僕は恋を見た


 この数日、僕の席は騒がしい。


「ぎゃははっ! マジで!?」


 僕の机にケツを置いて笑う女子、桃谷ももやのせいだ。


 短いスカートはもちろん校則違反。膝よりちょっと上な姫川(その他女子)でも短いと僕は思っているが、それよりも上! 靴下が足首までのものだから、下半身だけ見たらもう肌色の人だよ。


 桃谷とは小学校から一緒で、中学ではすでに二度同じクラスだ。

 昔から元気で声がでかい。変化といえば眉かな、随分と薄くなった。


 桃谷は僕からすれば大層不思議な人物である。

 今まで全く絡みがなかった奴でも興味があればガンガン絡みにいくんだ。

 まるで長年の友人であるが如く仲良しになっていたりするんだから、いやはや恐ろしい。


 そんな桃谷の現在の興味は僕の前の席。青山あおやまくんに注がれていた。


 別に桃谷が誰と仲良くなろうと興味はない。どうでもいいことベスト10に余裕で上位入賞する。

 だが、僕の机を椅子替わりにする頻度よ。


 一応「ごめん」と言われて、僕は「別に」と返したんだけど。それが良くなかったのかもな。

 僕の「別に」を「どんどんどうぞ」と受け取られたのかもしれない。

 とはいえすぐさま僕の机に座るわけじゃない。うっかり腰をかけているだけな感じ。範囲も広くないし。


 だけども。うぅん。

 そろそろ注意しようかな、と思い始めている。


「ヤバっ、少年漫画じゃないの? これ」

「うん、そうだよ」

「いやいや青山ぁ、これエロ漫画じゃん!」


 注意はまだいいな。なんだ何の漫画の話だ。


「ち、違うよ。これはラブコメだから!」

「エロコメだろー。この乳でかいのが好きなん?」

「いや、俺はどちらかというと、この負けヒロインが」

「負けヒロイン」


 ガタガタと机を揺らし、桃谷は青山くんに体を寄せる。どうやら二人が見ているのはスマホだ。覗き込まないと内容は分からなかった。ぐぬぬ。


「あっ、チャイム。またね、青山」

「う、うんっ」


 チィ……去っていく桃谷と共に青山くんのスマホもしまわれてしまった。

 僅かにズレてしまった机をもとに戻す。あまりガタガタやってしまうと青山くんが気にするかもしれないのでそっと。


 桃谷は悪いやつじゃない。

 寧ろ、いいやつだと僕は思っている。


 僕らに特別な関係性はない。親しくもない。

 ありえない話だけど、もしクラスの奴らが僕らにどんな繋がりかと聞いてくることがあったなら、答えは「同小」一択だろう。クラスの違う奴に聞かれれば「クラスメイト」と答える。その程度だ。

 なのにいいやつだと至るのはおかしいか?

 いやいや、僕なりに思うところが……。まあ、それは置いといて。


 しかし、それでも。

 大事なのは桃谷の人柄ではない。絡まれている側、今でいえば青山くんだ。

 友達というわけではないけれど青山くんとはよく喋る。このクラスでは一番といってもいい。

 だからもし彼が嫌だと思っているのなら――……あぁ青山くん、キミはそんな顔で微笑むのかい。知らなかったよ。


 後ろから微かに見えた青山くんの横顔。視線の先にいるのは桃谷だった。


 僕は分かっている。桃谷の興味が失せたらこの時間が終わるのだと。

 昔からそうなんだ、めっちゃくちゃ見てきた。

 だったら、机くらい貸していいか。うん、大した時間じゃない。


 ちなみに僕は桃谷から興味を持たれたことがないので、本当に見てきただけである。



 **



 とある日の夕食後。


「ねぇ深山って、もしかして桃谷さん苦手?」

「は?」


 片付けの手伝いを終えた姫川が前置きなしで突然言ってきた。ウトウト襲ってきた睡魔が吹っ飛ぶ。

 ソファにだらんと寝転がる僕の前、床にちょこんと座った姫川は距離が近くて、反応をしてから目を逸らした。


「最近さ桃谷さんって青山くんと仲良しじゃん? それは別にいいんだけどさ、桃谷さん机に座ってるでしょ」

「……アァ、マァ」

「でも何も言わないじゃん、深山」


 そりゃ、言えるわけがない。

 だって青山くんはあんなにうれしそうに桃谷との時間を過ごしているのだ。僕が何か言うことで、ぶち壊すことにでもなったら……。

 桃谷が飽きるのは仕方ないが外野の影響で終わるなんて。それがもし僕のせいだったりしたら、そんなの忍びない。


「私言おうか?」

「な、なにを」

「んー……、机に座らないでって」

「い、いいよ。別に」


 姫川はきっと誤解している。

 僕は本当に嫌な時は言えてしまうんだ、そしてそれはそこそこに付き合いだけは長い桃谷も分かっている。と思う。


 そりゃうるさいけどさ。机揺れるし。気ぃ使ってトイレとか行ってるし。いい気分ではない。


「しんどくなったら言うんだよ」

「……。ああ、桃谷に? うん、まぁ、そうなったら、言う」

「じゃなくて私にだよ」

「なんでだよ」

「深山が可哀想だよって言ってあげるから」


 可哀想て。そんなことを姫川に頼む方が可哀想じゃない? 僕。




 ***




 それからほどなくして、その時は訪れた。

 桃谷の関心が別のクラスメイト(女子)へ移動したのだ。


 もう僕の机は乱れない。

 さよなら桃谷、おかえり静寂。


 ……だけど心から良かったとは思えなかった。

 だって青山くんがめっちゃ寂しそう。背中が少し小さくなった気がする。


「……深山くん」

「うん?」

「深山くんって、好きな人とか、いる?」


 くるり振り返った青山くんからまさかの恋バナを振られて、驚きすぎた僕は声も出なかった。

 いやだって。今まで僕らの間で交わされていた会話はうっすいうっすいものだったのに!


 驚いたのも束の間、すぐに察した。

 あぁ、青山くんは桃谷を――。


 その可能性を考えなかったと言えばうそになる。

 だけど人様のそういうのを勝手に想像するのは失礼だよなと思い直したんだ。


 でも……そうか、すごいな。好きな人を見る目って、こんなにも違うのか。

 外側から見ても明らかに優しいまなざし。

 なんだか潤んでいるような?

 温度を持っているような……。


 好きな人を見ている目は、まるで口みたいだ。

 聞こえないけど、好きだって言ってるみたいだ。















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 一話完結風を目指して書いているんですが、うまくできているのか。

 楽しんでいただけたら嬉しいです。


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