第42話 刀身の答申
リュミエール王国及び、ダンケルハイト帝国領土間緩衝地 グラウ平原――
王国と帝国の兵士が武威を示し、城塞都市の領有を巡る戦場。
そこは今、地獄と化していた。
王国の左翼側……帝国にとっては右翼側――
今までの戦争のように、互いにじりじりと睨み合うと思っていた王国の兵士たちであったが、しかし今回の戦争は様子がまるで違った。
帝国側の兵士らが、一気呵成に突撃を仕掛けてきたのだ。
先陣を切ってきたのは、見たこともない鎧を身に纏った5人の騎士であった。
見事な戦馬に乗り斧槍を構えた騎士たちは、どれだけ弓矢を射かけられようと怯まず、
慌てて槍衾で構える王国の兵士たちだったが、ブン!と無造作に振るわれた斧槍は、まるで雑草を刈り取るがごとく槍衾を吹き飛ばす。
大きな盾を持った兵士が抑え込もうとするが、しかし振り下ろされた斧槍は、まるで薪のように盾をカチ割る。
圧倒的な武威――それを王国の兵相手に存分に見せつけながら、しかし5人の帝国の騎士……『
個人としての武勲を最重視して編成された彼らは、帝国において選りすぐりの精鋭であり、アインス皇帝より「最強の五騎士」と評価されている。
彼らはその栄誉を賜ると同時に、一つの使命を負っていた。
『竜牙兵』の強さを見せつけること。
つまりは――帝国の最強騎士、ここにあり!というのを王国はもちろん、戦の観戦に来ているコミンテルン共和国や、聖職者を通して情報を得るだろうフェイス教国にも知らしめる、というものだ。
「くそっ!」
今もまた、身を甲冑に包む騎士の剣を斧槍で捌き、降伏をさせた『竜牙兵』の一人が毒づく。
彼らは既に、多大な戦功をあげている。
ただの5人で敵陣奥にまで突っ込み、多数の兵士を仕留め、指揮官たる騎士までも瞬く間に下したその強さは、讃えられて然るべきである。
だが、戦場の主役は今、彼らではないのだ。
「なんだよ、あの
王国の兵士が隊列を組む右翼側――。
そこは叫び声と悲鳴、怒号に泣き声が轟き大混乱に陥っていた。
「チェストォォォォォォ!!!」
隊列に突っ込んだ
そしてその場で身をぐるりと捻り、仲間を犠牲に僅かな隙をつこうと槍を、差し出した兵士の一撃を躱し、驚愕に見開いた目ごと頭を輪切りに切り飛ばし頭蓋の上半分が斬り飛ばされる。
別の場所では、突き出された槍を掴んだエルフがそれを引っ張り、兵士を引き寄せて首を掴みへし折る。
できたての死体を蹴り飛ばして他の兵士にぶつけ、蹈鞴を踏ませている間に懐へと飛び込んでいく。
凄まじい勢いで、人間が過去形になっていた。
「誤チェストにごわす!コイツは首級じゃなか!」
「またにごわすか?!」
エルフらは、
「こいつらを全部チェストすればええ!!どれかは首級だと考えるんは女々か?!」
「名案にごつ!」
お前たちを皆殺しにする、と宣言された王国の兵士たちは、舐め腐るなと憤怒の表情を浮かべ歯を食いしばる。
しかしその形相を浮かべた頭部が10や20と瞬く間に斬り跳ねられれば、憤怒は恐怖に変わり、勇気は臆病に塗り潰される。
槍を放り捨てて逃げようとした矢先、逃亡するために振り返ろうとした兵士たちは、エルフたちに真っ先に斬り捨てられていく。
エルフにとって戦とは
それはそれとして、首級はあげられずとも、多くの兵士を討ち取るのは誉れ高い。
結果、相手が逃げそうだったり降伏しようとした場合は、逃げ出したり白旗を上げる前に斬り捨てよう!となってしまっている。
背を向けて逃げている敵兵をチェストするのは武士にとってむしろ恥であるが、まだ背中を見せていない相手ならセーフなのである。
こうして、右翼側は闘う意志を見せれば斬り捨てられ、逃げようとすれば斬り捨てられ、何もできず立ち竦めば順番に斬り捨てられるという、処刑場と化していた。
