ、助けて。ここから出して。そう願って、解放されるのを願う。
しかしながら、暗闇から解放された先にいるのは、いつもカイドウだった。繰り返されるうちに、男と安堵と紐づけられていく。
彼はウチを閉じこめるけど、誉めてくれるし、案じてくれる。きっと、暗幕で覆うのも、彼なりにウチを想ってのことだったんだ。
付き合いが長くなるにつれて、孝子にはカイドウの思考が理解できるようになっていった。だからといって、認めるわけにはいかない。なにより、家族と、また会いたかった。
「お願いします。お願いしますから、ウチを外に出してください」
だから、いつものように暗幕が払われたあと、涙ながらにそう訴えた。屈したくないというささくれ立っていた誇りは既にほぼほぼ溶け落ちていた。カイドウは気の毒そうな顔をしつつも、
「ごめんね、外には出せないんだ」
無情にも告げた。当然、そう答えるであろうことを、孝子は理解している。
「お願いします。ウチにできることならなんでもしますから」
交渉する。なんなら、身体だって差しだしていい。嫌悪感はもうほとんどない。むしろ……
「そんなことはしなくてもいいんだ。君はただ受け入れるだけで。ここが君の居場所だってね」
相も変わらず取り付く島もない。
駄目だ、もう帰れない。そんな絶望とともに、徐々に薄れつつある父と母の顔を浮かべる。
「帰りたいよぉ。パパァ、ママァ」
帰るべき場所のはずだと、涙をこぼす。しかし、一方で以前よりも帰りたい、という気持ちが薄れはじめているのがわかった。
「君に泣き顔は似合わないよ」
気遣いの言葉。それを嬉しく感じる。振り払おうと、言葉を絞りだした。
「お願いしますぅ」
「笑ってごらん」
「帰してください」
「そしたらきっとわかるんだ」
「パパとママに会わせてください」
「ここが君の居場所だって」
そう。ここウチの居場所。思いかける自らの心を、違う、と奮い立たせ、
「帰りたいよぉぉ」
声を上げる。
諦めたようにカイドウが暗幕を拾った。
ああ……また、カイドウさんが、ウチのことを想って。そう察しつつ、暗闇を受けいれる。ガラス越しに、かの男性の気配を感じた。安堵。いてくれるのだと。
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