第51話 絶望の竜域

ダンケルハイト帝国 帝城ツァイトガイスト 北部城壁————





「どあごんさま」



先に動いたのは、幻想偽竜ブレンギンズであった。


その異形の四肢をくねらせ、偽りの翼を広げ羽ばたき、ドラゴンへと迫る。


対してドラゴンも、その万物を断ち切る四肢をたぎらせ、空を覆い隠さんほどの翼をはためかせブレンギンズへと至る。



激突――



まるで幾重もの落雷を束ねたような轟音が響き、衝撃は空気を揺らして波となり、思い出したかのように周囲へと拡散していく。


城壁で幻想偽典:竜牙兵ブレンギグロメニアンや、今もなおそれとの戦いを続けていた兵士らもまた、巻き込まれて身体を大きく揺さぶられた。


この一撃にて、2体の竜に流れる感情は相対するものであった。



「どあごんさま?どあごんさま、どらごんんんんんん!!!」


ブレンギンズはただただ、歓喜に打ち震える。

ドラゴンとの一撃を交わしてなお、ブレンギンズ自身が健在であることに。


グルルルル―――……!!


ドラゴンはただただ、驚愕に打ちひしがれる。

ドラゴンとの一撃を交わしてなお、ブレンギンズ自身が健在であることに。


空中にて、二度三度と互いの四肢をぶつけ合う。

万雷の空ですら静寂と思えるほどの、衝撃波ソニックブームすら引き起こす轟音が響く。


互角。


どちらかが押し負けることもなく、どちらかが押し通すこともない。




グォォォッ!!


仕掛けたのはドラゴンからであった。


ブン!と尾を強く振り、ブレンギンズと大きく距離を取る。


そうして口腔を開く――青白い光がバチバチと音を立てた。

竜の息吹タキオン・ランス――



……グァッ……!!


しかし、ドラゴンは急にハッとした表情を浮かべ、口を閉じ青白い光を飲み込むようにかき消す。

代わりに、まるで墜落するような勢いで地面へと迫り、腕で大地を大きく打ち据えた。


ドン!という音と地震と共に、大地が砕けその瓦礫が吹き上がる。

岩や土砂が幾億もの散弾と成り、空を飛ぶブレンギンズへと一気に迫る。


「せかいのちゅうしんにふどうであるのはこのほしでなくたいようであるというしそうをしんじといているのはいたんである」





幻想現実:天動アルマゲスト





だが撒き散らされた散弾はブレンギンズを捉えることなく、その身体を避けるように急に進行方向を変えていく。


それはブレンギンズの周囲の領域が、今この瞬間に書き換わった結果である。


それは、大地が……この星が太陽の周回を動き、回っているという科学者たちが証明してみせた事実地動説という神の理を改変し。


この星を中心に空が、星が、世界が動いているのだとする幻想天動説に作り変えた結果である。



投擲物が本来受けている、地球の自転により得られている慣性の力をなくし、コリオリの力とは無縁の空間となったこの場所を狙撃するのは、地動の常識によっては不可能であり――どれだけの散弾が襲おうとも無意味である。



これは、ドラゴンが行使する奇跡と同様。

ブレンギンズが行使する、偽典の奇跡。


否定された法則。

有り得ない物理。


人間が経験を、実験を、実証を、知識を積み重ねてきたことで、一つ一つ明らかにしていった物理法則、その中でいくつも生まれては否定され消えていったを、という奇跡。



偽りの神の理。

幻想の現実。





幻想現実の領域非現実の王国






「どあごおおおおおおおお」


2度目の驚愕を抱くドラゴンだが、ドラゴンが立ち直るよりも先に、ブレンギンズが畳み掛ける。


轟!と音を立てて、ブレンギンズの周囲をいくつもの火の玉……いや、業火の塊が姿を現す。


それは、かつて存在すると信じられていた物質。


熱……物体が熱くなったり冷たくなったりするのは、目に見えず重さのない熱の流体があり、これが流れ込んだ物体は温度が上がり、流れ出して減れば冷えるためである。


あらゆる物質の隙間にしみわたり、温度の高い方から低い方に流れ、摩擦や打撃などの力が加わることによって押し出される、熱を司る物質。


熱という現象の物質化。





幻想現実:熱素カロリック





熱素をさせた空間内において、ブレンギンズは空気や大地に存在する潜熱……物体に浸透し外部へと出ていかない熱素の再定義を行い、周辺物体の熱容量を低下させ――そうして溢れ出た熱素は、獄炎となり顕在する。


そして、集まれば集まるほど斥力……性質を持つ熱素が、限界を迎えるに至り――




ドドドドドドドドド――――――ッ!!!!



まるで溶岩の如く燃え盛る獄炎が、破裂。

ブレンギンズに導かれるまま、驚愕に打ち拉がれていた、ドラゴンへと襲いかかる。



焔の塊を前に、さしものドラゴンも雄大に構えるわけにはいかぬ。


その翼を広げ、まさに地獄から呼び起こされた炎とさえ言えるそれらを打ち据え、弾き、霧散させた。



しかし、それは単なる炎ではなく、熱素の塊。



受け止め弾き飛ばしたドラゴンの翼に、熱素が浸透。

ドラゴンの肉体は溶岩マグマに沈もうとも火傷さえ負わない、熱素が蓄積し高温になろうともそれは変わらないが――熱素の性質の1つである斥力が発生。



ドォォォォォン!!!


ドォォォォォン!!!



大きな音を立て、ドラゴンの翼が大きく爆ぜ、その血肉を弾き飛ばす。

予想だにできぬダメージを受けたドラゴンに、しかし追撃の火の塊が迫る。



ドォォォォォン!!!


ドォォォォォン!!!


翼を爆ぜさせたことで、回避はおろか満足な飛行も出来なくなっているドラゴンの身体に、火の玉が次々と突き刺さる。

そして被弾した場所からドラゴンの身体が破裂、血肉を爆ぜさせたドラゴンは悲鳴とも怒号とも取れぬ咆哮を上げながら、空から墜ち、眼下に広がる帝国の地へと叩きつけられた。




偽証:竜の炎マンガーズマレット




空を悠々と飛ぶのは、一体の怪物。


幻想偽竜ブレンギンズ



「きゃは」


万理を引き裂く爪

摂理を刺し貫く牙

道理を噛み砕く顎

法理を覆い隠す翼


まるでドラゴンの姿をしたドラゴンではないもの。



「きゃあ、きゃは、きゃははははははははははははあはははははははあ!!どあごんさま、どあごん、どあごおん!!!」


幻想偽竜が咆哮する。




興奮を、狂喜を、誕生を、勝利を。



「きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!」



ただただ祝て、咆哮する。


帝都に横たえ動かぬ、ドラゴンの姿を尻目に。

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