「もうダメだね、こりゃ」
「ダメそうですなぁ」
王国右翼隊列の司令官を務めるサーモ伯爵は、自軍の様子を見てそう結論付けた。
サーモ伯爵の部下である老齢の騎士カランもまた同意見である。
20人のエルフの集団が乗り込んできた場所は血の海に沈んでいる。
まともに抵抗すら為せていない……縫い留められているために、兵士が逃亡せず、逆に隊列を崩されていないという有様だ。
なまじ隊列は見かけ上維持できているせいで、誰も逃げ出せずにどんどん死体が増えているという状況を、軍団を預かるものとしては看過することはできなかった。
のんびりとした会話に見えるが、その実「もはや、どうにもならん」という諦めに近いものでもあった、一周回って冷静になって、呆けてしまったとでもいうべきか。
「いやー、何でしょうかアレ?エルフとはあんなに強いものなんですか?何を食べたら、あんな強くなるんでしょうな」
「食べ物というより、年の功じゃない?」
「年の功?」
ユーネ王太子と話していたときと比べ、だいぶ砕けた口調でカランと話すサーモ伯爵。
サーモ伯爵自身はあまり格式張った言葉遣いは好きではないのだ。
もちろん、必要な時は使うだけのTPOは弁えているが。
「エルフというのは長命という話は聞いたかい?」
「はい、文献によれば百年単位らしいというのは聞いております……眉唾だと、思っておりましたが」
「仮に本当に数百年生きるのであれば……それも若い人間のような健康な肉体を維持できるのであれば、一人一人が何百年分もの訓練と経験を積んだ猛者ということでしょ?」
「……そりゃあ勝てませんな」
人間50年も生きれば十分であり、兵士として生きてきたとしても、人生のうちどれだけを鍛錬や実践に回し、また肉体の全盛を維持できる期間は限られている。
一方でエルフは長生きだ。
同じように訓練を続けてもトータルで人間のそれを追い抜く上に、肉体の全盛期も人間のそれより長いのである。
「しかも、それだけじゃあないんだよなあ……」
サーモ伯爵が目を向ければ、エルフの一人が兵士を斬りつけている状況だった。
思わず感嘆するほどの見事な剣技であるが……それ以上に恐るべきことは、エルフが手にする侍刀の刀身が、斬撃の瞬間だけ伸びたことだろう。
「魔術を使ってるんだよなあ……」
あれは金属製の魔術……金属結合に作用し、分子間の距離を延ばすことで刀を伸ばし間合いを伸長してくるのだ。
それを居合といった剣術と組み合わせてくるのである。
こんなん普通の兵士が勝てるか馬鹿、とサーモ伯爵は苦々しい表情を浮かべた。
兵士などの戦士は「前衛」と「
この2つを分けるのは、その者が「魔力をどのように扱っているか」……魔力と言うのは生物の体内に存在する酵素であり、これを消費することで超常現象を引き起こす。
その魔力が自身の内向きに向いているか、それとも外向きに向いているかで区別されるのだ。
「内向」であれば、自身の肉体に魔力が作用する……筋力を増強したり、集中力を向上したり、負傷を回復したりといった現象を引き起こす。一般に身体強化と呼ばれる技術である。
自身の身体に効果を及ぼすのだが、その効果範囲の狭さからか、効果自体は強大になる傾向にある。
前衛として剣や槍を振るうのはこちらだ。
「外向」であれば、自身の肉体の外に魔力を作用させる……火の玉を出したり雷撃を出したり、毒物劇物爆発物をばら撒いたりするのだ。一般に魔術と言えばこちらである。
この2つのどちらに適性があるのか、というのは完全に個人差がある。
ちょうど利き腕のようなものだ。矯正できる場合もあればできないこともある。
大抵の人間は「内向」「外向」のどちらかであるが、両方を扱える者……前衛としての身体強化をしつつも、魔術を放つことが出来る者も確かに存在する。
