宇宙人

 やがて、ガラスの分厚さを実感しいくら叩いても意味がないと気付いた孝子は、痛む手を止めた。その直後に、口に当たる部分が外にいる男の手によって開かれる。どうやら、外からは開閉自由らしい。

「出せよ!」

 思わず叫ぶ。降りかかってきた理不尽に対して、屈したくなかった。男は穏やかに微笑み。

「ご飯だよ」

 などと告げてきた。なにがご飯だ、などと孝子は苛立ちをより強める。しかし。

「いいから出せよ!」

 芯からの訴えには、

「手作りのカレーなんだけど、口に合うかなぁ」

 男自身の料理の出来を気がかりに思う言葉が返ってきて、

「出せってば!」

 再度の訴えには、

「飲み物はなにがいいかな? とりあえず、水を持ってきたけど、ジュースとかコーヒーがいい?」

 飲み物の希望を募ってきて、

「話聞けよ!」

 根本的な通じなさを言葉にしても、楽し気にカレーの乗ったスプーンを、穴から差しだしてくるばかり。

 言う通りになってたまるかと、口をギュッと閉じる。得体の知れない相手からの施しなど受ける気にはならなかった。

 男は気分を害するでもなく、スプーンを引っ込めて、

「お腹が空いたら言ってね」

 などと告げてきた。その顔は余裕たっぷりで、狭い空間に閉じこめられている孝子の神経をささくれ立たせる。

「誰が食うか! 気持ち悪い!」

 今ある嫌悪感をありったけぶつけた。……はずだったのだが、

「大丈夫? 風邪薬でも持って来ようか?」

 返ってきたのは、意味がわからない言葉だった。

 幾分か遅れて、気持ち悪い、という孝子の言葉が、体調の悪さと受けとられたらしいと思いいたる。

「そうじゃねぇよ! お前が気持ち悪いって言ってるんだよ!」

 ゆえに、勘違いしないように訂正する。ここまですれば、通じるはずだ。しかし、男はいまだにどこか気がかりそうな顔のままであり、ちっとも手応えが感じられなかった。

「ごめん。用事を思い出したから、ちょっといなくなるね」

 自分の言葉が堪えたのではないのか、という希望的観測を持つには、あまりにも男が動じてなさ過ぎた。

「おい、ちょっと待てよ!」

 いなくなってくれるのであれば、気分的に幾分か楽にはなるものの、何の成果も得られないまま男を行かせてしまってはいけない気がした。とはいえ、囚われの身であるところの孝子に止める手段はなく、男は部屋の外に出ていき、一人になる。

「なんなんだよ、あいつ」

 外国人、どころか宇宙人だ。それが男に対して孝子が抱いた第一印象だった。



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