暗黒Ⅳ

 幕が取り払われる。こころなしか、後悔したようなカイドウの顔。

 こいつはこいつで後悔しているのか。そんなことに気付きつつ、余計なことを言わないよう気を配る。

「反省できた?」

「……悪かった」

 認めたくなかったものの、また元に戻りたくなくて謝罪を口にした。

「なにが悪かったのかな?」

 反省に具体性を求めてくる男。どうやら、もう曖昧なごまかしはきかないらしい。

「……殺すとか、死ねとか言って」

 途端に満面の笑みを浮かべる男が、粥を手にする。どうやら、正解だったらしく、ほっと胸を撫でおろす。

 それから、小鳥のように粥を与えられる。柔らかな米と薄い梅の味を噛み締めるように食べた。おいしい。とても、おいしい。

「よく食べたね」

 食事を終えると、男はそう告げたあと、えらいえらい、と付け加えた。たいしたことでもないのに、なぜだか少しだけ嬉しくなると同時に、そんなわけない、と思う。

「……別に」

 男からは保護者然とした温かとした視線が向けられていた。それにほっとしている自分に、孝子は腹がたってる。依然として、心はささくれ立っている……はずだ。

 そんな孝子の様子は、カイドウは満足げに見守ったあと、

「ここに馴染んでくれて嬉しいよ」

 気楽に告げる。

 認めるわけにはいかない。自らの本分を孝子は思い出す。

「……馴染んでない」

 また暗幕をかけられるのを覚悟しつつ、そう告げた。男は、理解に苦しむ、というような顔をしたものの、幕を拾い上げはせず、そうかな、と問い返してくる。

「そうだよ」

「君はここにいるために生まれたように見えるけど」

 なんの疑いも抱いていない男の言葉。

 薄々察していた男の誘拐の動機に、孝子はようやく確信を深めた。

 。ただ、その一点のためなのだと。もちろん、この本来の場所なるものは、カイドウの中の妄想ではない。しかし、この男にとっては当たり前すぎて、それ以外の解などないのだろう。

「違うよ。ここはウチの居場所じゃない」

 だからといって受け入れるわけにはいかない。

 ウチは、ウチの日常に戻らなきゃ。パパやママ、それに数少ない友だちがいるところに。腹を括る孝子に男は、

「どう考えても、君の居場所はここしかないだろう」

 ごくごく当たり前であると告げる。押しつけですらない。世界を正常に戻したいだけなのだと、言わんばかりの。

「違う」

 だからこそ、拒絶しなければならない。孝子は孝子で、自らの世界を守らなくてはならなかった。

「どうしても?」

「どうしてももなにも、違うから違うって言ってるだけだよ」

 途端に、実に残念だというような顔をした男は、暗幕を拾い上げる。反射的にやってくる恐怖は、

「止めてくれ。なんでもするから」

 意志に反して、孝子に音を上げさせる。カイドウは穏やかな表情で、

「ここが君の居場所だって、受け入れてくれる?」

 尋ねてくる。

「それはダメだけど……」

 折れそうな心と口に鞭を打って、拒絶する。

 幕がかけられた。

 出して、と声のかぎり叫ぶ。もう、狭く暗いところが、耐え難くなっていた。


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