第49話 幻想の還相

旧リュミエール王国領 セーズ村――






息絶えたフォルト村長の遺骸を前に跪いていたエレーヌは、人形を手に立ち上がった。


つい数十分前までは若々しい身体であった村長は、今は年相応の……本来の老人の容姿へと変化していた。


「ありがとうございます、無事に奇跡の抽出は完了しました」


エレーヌの言葉に、彼女に協力した村人たちから安堵の声が漏れる。


彼らは皆、エレーヌに協力をすることで、ドラゴン様の奇跡を自分も賜ることが出来ると聞かされている。


中年にもなる彼らは、そろそろ自分の限界が近い事、死が近づいてきていることに嫌でも気づかされる。

思うようには身体が動かなくなり、身体の節々が痛み、食事も昔ほどは食べられなくなり、何かの病を抱えた身体。


もしそれが治るのならば。

若返ることが出来るのであれば。


例え尊敬していた村長を殺してしまうこととなっても……悪事に手を貸せるほどには、それに渇望をしていた。

……奇しくも、それはドラゴン自身が懸念していたことであったが、彼は今この場にはおらず、咎めることもできなかった。



「ではさっそく、ドラゴン様の奇跡を行使いたしましょう」


ドラゴンが行使した奇跡の一旦。

そして奇跡を行使する人形。

さらに、セーズ村にはドラゴンの身体の一部であった鱗さえも存在する。


ここまで条件が揃っていれば、助祭という低い地位の聖職者であったエレーヌだとしても十分に奇跡の行使が可能だ。


エレーヌが、今まさにドラゴンの奇跡を封入した聖遺物アーティファクト……人形を掲げる。

その瞬間、人形から極光が溢れた。





……ここで一つ、エレーヌは、そして村人たちは、大きなをしていた。





エレーヌ自身は、この奇跡が単なる「若返り」ではないこと……恐らくはドラゴンの眷属か、あるいはドラゴンそのものに変化する奇跡だと見抜いていた。


これは冒険者や元聖職者として地位ある立場であるからこその見識と、ミコや村長といった実例を間近で確認していること。

そして彼女自身が、この策略を編むために入念に調査してきたからこそ判明したことである。


だからこそ、彼女は手にする聖遺物アーティファクトの本質までは調査しきれていなかった。

使という本質までを調査しきれていなかったのだ。


対して、村人たちはこの奇跡がドラゴンそのものに成る、なんてことにまでは思考は及んでいない。

全員が全員、単に「若返って力が強くなる」奇跡という程度にしか認識していない。


事実としてエレーヌは、その情報を隠していた。

空手形とするつもりはなかったが、竜化の奇跡がエレーヌの想定するものではない可能性もあるし、ドラゴンの身体になると聞けば、むしろ混乱を招きかねないからだ。


「エレーヌが竜化の奇跡を自身に使い、竜になった彼女が(可能ならば)村人たちに奇跡を施す」という、彼女の目的までは理解していない。


全員が全員、「自分こそ奇跡を賜ることが出来る」と考えている。望んでいる。渇望している。





そして聖遺物が、その機能を正確に果たした結果――


望むものにその奇跡を、間違いなく行使し適用させていった結果――


本来想定をしていなかった使い方をされ、しかし稼働してしまった結果――




間違ったままに間違いなく使用された結果――――











「 あぅぐるぅぅぁ こるぅぁあぁぁ? 」



そこに産まれたのは、の怪物。




万理を引き裂く爪

摂理を刺し貫く牙

道理を噛み砕く顎

法理を覆い隠す翼



そこに鎮座するのは確かに、まるでドラゴンの姿



だが、よくよく見れば、気が付くだろう。

近づいて見れば、わかるであろう。


その爪、その腕、その身体、その足、その頭部。



それらすべてが、人間の身体にて構成されている。



まるで組木細工のようだ。

人間の肉体という部品を使って――パズル玩具のように組み合わせ、一体のドラゴンという巨体を形成して見せている。


よくみれば、ドラゴンの鱗を核のように身体の中心に取り込んでいるのが見える。

身体の一部が本当のドラゴンなのだから、自分自身もドラゴンなのであると、世界を欺くために。


醜悪な悪魔が作った趣味の悪い芸術品か。

あるいは、気の狂った神が創造した新たな天使か。


それを回答できるものはこの場にはいない。



「あえ?」


少々場違いな声が響く。

それは女性の声であった。


声の主は、この異形の怪物から……その左の眼窩に当たる部分に居た。

エレーヌという名前の少女だったそれは、今は人間の肉体の上半身に当たる部分だけを、そこに残している。


きょろきょろと、動かぬ身体で少女は双眸を左右に動かす。


そして、次の瞬間には、異形の怪物の腕にあたる部分が持ち上がる。


右腕、左腕。


右脚、左脚。


口に当たる部分が開閉し、翼に当たる部分が大きく羽ばたくと、少しだけ宙に浮く。



それは、まるで突然、が、己の身体の動きを確かめているようにも思えた。


そのような動きに似ていた。




「なった」


少女の声が、怪物の左の眼窩から響く。



「なった、なっあ、なっぁ、なった、なっあ!なった、なっあ!!」



嬉しそうに、愉しそうに、楽しそうに、少女の声が響く。

翼を羽ばたかせると、怪物の身体が宙に浮く。


声を響かせながら、セーヌ村の空を飛ぶ。




「いあなきゃ」


力強く動く翼は、空気を押しのけ、何よりも早くその場を飛び去る。

そしてぐんぐんと、ダンケルハイト帝国の帝都が見えてくる。




……あいにくとドラゴン様は、帝国にいらっしゃいますが……


……ええ、帝城の舞踏会に参加すると、ミコより聞いておりますが……




「どあごんさま」




一体の怪物が、来訪する。



幻想偽竜 ブレンギンズ



……この世界に産まれたもう1体のドラゴン最強の存在が、襲来する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る