第50話 偽竜と竜
ダンケルハイト帝国 帝城ツァイトガイスト 北部城壁————
「未確認の飛翔体!数は1つ!!」
「弓兵隊、構え!」
先の王国との戦争は無かったこと、として処理された……とはいえ、内容としては十二分な勝利である。
浮かれてしまい羽目を外す兵士ももちろん居るが、しかしダンケルハイト帝国は軍事に重きを置いた国家だ。
特に国防の要である城壁に駐屯する兵士は、その中でも特に職務に誇りを持つ熱心な者たちである。
異常事態が起きればすぐに対処し、そして国を守るためであれば、その剣を抜くことも、弓を放つことにも躊躇いはない。
例えそれが、かえって仇となろうとも、だ。
「どあおんさま、いかなきゃ」
風を切る音とともに、帝国へ向け低空を飛翔する
身体強化を施し放たれた矢は、極秘に開発された新兵器である銃という武器よりも遥かに威力が高い。
連射はできないという欠点はあろうとも、弓兵らの一斉射撃を受ければ大型の獣であろうと即死を免れない。
その弓矢の雨を、ブレンギンズは、ただその翼を振るい受け止め弾く。
まるで人間を粘土のように引き伸ばしてこね回した様な形をした骨格に、人間を薄く平らに広げて作った飛膜が、そのような強度を持つとは思えなくとも、現実にそうなってしまったのだ。
驚き、一瞬目を見開く兵士らであったが、すぐに第二射を放たんと矢をつがえる。
しかしブレンギンズの咆哮と、新手を前にその動きは止められる。
幻想偽典:
ブレンギンズが再度翼を振るえば、そこから放たれた肉片が城壁へと着地する。
それらは徐々に人の形を形成していく……しかし、その身体は歪であった。
左右で大きさが異なる……あるいは3つや4つ、逆に1つしか目がなかったり、あるいは口が額にあり目が顎についているような顔。
長さも、太さも、関節の数も違う両腕、両足も同様だ。
まるで、神や悪魔が人間の形を真似てふざけて作ってみたような、人の形をした何か。
数は10体、兵士らよりは少ないものの、その体躯は大きく数の利を活かせるかは未知数。
「いけ」
思わず呆然とする兵士らの耳朶を打ったのは、ブレンギンズの囁くような号令と、異形……ブレンギグロメニアンの奇声であった。
「だあされた!だあされたあ!!」
「からだだあ!からだがうごく!うごくぞお!」
「おあえお!おあえお!」
人間の言葉のようにも聞こえる《鳴き声》をあげながら、ブレンギグロメニアンたちが一斉に兵士に襲いかかる。
兵士らもまたベテランである。
呆けてしまい、何が何だか理解できない相手であろうとも闘わねばならない時には身体が動く。
ブレンギグロメニアンに近い兵士が剣を抜き、奇妙に長い腕や足を振り払ってくる化け物共と交戦を始めた。
剣と肉や骨がぶつかり合う音が鋭く響く。
ガギンッ!!
「があっ?!」
だが運悪く……兵士の一人が攻撃を受ける。
ブレンズグロメニアンの膂力は、その不安定な見た目に反して、人間のそれよりも遥かに優れていたのだ。自身に身体強化を施してもまだ上回ることが出来なかったことを見誤り、一撃を受けそこね、ブレンズグロメニアンの腕が腹を貫通した。
「ぐあああああああ!!!」
助けようと近くにいた兵士が手を伸ばし、腹を貫かれた兵士もまた苦痛にもがきながら手を掴もうとして……その腕が途中で、かくん、と折れた。
「ああああああああああ!」
腹を貫かれた兵士の腕が、足が、歪に伸縮し、本来曲がらない方向へと関節ができて折れ曲がり始め、顔や身体のパーツが体表を移動し始めたのだ。
あまりの出来事に、救助に向かった兵士はもちろん、弓兵も指揮官も、交戦していた兵士すらも目を見開く。
そしてどれだけの時間が過ぎたか、兵士の肉体はもはや原型を止めず……まるで、ブレンギグロメニアンのような姿に変わる。
「あえ?おえ?おあえあ?」
兵士だったそれは鳴き声を上げながら、よたよたと立ち上がり……そして突然絶叫しながら、他の兵士へと飛びかかった。
「……犠牲者を出すな!防御を優先!持ちこたえろ!絶対にこいつらを都市の中に入れるな!!」
指揮官の怒号が響く。
必死に兵士が武器を構え、弓兵も盾と槍に持ち替える。
しかし、敵はブレンギグロメニアンだけではないのだ。
「えい」
ゴウッ!という風の音と共に、ブレンギンズが城壁へと飛来する。
そして尻尾を叩きつけられ、バゴォン!という轟音と同時に、まるで焼き菓子のように城壁が粉々に砕かれる。
それに巻き込まれた兵士など、ひとたまりもない。
運良くそれに巻き込まれなかった兵士たちが、一瞬で肉片へと変貌した戦友を見て、悲鳴こそあげても逃げ出さなかったのは流石だと称賛されて然るべきだろう。
ズガァンッ!!
だが、必死の形相で剣を握りしめる兵士は、即座に放たれたブレンギンズの爪の一撃で城壁ごと切断された。
反撃をしようと弓を放とうとする兵士は、矢も、弓も、それを持つ腕も、そしてその身体ごとブレンギンズの顎に噛み砕かれる。
「かんあん、かんたん」
少しでも状況を改善しようと必死に声を張り上げた指揮官は、その喉元をブレンギグロメニアンに貫かれ、口を開閉させている間には、その姿を変貌させていく。
ゴウッ!!
もはや為す術ないと、生き残った兵士たちが悲壮な覚悟を決めたとき、強い風が吹き荒れた。
風のする方向へと目を向ければ――そこにいるのは、ドラゴン。
森羅を貫く牙。
万象を砕く顎。
天上を裂く爪。
天下を隠す翼。
燃えるように輝く赤銅色の鱗。
そして、生きとし生ける物、全てを睥睨する黄金の瞳。
「ああ」
ドラゴンがその翼をもって、ブレンギンズの尾の一撃を弾き返す。
「どあごんさま」
グルアアアァァ━━━━━━!!
帝国にて、2体の
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