第43話 投身の闘神

昔々の話。


御伽噺よりも遥かに古く、英雄譚よりも昔の話。



神話の時代があった。



それはまだ人と森人エルフらが手を取り合い、共に暮らしていた頃になる。


記憶は勿論のこと記録すらも残らないほどの昔、世界には強大な魔物が溢れていた。


人間は魔物たちと、自らの存亡をかけて戦っていた。


人間が打ち勝てた理由。

それは人間の中でも英雄と呼ばれる規格外に強い者たちが戦ってそれを討ち取り国を興したからだ。


では何故、英雄は誕生したのか?


人間は強い種族ではない。

技術を重ねて継承し、種族と言う単位で創意工夫ができるという点においては確かに優れているが、大器晩成な特性なのだ。

魔物の暴力に晒されているとき、まだ蓄積の少ない人間では到底叶うはずがなかった。


ではなぜ、人間は生き延びることが出来たのか?


神々管理職らが、そんな人々の行く末を見守っていたからに他ならない。


時に天使ノンプレイヤーを遣わし、あるいは神自らが人として転身し、道標となり、人間等の中に神の血を混ぜ……そうして時折、英雄と呼ばれる者が生まれたのだ。


だが英雄はあまりに強大な調整ミスした能力を持っていたために……魔物の討伐後には善政を敷き人間の繁栄を齎した者以外にも、残存した魔物を配下とし魔王となった者、己の力に溺れ新たな魔物と化した者などが現れた。

それ故に神は人への干渉を最低限に留めるようになったのだ。



さて、そうして過去に神々が人々に授けた奇跡としては「神々の血」や「天使」以外にも、もう1つあった。



聖遺物アーティファクトである。



聖遺物とは人間では到底、引き起こし得ない現象……魔術が発展し魔導具の開発が進んでも、あるいは「科学」と呼ばれる真正面から神の理を解析し挑む手法を持ってしても、決して再現できない「奇跡」をもたらす器具だ。


聖遺物そのものが、神の理物理法則を限定的に改変する権限を持つためである。


聖遺物には様々な種類がある。

彼の者が神の血を引いた英雄か否かを判別する「選定の剣キャラクターシート」などが有名ではあるが、魔術などの神の理物理法則に従わない事象を元に戻す「聖域マスターシーン」などの場所や空間といったものも存在する。


強大な力を持つものは長い戦いの中で喪われていたり、破損していたりするものの……いくつかの聖遺物は現在でも、各国が厳重に管理している。


とくにフェイス教国は聖遺物の探索に力を入れており、専門の探索部門を設立し、聖遺物の確保、収容、管理を行っている……情勢が落ち着いた今でも、各国の宝物庫に忍び込み聖遺物を強奪するための訓練さえも行っている。



聖遺物はとにかく希少なものであり、時に強大な力を有するために。



とはいえ、あらゆる聖遺物を回収できるわけでは無い。


まず、どこに存在するかが解らない。

色々な場所に散逸しているため、例えば魔物が持ち帰り自分たちの祭壇で祭っていることすらあるのだ。

また、聖域のように、場所そのものが聖遺物である場合や……触れたり動かすことで起動してしまう聖遺物なども存在する。



そういったものは、フェイス教国の聖職者によって秘匿されている……仮に他国の領地にあったとしても、貴族は勿論王家にすら伝えず、ただ隠蔽しているものも多数存在する。








リュミエール王国 フェーブル領 ラタックデティタン遺跡――




フェーブル伯爵は、ただ一人で遺跡を歩いていた。


傷口が開いたのか、身体に巻き付かれた包帯にはジワジワと血が滲み、傷口は熱を持ち、さらには鈍く続く痛みがフェーブル伯爵の体力を奪い、彼の顔からは汗が滴り続ける。


取り繕うこともない、もはや死に体である。


誰かに「何かの間違いで生きて動いているだけだ」「死体が動いている」と言われれば「そうだな」と納得してしまうだろうと、他ならぬフェーブル伯爵自身が、客観的にそう認めていた。


