第47話 竜驤の攻城

ダンケルハイト帝国 帝城ツァイトガイスト 大酒宴会場————





ダンケルハイト帝国にて、祝宴が開かれていた。


帝国の高位の貴族や、将軍。

そして先の戦いで功労をあげた竜牙兵たちに、コミンテルン共和国やフェイス教国の来賓。


リュミエール王国の人間以外のものは、一通りそろっていると言える。



ダンケルハイト帝国とリュミエール王国の戦争。

それ自体は……端的に言えば「なかったこと」となった。


戦争の最中に古の巨人ヨトゥンの襲撃があり、戦場はめちゃくちゃになってしまった。

勝敗のつけようがない————というだ。


誰もこのような話を信じていない。



被害規模だけで言えば王国の完敗である。


帝国最強の騎士たる竜牙兵……そして何よりも森人エルフの武士どもによって、王国の兵士や騎士は散々に倒され斬り殺された。


とくに後者は捕虜とか生け捕りとか、そういう文化的とか文明的とか人道的などといった単語を知らないのか、ことごとくを斬り殺したのだ。


国力が落ちることは必至であり、なんなら王国が過度に傾かないよう、帝国からも助力の打診を行っている始末である。

(流石に直接助力を申し出ると角がたつため、コミンテルン共和国を迂回してでの打診になるが)



とはいえ、完全なる帝国の勝利だとは宣言しにくい状況でもある。


帝国も帝国で、あまり活躍ができていないのだ。

いや、竜牙兵は頑張った……ものすごく頑張ったのだが、とにかくエルフどもが暴れすぎたのだ。


いくら友軍とはいえ、やりすぎである。

彼らの功績をもって帝国の勝利と宣言するのは、いささか道理が通らない。


そういった「こみいった事情」政治的な判断ということで、戦争自体はなかったことになった。


とはいえ都市ブルスは帝国に組み込むし、セーヌ村やエルフが住んでる森一帯も帝国領にはなる。

万事が何もかもがなかったことにはならない。


……こんな不利な条件を王国が呑んだのは、ドラゴンがその力を示したからに他ならない。


よもや人間という国の、種の終わりかと思わんばかりの古の巨人の襲撃を、ドラゴンはただの一騎をもって討滅せしめたのだ。

空間を歪ませ、大地をえぐり取り、空を堕としたその所業。


それは王国にも、帝国にも……そして観戦をしていたコミンテルン共和国にも、フェイス教国にも正しく伝わった。

建国王の遺した言葉の中に「百聞は一見に如かず」というものがあるらしいが、まさにその通りであろう。


あれを見せられてもなお、ドラゴンの力を信じない者は軒並みさせられている。



そういうわけで、今回の祝宴……戦争自体は立ち消えたために「祝勝会」とは言えぬものの、実質的にはそれと同義だ……には、エルフの姫であるソメイに、ドラゴンの従者であるミコがそれぞれ代表として参加していた。


ドラゴン自身も帝国を訪れてはいるのだが……巨体であるがゆえに、さすがに城内に入るわけにはいかず、中庭にて料理を食べている。




「この度は大変に助かった、エルフの方々と、そしてドラゴン殿のお力で帝国は勝ったようなものだ」

「これは、アインス皇帝陛下」


アインス皇帝は、先にソメイへと話しかけた。

ドラゴンとエルフであれば前者の方がより重要だが、使者の立場でいえば、従者であるミコよりも姫君であるソメイの方が上だ。


頭を悩ませるところだが、今回の祝宴は公式なものではなく、祝勝会に限りなく近い身内の晩餐会おつかれちゃん会であるため、そこまで堅苦しく考えずともいいだろうという判断だった。


「そう言っていただけると何よりでございますが……いかんせん、此の身どもは政治も何も知らぬ野蛮人ゆえ、皇帝陛下におかれましては多大なご迷惑を」


「いや……エルフの方々が、あれだけの武威を持つとは。正直に言えば侮っていたのだろう、許せ」


アインスは「あんな強いなんて聞いてないぞバカ!!」という言葉を糖衣オブラートに包んで話しながらも、ソメイの態度に感心する。


正直言ってエルフは話が通じるように見えて全部暴力につなげてくるような連中であり、将軍であるヤマトですらそういう手合いであるのだが、ソメイは政治の話に理解があった。