だがそれは、大抵の場合どっちつかずで、両方を上手く使いこなせる人間はごく僅かだ。
それこそ国に仕える騎士や、冒険者や傭兵のトップクラスのエースがその域に至れるかどうかだろう。
ところがエルフの連中は、全員が全員、前衛として自身の肉体を強化させながら魔術を放ってきているのである。
膨大な時間をかけて、どちらもできるように訓練しているのだ。
人間ならば英雄になれるほどの技量を持つものだらけなのである。
「勝てるわけない……流石にこれ以上は損耗させられない、僕が出るよ。兵士の退却はカランに任せる」
「はっ、ご武運を」
「今回は、さすがにダメかもわからんなぁ……」
どっこいしょ、とサーモ伯爵は傍らにかけていた
纏っていた外套を脱げば、丸太のように筋肉で膨れ上がった傷だらけの腕と、でっぷりとした腹部が露になった。
そして外套の代わりに、
だが、実はその感想は正しい。
サーモ伯爵は以前の王国と帝国の戦争にあたり、山賊団から召し抱えられ武勲を上げ貴族となった人物であるのだ。
ふっ、と息を吐くと同時にサーモ伯爵が踏み込む。
身体強化を施した肉体……自身の骨密度を増強したうえで、筋肉組織を2重に増設したサーモ伯爵は、矢よりも素早く戦地に飛び込み、兵士らを蹂躙しているエルフらへと肉薄した。
「ぬっ?!」
音すらも切り裂く速度で振り下ろされたサーモ伯爵の戦斧を、しかしエルフは鞘にて受ける。
ガギンッ!!と言う音が響き渡るが、奇襲と言うこともあってかエルフは蹈鞴を踏み後退した。
「態勢を立て直す!!敵は強大だ、2人……いやもう、5人であたれ!!」
「チェストォ!!」
号令をあげるサーモ伯爵に、エルフが
エルフの大上段からの高速の振り下ろし――王国の兵士たちをただの一刀で両断せしめた一撃を、サーモ伯爵は両腕で構えた戦斧の柄にて弾く。
エルフは軽く目を見開く。
渾身の力を込めた一撃、それを受け止めるということは即ち、このエルフよりもサーモ伯爵の方が筋力において上であることへの証左だからだ。
が、エルフは驚愕を捨て去り直ぐに二の太刀――振り下ろした刀を素早く斬り上げる。
ドゴッ!!という音と同時にエルフの身体が再度後方へ倒れる。
刀がサーモ伯爵を捉えるよりも先に、サーモ伯爵はエルフを左の拳にて殴打したのだ。
まるで破城槌のような衝撃に、さしものエルフですら吹き飛んだのである。
「なんと……!」
「かような
手当たり次第に暴れていた、としか形容のしようがないエルフたちであったが、今はサーモ伯爵に驚愕し、刀を鞘に収め、
なんか妙なことになったな、と思うサーモ伯爵であったが、その間にも抜け目なく魔力を身体に流し込み、一瞬の攻防で蓄積した
そして、一人のエルフがこの場に足を運んだ。
巌のような身体の老エルフ……ヤマトだ。
「名のある王国軍の方と見える、私はダンケルハイト帝国軍の友軍、扶桑国将軍にして侍衆が1人、
「サーモ・カードル・バーゾク、リュミエール王国の伯爵位をいただいている。お山の大将だ」
戦斧をぐるんと回し、石突を地面につけてサーモ伯爵はふう、と息をつく。
「御伽噺でしか知らないんだけどね、エルフの人たちっていうのは……一体なんだって森から出てきたんだい?」
サーモ伯爵の物言いに、しかしヤマトは気分を害した様子もなく笑う。
「なあに……皇帝陛下より、もはや
ヤマトは左手に持つ鞘に収めた侍刀を一瞥し、サーモ伯爵へと目を向ける。
「朽ちて錆つくなど
ゆっくりとヤマトは鞘より刀を抜き、そして刃と鍔を打ち付ける。
「我らエルフが一同、ただただ、戦うのみ――抜き身であります故、斬捨御免」
ヤマトの言葉に、サーモ伯爵も再び戦斧を構えた。
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