ここはウチの居場所じゃない!

 卵粥とはこんなに舌がとろけそうなほどのものだったのか。空腹という最高のスパイスゆえか、あるいはカイドウが料理上手だからか。不覚にも、食事に対して最大の感動を示しながら、

「なんで、ウチにこんなことをしたんだよ」

 幾分か冷静になった孝子は、男に根本的なことを尋ねる。カイドウは、不思議そうに首を傾げた。

「こんなことって?」

 そこからか、とうんざりする。とはいえ、この宇宙人じみた男にしては、言葉が通じていると、自らに言い聞かせつつ、

「なんで、ウチが箱に閉じこめられているかってことだよ」

 教え導くように、本意を伝える。

 そもそも、この誘拐の目的がわからなかった。

 身代金目的にしては、男からその手の話が一切出てこない。短い付き合いではあるものの、この男が金銭目的の誘拐を企てたのであれば、特に何の考えもなく自らの犯罪について赤裸々に話をするはずだ。素直さ、という点については、これ以上ないくらいの信頼がある。

 翻って、若い女の誘拐にありがちな身体目的というには、閉じこめ、食事を与えるばかりで、一切手を出して来ない。機が熟すのを待っているのかもしれなかったが、それにしては目線から感じられる性欲の気配が薄い。

 よくわからない、というのが今の結論だった。

 カイドウは、二三度目を瞬かせる。やはり、言葉が通じてないのか、と更なる言葉を重ねようとして、

「だって、そこが君の居場所だろう?」

 迷いない男の言葉が室内に響く。何を当たり前のこと。そんな意味合いを強く感じた。一度は落ち着いていた心が、また強くささくれだつのを感じる。

「ふざけるな!」

 叫ぶ孝子。なぜだか、ほっとした顔をするカイドウに、より神経を逆なでにされる。

「はぁ? 頭おかしいんじゃねえの」

 胸の中のささくれをまっすぐ叩きつければ、カイドウは僅かに眉を顰めた。ようやく、何らかの傷をこの憎き男に与えられたとほっとする孝子に、

「君を一目見ればすぐわかったよ」

 返ってきた落ち着いた声音は、自信に満ちているように聞こえる。

「わかった?」

 なにがわかったというのだ、と胡乱げに思う孝子に、カイドウは頷きつつ、そう、わかったんだよ、と繰り返す。表情はどこか恥ずかし気だった。

「君はガラスケースの中で僕に見られるために存在するんだって」

 瞬間、孝子の中でなにかが切れた。

「そんなわけねぇだろ!」

 この宇宙人の言葉を、断じて認めるわけにはいかなかった。

「ウチの居場所は、ウチの家だ。断じてここじゃない」

 そこを捻じ曲げられるやつは、誰だろうと許すわけにはいかない。

 しかし、カイドウはピンと来てないらしく、

「だったら、ここだよ。ここは君の家みたいなものだろう?」

 またふざけたことを宣う。

「ここじゃねえよ。ウチのパパやママのいる家だ。ここに来る前に住んでいたところのことだよ!」

 はっきりと告げる。通じないだろう、と理解しつつも、言わずにはいられない。

 意外なことに、カイドウは、ああ、そうか、と納得した様子をみせる。ようやく、会話が通じたのかと一瞬思いかけて、

「出荷場のことだね。けれど、出荷場は出荷場でしかないんだ。そこは君がここに来るまでの、待合所みたいなものだよ」

 飛び出してきたのは、孝子のこれまでの人生、全てを否定するような返答。断じて許すわけにはいかなかった。

「なに、わけのわからないことを言ってるんだ! いいから、ウチを元の場所に戻せよ!」

 ささくれだった感情を、そのまま叩き続ける。しかし、ガラス越しにこちらを見る男は、どこか満足げに頷いているばかりだった。

 ウチはこいつを受け入れない。そう固く誓った。 

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