第52話 竜が呼んでいる

ああ、くっそいってぇ……




ドラゴンの身体になってから痛みなんて全く感じたこと無かったんだが……いや本当に痛えな。


しかも、痛い通り越して致命傷か?身体が思うように動かせねえ。

このまま死ぬかね?俺。


……なんか自分でもビックリするくらい落ち着いてるな。


まあ、一回死亡を経験してるからな。なんか死生観が変わってるのかもしれん。

生と死を経験するのは究極の哲学って言うしな。



しっかし、なんなんだよ、ありゃあ。



なんか異様な雰囲気……俺の一部が俺に迫ってくるっていうか、なんつーの、ドラゴンの力?を感じて外に飛び出してみたら、化物ブレンギンズがいて人を襲ってやがるし。


見た目はドラゴンっぽいけど、近づいてみたらなんかクッソキモい見た目しやがってからに。

前世で、小学校で一緒のクラスだった友人が夏休みの宿題で持ってきた粘土細工思い出したわ。今際の際に出てくるのがそれってどうよ。


いやー、でもアレはぜってーまともなヤツじゃあねえだろ。少なくともこの世界の土着のドラゴンじゃあないな。


なんかこう、闇とか暗黒の儀式とかでなんか悪いことして召喚したり生み出してきたクリーチャーに違いない。黒マナ3点からヒッピーとか抹殺者出しちゃうぞ。


んで、相手の目的も何もよく解らんが……ともあれ人が襲われてるんだ、放って置くワケにもいかんだろ?


そう思って突っ込んだが……突っ込んだわけだが、いやー強いなあの化物。

巨人でもちょっとびっくりはしたが余裕だったのに、いきなりラスボスが出てきた感じだ。


アレか?ドラゴンは最強であるっていう世界だから、なんかしらんがドラゴンであればそれも最強なのか?

最強と最強がぶつかったらどうするんだよ、矛と盾かよ。



いやまあ、俺が負けたから矛盾にはならんのだが。



はぁ……しまったよなぁ。



あの化物に攻撃しようと、竜の息吹タキオンランスを放とうとしたときに頭をよぎったんだよな。

これ以上力を使ったら、俺の意識がドラゴンに呑み込まれちまうって。


それで腕力だけで戦おうとした結果が、コレだよ。

舐めプで負けて死ぬとか恥ずかしすぎるだろ本当に。



どうしよう。



死ぬのは、いいんだ。



イヤ良くはないが……そもそも、俺は一回死んでるしな。

たまたま運良く2度目の生を拾えただけだ、無闇矢鱈に消費しようとは思わないが、何が何でも2度目の生にしがみついて謳歌してやろう!という気分でもない。


ただ、ただなあ。


俺がココで死んじまったら……は、どうなるんだろう。



耳を澄ませて、ゆっくりと目を開く。


身体が殆ど動かせないって言うのに、周囲の音はよく聞こえるし、様子を眺め窺うことも問題なかった。





「一閃――!」


まず目に入ったのは、刀を振るう女性。


崩壊した城壁で、わらわらと群がっているキモい見た目の化物の兵士ブレンギグロメニアンを斬り捨てている。


……いや、アレは刀じゃあないな、鍔とかがないし……白木の鞘に入った和剣ドス


「いい長物でありんす、わっちにも一つくださいな」


「……アンタに褒められたなら鍛冶屋冥利に尽きるってもんだ、いいだろう、打ってやるよ」


「素敵でありんすね、とても楽しみでありんす」


女性は、自身の後ろにいる鍛冶屋っぽい男性に声をかけてくつくつと笑うと、表情を鋭くして周囲を見渡す。


「武器を取りなんし、この死地より逃げおおせても逃げる場所などありんせん」


和剣を振るい、化物の兵士ブレンギグロメニアンを膾切りにしているのは、エルフの姫様ひいさまのソメイさんだ。


艶やかで見事だった着物を今は脱ぎ捨て、夜桜の染物がなされた肌着のみを身に着け、さらに首口から腕を出している……そこには美しい桜華の入墨、そして胸にはサラシを巻いていた。


……姫様なのになんで刀を?

やっぱエルフおかしくね?


「逃げても往生できるとは限りんせん、主さんの妻子が妖になってもいいのでありんすか?」


彼女は、敵に恐れ慄く帝国の兵士たちを鼓舞していた。

ただ一人、怪物たちの前に立ち向かいながら。


兵士たちは、必死の形相で槍持ち、弓持ち、震える足を叱咤して立ち上がり立ち向かう。

それを見てソメイさんも頷き、和剣を脇に構える。


「良いでありんしょう。主さんたちは今とても良い顔をしてやす。さあ、竜神様が起き上がるまでの辛抱でありんす――」


次の瞬間、ソメイさんの手がひらめき……飛びかかろうとしてきた怪物たちが、瞬く間に両断された。


「つけましょうや、落とし前を……」





………。

ああ、くっそ。


ソメイさんは、俺がまだ動けるって思ってくれてるんだ。

俺はみんなのことを助けるって、信じてくれてるのか。


……ああ、くっそ。






……次に目に入ったのは……ミコさんと、そしてアインス皇帝だ。


2人で一緒に行動してる。

城壁付近までやってきていて、ソメイさん率いる兵士たちが討ち漏らした怪物を討伐している様子だ。


……いや、ミコさんはともかく皇帝は何で?皇帝ナンデ?

