第53話 竜が死んだ日

帝都の上空にて、相対する2対の竜。


真なる竜ドラゴン偽なる竜ブレンギンズを見据え、動く。



バリバリバリ――――


先程の奇跡の光とはまた違う光……ドラゴンの周囲に稲光が輝き、雷鳴がこだまする……次の瞬間には、世界を塗りつぶさんほどの極大の雷光と、世界を引き裂かんほどの雷鳴が轟いた。


電位差を拡大させ電撃を放つ魔術、それと原理は一緒であるが、ドラゴンのそれは奇跡により引き起こされたもの。

その規模は、まさしく雷であった。



ゴロゴロゴロ……

ガシャァァ―――――ン!!!


異変を察知したブレンギンズもまた、奇跡によりて神の理に抵触する。

負のエネルギーで無限に満たされている真空状態ディラックの海を生成し、障壁として雷を防ぐ。



ドォォォォォォォォォッ!!!


雷が落ちる。


しかし、その光は《途切れることなく》降り注ぎ続ける。

雷が、のだ。



バチバチバチバチバチ……!


雷とは膨大なエネルギーの集合体である。

本来であれば一瞬で放出が終わるそれが、数秒以上も継続して続いたことで周囲の空気が焦げ、煮え立ち始める。

熱波を超え、第四態プラズマ化し始めたところでようやく雷の奔流が終わる。



「どおおおおごおおおおお」


神すら殺し得るとさえ思える、絶滅の一刺しを受けてなお、しかし偽りの理を操りブレンギンズは健在である。


ボッ!ボッ!!とブレンギンズの周囲に熱素カロリックの塊がいくつも作り出される……雷により沸騰した空気は周囲にいくらでも漂っているのだ。幾重にも奇跡を重ねて作った熱の塊を、お返しとばかりにドラゴンへ向けて連続射出する。



ガァァァ!


対してドラゴンも、周囲に小型のブラックホールを生成……質量を重力で潰すことで熱放射ホーキング放射を行い、その熱線ガンマ線をもって熱素を撃ち落とす。


さらに、そのままブラックホールを用いてブレンギンズを重力で擦り潰そうとしたが、ブレンギンズはホワイトホールを生成偽証することで、素早く抜き出る。


一進一退……いや、ほぼほぼ実力は拮抗しているようだ。


全力を出しているドラゴンは、ゴァァと嘆息をついた。



『おいおい……本気でやってるのに倒せないとか、やっぱお前チートか何かだろ、いや人のこと言えないが』


ブレンギンズを睨みながらドラゴンは呟く。

もっとも、彼の声はただの唸り声にしか聞こえない……それは地上で2体の竜の戦いを見守る人間やエルフたちはもちろんのこと、従者であるミコも、そして偽竜ブレンギンズでさえ、ドラゴンの言葉を言葉として理解してはいなかった。


「どああぁあぁ、おぉお?」


『しかし、お前も何でドラゴンになんてなろうと思ったんだよ。最強になりたかったのか?憧れたのかね?』


ドラゴンは一息にブレンギンズへと肉薄する。

一瞬遅れて風と音が衝撃波となって到達した。


ドラゴンが勢いを乗せて突き出した爪を、しかしブレンギンズも腕を繰り出して捌く。

まるで爪を刀剣のようにして二度三度と打ち合い、そして翼をも使ってがっしりと空中で組み合った。


「どあお、どあおん!!」


『最強の力を得て、文字どおり我を忘れたのか?……まあ、ひょっとしたらもお前みたいになっていたかと思うと、ゾッとはするけどな』


互いに組み合い、一歩も譲らぬ状況でドラゴンはブレンギンズの目……から生えている女性の顔を見て、口を開く。


『いいか、最強の力なんて良いこと何にもないぞ』


『城壁を引き裂ける爪が欲しかったか?そんなもんあったら握手することすらできねえんだぞ?』


『鋼鉄を噛み砕ける牙が欲しかったか?この牙が邪魔で言葉がうまく出せなくて全部唸り声になるんだぞ?』


『大空を飛び回れる翼が欲しかったか?街の中に入るのも億劫だし家の中なんて入れなくなるぞ?』


『外敵から身を守る鱗が欲しかったか?人に抱きつかれても温もりも安らぎも感じられないんだぞ?』



『最強の力があったって、できることなんて何一つないんだ』



グッ、と力を込めるドラゴン。

その勢いに、ブレンギンズの身体が、ほんの少し押されていく。


『けどな』


力を緩めず、むしろ身体中からコンコンと湧き出す力を放出するように、ブレンギンズを押さえつけながらドラゴンは語る。


『この爪で、この牙で、この翼で、この鱗で、それで人が助けられるっていうなら、それで良い――それ以外のことを全てご破算になってもな!』


グググウッ!!っという音が聞こえるほどに、力を込められたブレンギンズの身体が拉げていく。

ブレギンズは初めて狼狽するような表情を浮かべたが、しかしすぐに新たな奇跡へ縋る。




偽証:獲得遺伝ジェミュール




ボン!!と何から爆ぜるような音とともに、ブレンギンズの体が膨れ上がる。

腕が、足が、翼が、まるで風船のように盛り上がり肉の塊を形成していく。


生物が得た能力……筋力や知力などは、子孫に遺伝するパンゲン説と再定義されたことで、ブレンギンズの身体を構成する生物らの能力が飛躍的に向上、今まで生きてきた過去を物理的な力に変換してきたのだ。


