ささくれに関するオチを3分くらい考えてみたが、むしろ心がささくれてしまった

ささくれに関するオチを3分くらい考えてみたが、むしろ心がささくれてしまった

 私、♪(作者名です)には3分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、『ささくれ』に関するオチを3分以内に考えるというものだ。


 なぜそんな馬鹿げたことをしているのかといえば、KAC2024の第4回のお題が『ささくれ』だったためだ。

 以前の『バッファロー』や『住宅の内見』といった今までの課題に比べて、自分の体にできるものなのでイメージしやすいお題なのだが、やはり落とし穴があるのだ。

 というのも『ささくれ』なんて、ちょっと痛いくらいで命に関わるようなことはなく、存在自体のインパクトが圧倒的に足りないと言えるだろう。

 ちょっと昔であれば、『ツバを付けておけば治る』とか言われてしまう程度なのだ。


 さて、ここで皆様が気になっている『3分以内に考える』にも触れてみますが、今回も意味がありません。

 『ささくれ』の話だけしてみたところで面白くもなんともないので、勝手に制約を付け加えてみただけです。

 『3分以内』と『バッファロー』の話をテンプレとして利用することで合理的に文章を生産しようという企てだったりもします。

 コスパとかタイパとか、なんかそんな感じのアレだよ。たぶん。


 さて、お題にある『ささくれ』だが、皆さんはどのようなものなのかをご存知だろうか。

 小説を1本書くのだから、当然理解している必要はあると私は思う。

 ほら、小説家は取材が命とか言ったりしますよね。

 そう考えると、このお題は実に良いテーマな気がしてきた。

 なにしろ、『にわかささくれ識者』をふるい落とすことが容易にできてしまうのだ。


 しかも、今回は『全てを破壊しながら突き進む』などという、パワーワードは使われていないのだ。

 これは迂闊に手を出すと大恥をかいてしまう可能性があるため、慎重に考えなければならないだろう。


 さて、実際に『ささくれ』の定義を調べてみると、以下のような様であるようだ。


 ――


 『ささくれ』とは、物の先端や表面、または爪の周辺の皮などが細かく裂けたり、めくれたりすることを指します。

 また、そのように裂けた部分のことも指しています。

 例えば、割り箸の先端が細かく割れることや、指の皮が細かく裂けることを『ささくれ』と言います。

 感情がすさんで、とげとげしくなることを表す『ささくれ立つ』という表現にも使われます。


 ――


 前回テーマの『箱』と比べて、実に明確に定義されているではないか。

 つまり、『ささくれ』をテーマに書こうとするならば、物理現象としての『ささくれ』、もしくは精神的なすさみしかないということになるのだ。

 どちらを選んでも激戦は必須と言えよう。


 そういえば、私は子供の頃、母親に『ささくれができるのは親不孝をするからだ』と言われたことを思い出した。

 調べてみると一般的によく広まっている迷信なのだそうだ。

 起源については諸説あるようだが、ささくれができてしまうと水仕事ができなくなるため親の仕事が増えるという、核家族化が進む現代においては理解が難しいもののようだ。


 私は当時、幼稚園くらいだったと思うが早くも『ささくれができるのは親不孝だから』という説には疑問を持っていた。

 だが、幼稚園児の頭脳では違和感には気づいても論理的な説明が困難であり、今日までずっと母親のかけた呪いのようにモヤモヤが残り続けていたのだ。


 これはよい機会なので論理的に解決を図ってみたいと思う。

 方法としては『ささくれができるのは親不孝だから』という説を命題と定義し、必要条件と十分条件が共に満たされるかについて検証すればよいだろう。


 まず、これが十分条件であるとするならば、『ささくれ』ができた時点で必ず親不孝であると言える。

 ところが、『ささくれ』の原因は乾燥や栄養不足であることが医学的に証明されており、親不孝は因果関係として適当だとは言えないのだ。

 また、親が既に他界しているなどの理由で親不孝という状況が成立しない状況でも『ささくれ』は発生しうるので、十分条件は満たされない。


 つぎに、必要条件であるとするならば、親不孝であるすべての人に『ささくれ』ができている必要があります。

 これは大変だ。ニートの指から出血が止まらないじゃないか。

 また、親不孝の代名詞みたいな職業の方も、けじめをつけるために指を詰めることがあるらしいが、これは『ささくれ』ができる確率を下げる行為であろう。

 以上のことから、必要条件も満たされない。


 この検証結果は大いに満足できるものとなった。

 私は『ささくれ』ができやすい方だとは思うが、これからは親不孝を心配する必要がないのだ。

 これからは胸を張って『ささくれていこう』と思ったのだが、よく考えてみたら私には両親がいなかった。


 母はずいぶん前に病気で他界しているし、父に至っては多額の借金だけ残して蒸発をしたので生きているのかも知らない。

 『箱』の課題で幼馴染の家が大晦日に夜逃げをした話を書いたが、うちも自宅を取られ、私は借金の対応に追われた日々を過ごしたことがある。


 親不孝という言葉はあるのに、子不幸という言葉はないらしい。

 これはとんでもない話だ。

 こんなことだから、親が子の財産を当てにして豪遊した挙げ句、借金だけ残して蒸発するなんてことが起こるのだろう。

 子不幸な人は『ささくれ』どころか、爪が全部めくれてしまえばいいのに。



 ここまでで既に30分は経過していることに気付いた。

 そう、私には『ささくれに関するオチ』を思いつくことなんて出来はしないのだ。


 だが、私は気がついた。

 今の私は心がささくれていることに。


 えっと、これをオチとしてもいいでしょうか?

 ダメならもっとささくれますけど。

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