異国情緒あふれるドレス着物を優雅に着こなす姿には、確かな知性と気品を感じさせている。田舎侍どもとは大違いだ。


今後エルフと話をつけるときは彼女を通そうと、アインス皇帝は決意する。

(なお、皇帝は出場権獲得トーナメントにて、彼女はヤマトと一対一相撲をしたことは知らない。)



「そしてミコ殿も、礼を言う。あのような怪物が現れるなど……ドラゴン殿がいなければ国の勝敗以前に、人間自体が――……?」


アインス皇帝が話しかけるが……ミコはどこか上の空という表情でぼんやりとしていた。

おや?と皇帝が内心で首をかしげていると、ミコはハッとした表情を浮かべ、あわててアインス皇帝へ頭を下げる。



「へ、陛下!すみません、お言葉をいただいているのに……!」


「いや構わぬ、どうかしたのか?体の具合でも悪いのでは?」


ミコが多少の無礼をしたところでアインス皇帝は咎めるつもりはない……もとは村娘であると聞いていたし、それ以前に彼女のバックについているのはドラゴンである。

ドラゴンの機嫌を損ねることを考えれば、高圧的な態度をとる気は起きなかった。

勿論限度はあるが……ミコ自身は普段より礼儀正しい女性だ、それ故に今回の態度は気になった。


「いえ……私ではなく、御方のことです」


「ドラゴン殿の?」


ますます意味が解らない、といった様子でアインス皇帝は眉をひそめた。

古の巨人すらも下す正真正銘の化け物が体調不良?風邪でも引くというのか?といった心境である。


「お体の具合が悪いという訳では、ないご様子なのですが……」


ミコは歯切れ悪く、少し目を伏せる。

目を閉じてしばし考え込んだ後、再びアインス皇帝の目を見た。


「どこか、悲しんでおられるようで」


「……ふむ……」


アインス皇帝は腕を組み考える。

古の巨人に何かしら関係があり、下したことに心を痛めている……くらいしか思いつかないが。

あとでしっかりと調べてみよう、と心のメモに書き込んでいた時だった。





「緊急!!」




バン!!と言う音と共に扉が開け放たれる。

何事かと貴族らが扉に目を向け、部屋に飛び込んできた伝令兵の言葉を待つ。


彼らは貴族である。

が、王国ではなく帝国の貴族なのだ。


王国ならば有事であろうとも、慌てふためくのは気品がないとされ、いかにそちらの方が早いと思っても上位の人間に直談判などせず、決められた役職者に報告が寄せられる。


だが帝国は常在戦場を掲げる国家だ。

拙速を尊び、情報の重要性により、たとえ皇帝が独りで情事に耽っているときであろうと、そのドアをぶち破り伝えることが認められている。

今回はそれほどの内容であるのだ、貴族は誰一人として伝令兵を叱責することなく、言葉を待つ。




「緊急!!」



再度声を張り上げたのち、伝令は報告を上げる。




「北より敵襲!!帝都北門が甚大な被害を、守衛が対応していますが時間の問題です!!」


「敵の数は、所属は?!」


貴族の一人が声を上げる。


王国が奇襲をしかけたのか?……いや、あり得ない。

あれだけ手ひどくやられたのだ。今挙兵すれば、さすがに人間の種の存続が云々という前提も撤回し滅ぼされかねない。


ではコミンテルン共和国か?フェイス教国か?もしやエルフか?

しかし、彼らの関係者……共和国からは書記長が、エルフは姫が酒宴に参加しているのだ。

高位の存在を切ってまでも攻め込んでくる理由は分からなかった。


それ故の質問であった。


とはいえ貴族も、一応聞いただけのつもりだっただろう。

明確な答えは期待していなかった。



「敵は、1!!」



だが、伝令兵はしっかりと、敵の正体を宣言する。



「ドラゴンです!!」


報告が、稲妻のように宴会場を駆け抜ける。



「ドラゴンが、攻めてきました!!」


言葉が、絶叫が、悲鳴が、帝国を駆け巡る。

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