近衛とか騎士団とか、そういうのいるでしょ、任せろよ、せめて護衛とかいないの?


「皇帝陛下、ここはやはり、私一人で……」


「何を言うミコ殿、この場でそなたを置いて逃げればドラゴン殿に申し訳がたたぬ……それに、だ。私はダンケルハイト帝国の皇帝なのだ。他国からの要人も招いておるこの場において、皇帝が逃げおおせたとなれば帝国の威信は地に落ちようぞ」


「ですが、陛下に何かあれば」


「心配無用だ。そのへんの騎士などよりはよほど強いと自負しておるぞ!……まあ確かに、余の直系の子がおらんのはマズいが……仕事を理由にして逃げすぎたわ……」


そう言って快活に笑う皇帝は手にした騎士剣カッツバルゲルをガン!と叩いてみせる……いやなんだよそのゴッツイ剣は。


ソメイさんといい皇帝といい、もしかしてこの世界って、王族とか貴族とかは武に通ずるっこんでないといけないとか、そういう決まりでもあるのか?

王族が武装して前線で戦うとかどこの一角獣の覇王だよ。



はぁ……まだまだ知らないことばっかりだな、俺。


ミコさんと皇帝陛下は化物の兵士をバシバシと倒していく……うーん、連携が綺麗だ。

皇帝が剣をぶんぶん振ってなぎ倒していって、素手と蹴りで武闘家みたいに戦うミコさんが皇帝の攻撃の隙をカバーしてる感じだな。


即興でやってるなら凄いもんだが……いつのまに仲良くなってたんだこの2人。


やっぱまだまだ、知らんことばかりだな。



「乗り切るぞ、ドラゴン殿が再起するまでの辛抱だ」


「もちろんです、御方の露払いをいたしましょう」



……2人もまだ、俺が負けたなんて思ってないのか。

俺が瀕死だなんて、思ってもいないのか。



………。


……ああ、くっそ。



何、死にかけてるんだよ、俺。


最強の存在だろ?


何ビビって死にかけてんだよ。







なあ。聞こえてるか?


「なんだよお前、今更っていうのか?」


都合の良いこと言ってるのは悪いんだけどさ、他に方法がねえだろ。


「知るかよ、今更だろ?このままドラゴンになることを拒んで、人としての意識を保ったまま死ぬだけだ」


状況が変わったんだよ。

私がこのまま死んだら、私が死ぬだけじゃなくて、みんな死んじゃうだろうが。


空飛んでこっち眺めて笑ってる、あの化物ブレンギンズだって野放しになるんだ。

あんなの放って死ぬわけにはいかんだろ。


「ドラゴン的にはどーでもいいことだろ?最強の存在が好き勝手してようと、それこそ人間を殺していようと」


いいや、違うね。


私は、ドラゴンは、そんなことは言わないさ。


「なに?」


確かに力は振るったし、それで人に被害を出しちまったし、圧倒的な力で敵を倒すことを喜んだことは事実だけどさ。


でも、人間を積極的に害してやろう、なんて思ってないだろ?


「……」


例えば守ってる村が襲われたりとか、そもそも人間が俺を討伐しようと乗り込んでくれば、そりゃあやり返すこともあるだろうけどよ、自分から乗り込んでいって倒そうとは思わないだろ。


ああ、そうだとも。


ミコを救ったときのことを思い出せ。


何か打算とかあったか?損得勘定で動いたのか?

無視してもよかったはずなのに、もしかしたら直接的に殺してしまうかもしれない、と躊躇さえしたのに、それでも、助けたじゃあないか。


冷酷非道で、人間のことをなんとも思ってないドラゴンなら、そんなこと考えも思いもしない、助けることを考慮すらしないさ。



人を助けよう、そう思って動いたんだ、そうだろ?


誰かの助けになりたい、それがドラゴンとしての、君としての願いで、想いで、そのために動いてきたんだろ?


「それで誰かを傷つけたじゃあないか!」


それを致し方ない、だとかで片付けないのは君じゃないか。


しっかりと思い悩んで、それでも誰かを助けようとしたんだろ?

失敗したら英雄失格だなんて思わないよ。



「……」



「わかったよ」


「俺は俺だ、例え身も心もドラゴンになっても、それは変わらないぞ」


そりゃあそうさ。

私も私であることには変わらないさ。


人間と共にあるドラゴンであるとね。



「オッケー、じゃあ往こうぜ、ドラゴン」


おうとも、ドラゴンになった少年。




と一緒に、悪い奴から人を守ろうぜ』











轟音と同時に光の柱が立ち昇る。


それはかつて、セーズ村にも発現した奇跡が光臨した証であった。



刀を振るっていたソメイも、アインス皇帝も、帝国の兵士も、そして化物兵士ブレンギグロメニアンたちでさえも、その手を止めて光の奔流に目を奪われる。


その光を前に、慄き、焦がれ、そして静かに微笑む存在は2つ。



「御方」


「どあごん」




やがて光の柱が唐突に消え、上空に飛び上がる存在が威風をはらう。



艱難を断絶する爪

辛苦を根絶する牙

万難を払拭する翼

万障を排除する鱗


そして数多の人々を見守る黄金色の双眸。




「ドラゴン…」


「ドラゴンだ……!」


「……ドラゴンが!」



人の想いと願いを焚べて。


真なる竜ドラゴンが、再燃す。

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