押されていたブレンギンズであったが、しかし筋力を向上させたことで逆転、ジリジリとドラゴンが追いやられ、劣勢になる。



『くっそ、やっぱお前チートだろ!まあわかってたけどよ!』


ドラゴンは必死に抵抗しつつ……しかしため息を一つ、つく。

劣勢にたたされたというのにあまりに妙な様子に、ブレンギンズでさえ少し困惑した表情を浮かべた。



『もっと色々と、知りたかったけどな』



ドラゴンが一度目を閉じ、そしてカッと見開いた。

あまりの眼力に思わずブレンギンズの力が緩まるが、それだけだ。


すぐに圧倒的な剛力をもってドラゴンの体を掴み上げ、握りつぶさんと試みる――



『じゃあな』


そしてドラゴンは、切り札の奇跡を行使する。









――すべての物質の寿命は有限であろうか、無限であろうか。


生物はいずれ死ぬであろうが、例えば石のような物質は何もしなければ永遠にそのままなのだろうか。



それは違う。



物質は非常に、長い時間をかけて崩壊する。


しかし未だ誰も観測したことがない。


10の34乗年の時間が流れても、物質は崩壊しないことは証明されている。


それ故にまだ誰も観測していない。


……その現象奇跡を引き起こす。





ボロッ………


そんな音が聞こえることはなかったが、しかしその様な音が鳴るのに相応しい様子であった。


ブレンギンズの身体が、筋骨隆々と膨れ上がりドラゴンを圧倒していた肉体が、まるでホコリのように形をなくしボロボロと崩壊していく。


「どあ?!どあごお、ど………!」


何かを叫ぼうとするブレンギンズであったが、しかし喉元を構成する肉体……それを構成する陽子が崩壊していけば、頑強な肉体も何も無く、ただただ雲散霧消していき、あげようとした声すらも立ち消える。


これが、ドラゴンが行使した奇跡。

限定された空間内で、ただただ、時間を進める奇跡。


10の34乗年以上の時間を、ただ刹那の時間で針を進める奇跡。







竜の死トロイメライ








ボロ、とドラゴンの体もまた崩れ始める。

爪や、牙が、翼が、鱗が、その先端から崩れていく。


ボロボロと、ブレンギンズの身体が崩壊し消滅し、未だ消滅を免れた一部が埃のように舞い上がって、霧のように周囲を覆う。


それは崩れていくドラゴンの身体を一瞬隠した。



そうしてどれだけの時間が流れたか、もうもうとした霧とも煙とも言えない、それが晴れたときには。





真竜と偽竜の姿は、どこにもなくなっていた。











「御方……」


帝国の兵士らが偽竜の討滅を確認し、そして帝国や自身の無事を喜び歓声をあげる中、ただ一人、ミコだけは空を見上げて静かにつぶやいた。


「ミコ殿」


側にいたアインス皇帝もまた、最初こそ兵士と同じように声を上げたものの……真竜ドラゴンの姿もまた居ないことに気が付き、神妙な表情を浮かべミコに声をかけた。


「ミコ殿……ドラゴン殿には感謝してもしきれぬ、これは皇帝として……帝国の代表としての思いだ。ドラゴン殿がになろうと、変わらぬ友好を……」


「大丈夫ですよ」


「む?」


訝しがるアインス皇帝であったが、空を見上げていたミコはくるり、と振り返り皇帝へと向き直る。


その顔は、満面の笑みを浮かべていた。


「御方はきっと無事です。今はお疲れになられて、どこかでお休みを取られているだけですよ」


「そうか。そうかもしれ………」


アインス皇帝は頷こうとして……固まった。


満面の笑みを浮かべるミコ……彼女の口からは、歯がチラチラと見えていた。

それはまるで……肉食動物の牙のようなものが生え揃った様な姿。


ギザ歯であった。


「陛下……?」


きょとん、としたミコの前で、アインス皇帝は表情を無くす。


「首長……長い舌……ギザ歯……?」


誰にも聞こえぬほど……たとえこの場にドラゴンがいたとしても聞き取れぬほどの声で内心を吐露したアインス皇帝……身体は、わなわなと震えている。




アインス皇帝の中で、何かが――弾けた。




ガシッっとアインス皇帝はミコの両手を掴む。

未だきょとん、としているミコの目を、彼は真っ直に見据えた。



「結婚してくれ」


「はい?」

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