もはや手遅れかもしれないが、今すぐにでも安静にすべき容態である……しかしフェーブル伯爵は気にせずに一歩一歩進んでいく。


それよりも重要なことがあると、自分の命など投げ打ってでもしなければならない事があると、そう理解しているからだ。




昔々の話。


御伽噺よりも遥かに古く、英雄譚よりも昔の話。


記録すらも残らないほどの昔、世界には強大な魔物が溢れていた。


その中でも人間に仇なす魔物の代表であったもの。



巨人。



人に似た姿でありながら、しかし体躯は小山ほどにも大きく、最も偉大で強き巨人は山脈ほどの大きさを誇ったとすら言われ、人間をひどく敵視していた。


いや、敵視という言葉は不適当かもしれない。


彼らにとって人間など、台所に出た油虫ゴキブリと何ら変わらずに駆除できる存在だったのだ。

ただただ、巨人の不快を買ったために、滅ぼされかけただけに過ぎない。


そういう怪物がかつては存在したのだと、フェーブル伯爵は貴族として当然の教養として知っていた。



そして当時、巨人にただただ駆逐されかけていた人間を憐れに思った神々が、様々な恩寵や聖遺物を人間に与え、巨人を討滅することに成功したというのも、知っている。



その聖遺物の1つが、フェーブル領にあるこのラタックデティタン遺跡にあるとは、領地を管理しているフェーブル伯爵本人ですら知らなかった。

恐らくは先代も先々代も、ともすれば王家も知らなかったかも知れない。



ではその事を何故、フェーブル伯爵が知り得たのかといえば、フェイス教国からの遣いの聖職者に告げられたからである。


アンファン侯爵の屋敷にて治療を受けていた時のこと。

ドラゴンとの交戦……いや、一方的な虐殺を受けた際の詳細を、教国の司祭は事細かに聞き出そうとしてきたのだ。


自身が死に損なったこともそうだが……死んでいった兵や騎士らに申し訳が立たず伯爵は口を噤んだ。

ただ逆に、そういった態度で接したために内情を鑑みたのか、司祭は追求はせず、社交辞令の挨拶だけ残して席を立った。


そう、司祭は関係ない。


その後にやってきたのだ。

こっそりと……遣いの一人であるが耳打ちしてきた。



「ドラゴンに打ち勝てるかもしれない、かつて巨人と戦うために神より賜った聖遺物が安置されている遺跡がある」……と。



その時は「何を馬鹿なことを」と送り返した。


ただただ、ドラゴンの一撃に打ちひしがれており、あれに歯向かおうという意識は毛頭もなかったのだ。

それに、自身を助けるために命を散らした兵士や騎士らの死を酷く悔やんでいた時でもある。

フェイス教国に抗議するつもりも起きなかった。



しかし自分のみならず、彼らの名誉が汚されている今となっては。

もはや縋ることくらいしか、フェーブル伯爵に選択肢は残されていなかった。




「……これが……」


やがて、フェーブル伯爵が遺跡の奥に到達すると、そこには石造りの台座があった。

その上には土で出来た人形が一つ、置かれている。


女助祭が言うには、この人形こそが聖遺物。

触れて願えば、巨人とさえ戦えるほどの力を手に入れるが、しかしその代償として人としての姿を失うことになるという、奇跡を起こすための道具。


フェーブル伯爵は目を瞑り、息を吸う。

そして鋭く吐き捨てながら、その人形を手で掴んだ。



「ぉぉおおお"お"お"ッ?!」


瞬間、バチバチという音が鳴り響き、膨大な光が周囲を包む。


フェーブル伯爵の身体を包んでいた衣服が、身体の膨張に耐え切れずにビリビリと破れ引きちぎれていく。


「ぐぅぁああああああ"あ"あ"ッ!!!」


フェーブル伯爵という存在を形作る、最小単位である原子……炭素が、同じ原子価4である珪素へと置換され、同様に他の原子もまた周期を移動していく。

本来は不安定であるはずの珪素結合は、しかし奇跡の力により安定したパイ結合やシグマ結合を作りだされ、常温常圧下での存在を認可される。

周期がずれたことで質量が大きくなり、また炭素のそれよりも硬質な性質へと変貌。

その身体は見る見る間に巨大化し……皮膚や血肉は、まるで岩石のようになっていく。


そして、どれほどの時間が経ったか。


そこにフェーブル伯爵の姿はもはやなく。



かつて、人間を滅亡の寸前にまで追いやり、神々の助力を得てようやく倒しめた神話の怪物。

山脈そのものを擬人化したような化物アークエネミー



古の巨人ヨトゥン



一歩、一歩、巨人が歩み始める。

岩石の肌を持ち、身体から蒸気を吹きだしながら、前へ。




「ドォォォ ラゴォォ ………ン……!!!」


憎悪を胸に、ただ復讐心だけを燃料に。

巨人の進撃が、始まる。

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