暗黒

 与えられた素麺を吐きだす。つゆの絡んだ麺は、とてもとても魅力的に感じられたが、拒否した。それでも根気強く、カイドウが与えようとする食事を拒み続ける。食欲と生理的嫌悪感の二つの狭間で煩悶しつつも、依然としてささくれ立つ感情で、反逆を試みる。

 これからどこまで飢えに耐えられるかはわからない。それでもなるべく、この男からの施しを受けないようにと。

「なんで、食べてくれないの?」

 どことなく、不機嫌そうに尋ねてくる男。いつも以上に感情が表に出ているように見えたところから、今なら多少は言葉が届くかもしれないと思う。

「出せ」

 決して屈しないよう、心を強く持とうと訴える。

「ねえ、なんで食べてくれないの?」

 噛みあわない言葉。各々の主張を口にし続ける。

 やがて、男は残念そうに目を瞑ってみせ、仕方がない、と呟いた。

 カイドウは、黒い大きな布のようなものを手にする。それで何をするのかと思えば、孝子の入っているガラスケースに被せられた。

「なにすんだよ! どけろよ!」

 急遽現れた暗黒に戸惑い叫んでいると、ごめんね、という男の返答が聞こえる。

「これも君のためなんだ」

 ふざけるな、と思いつつ、出せ、と叫ぶ。こころなしか孝子の声はガラスケースの内側により反響するみたいだった。

「いい子になったら、幕をとってあげる。それまではご飯抜きだよ」 

 どうやら、行動のどこかしらが男の意に添わなかったらしい。それ自体は、ざまぁみろ、だったが、なにも見えない狭い空間内に、空きっ腹で放置されるのは耐え難かった。自らを奮い立たせるべく、ささくれだった感情を、出せ、という言葉に変換する。しかし、何の反応も帰ってこない。

 そもそも、今、カイドウはガラスケースの近くにいるのだろうか? それさえもわからないまま、叫び続けたが、やがて声も枯れ、元気もなくなり、黙りこむ。何もしなくなると空腹と渇きが襲ってきた。

 この暗闇の中で、どうなってしまうんだろうか。なにもわからないまま、呆然とする。やり場のない怒りも、次第に不安に呑まれていった。

 いつまで、このままなんだろう?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る