第41話 狂気の驚喜

リュミエール王国及び、ダンケルハイト帝国領土間緩衝地 グラウ平原――




「なんだあ、ありゃあ……」


まさに戦いが始まったというのに、なんとも間延びした声が王国の兵士から漏れた。


だが、無駄口おしゃべりを咎める者はいない。

それはこの場にいる他の王国兵士も、それを目視している指揮官も同じ思いであったからだろう。


「なんでアイツら、突撃してくるんだ……?」


先ほどとは違う王国の兵士がぼやく。

アイツら、というのは帝国軍の左翼の隊列から飛び出し……こちら王国の右翼に向かって全力疾走してくる20人の敵兵のことを指していた。


奇妙な武具を身に纏っていた。

左手には鞘に収まった独特の反りのある剣を持ち、巨大な弓を背負い、そして見たこともない鎧を身に着けているのだ。


そして何故か、彼らの顔には殴られたような青あざがくっきりと残っている。

一瞬それは戦化粧なのかと見間違えるほどだった。


兵士として何度も帝国とたたかった経験のある兵士は首をかしげる。

あのような連中、今まで帝国にいただろうか、と。



「射手、構え!」


それ故に、王国の兵士たちは定石セオリー通りに行動する。



王国と帝国の戦いとは、大規模な我慢比べとも言い換えることが出来た。


互いに列をなして開戦するのだ、どっしりと構えてやってきた敵を相手にした方が有利に戦える。


ジリジリと互いに前進していき、弓や弩弓クロスボウの射程に収まる手前ギリギリで足を止め、あとは騎兵がちょっかいを出して戦列が崩れたり、焦れた敵兵が飛び出してくるのを待つ。

総崩れの乱戦になることは、歴史上でも数えるほどしかなかった。


だから、突出してきた相手……「我慢できなくなって飛び出してしまった未熟な敵兵」が出た場合は、弓で射かけるのが当然であった。



今回もいつものとおり、指揮官の号令の下、王国の兵士たちが弓に矢をつがえる。


矢とて無料タダではないが、初手で敵兵を削れる意味は大きい。


「放て!」


風を切るような音と共に、矢が一斉に、20人の帝国兵……いや、帝国の友軍である森人エルフたちへと襲い掛かった。



王国の貴族らは、森人エルフについては特に兵士には教えていなかった。

もはや平民ですらその脅威が知れ渡っているドラゴンならばともかく、エルフと言うのは昔の文献にのみ登場する、つい最近までは御伽噺の存在とさえ目されていた者たちだ。


エルフについて、末端の兵士は勿論のこと騎士や指揮役に伝えたところで意味もない。

むしろ、下手に伝えれば、かえって混乱を招きかねないと判断した結果であった。


とはいえ、仮に教えていたとしても、こんなことはだろうし、だろうが。





――エルフというのは非常に長命な種族である。


将軍であり数千年を生きている最高齢のヤマトは例外であるものの、百年単位で生きるのはごくごく普通である。


だが、そうすると一つ疑問が残るだろう。

「そんなに長生きなのであれば、エルフがどんどん増えてしまうのではないか?」という問題だ。


エルフは子供が生まれにくいだとか、生殖意欲が無いとか、そういう事実はない。


人間と比較すれば確かに淡白といって差支えはないが、それでも子孫を残そうという生物として当然の意識は持っている。

10人とまでは言わないが、5人、6人の子供を産み育てることはエルフでも珍しくはない。


だが、それならなぜ森はエルフだらけになっていないのか。



理由は、エルフの習慣……伝統、あるいはにあった。



長い時を生きることが出来るエルフにとって、退屈や惰性というのは天敵であった。


朝起きて、田畑を耕し、飯を食い、剣を振り、飯を食い、水を浴び、寝る。

代わり映えのない生活。


人間であるなら、40年~50年もすれば終わり寿命がやってくる。

しかし、エルフはこれを何百年と続けなければならないのだ。


生きていることが業である。

もう気が狂う。


それ故にエルフは生涯にわたり暇をつぶせるものを探した。


その結果見つけたのが……『戦』である。


日々を只管に鍛錬しとにかく鍛錬して何度も鍛錬を重ね、そして戦場で没することこそエルフにとって至高であり、もっとも素晴らしい生き様である。


独活の大木となるよりも、華々しく散る桜に憧れてしまったのだ。


大活躍の末に往生したのならば、最高や。

よしんば歴史に名前が残ったりしようものなら、ああ~~たまらねえぜ!もう気が狂うほど気持ちええんじゃ!!

もう一度(戦を)やろうぜ!!


そんな連中なのである。




飛来する矢の雨を前に、エルフたちは臆するどころか、ニィ、と笑う。

まるで待ってましたと言わんばかりの表情。


怪訝に思った王国の兵士や指揮官は、しかし直ぐに目を見開く。


矢はエルフたちに当たる寸前で、その勢いを失ったのだ。


風を起こし矢を吹き飛ばす魔術か?奇跡か?

あるいは、手にする奇妙な剣で斬り払ったのか?


いいや違う。


エルフたちは飛来する矢を、自身に命中する前に手で掴んで止めたのだ。


……森林という障害物だらけで見通しも悪い中でも、的確に敵兵を狙撃をすることが出来て当たり前であるエルフたちが培った技術――『弓取手』。

エルフ同士の戦では、これが出来ないと頭を撃ち抜かれて死ぬ。


そしてエルフたちは掴んだ矢をすぐさま、背負った弓に番えて射ち返す。

ビン!という弦の震える音とともに、目を見開き驚いていた王国の兵士や指揮官等の首が20個、射抜かれる。


勿論その間もエルフたちは全力疾走中である……何で弓を撃つのに踏ん張らないんだよ、おかしいだろぉ?!と思うかもしれない。


弓というのは走りながら撃てるようには出来ていない……弓の引き絞りには体を完全に開かなくてはならない。

体を開いて閉じる走りの動きとは相容れないものなのだ。


だがエルフ同士の戦では足を止めるというのは死ぬのとほぼ同義だ、走りながら弓を撃たねばならない。


そしてエルフは、弓をひきながら唯一できることがあることに気がついた。


舞だ。


エルフたちは舞の回転とステップを利用し、移動しながら矢を撃つのである。


走り回って弓を撃つ――『矢舞雨』が出来るように、身体を鍛え訓練するのである。




さて、そのように三度の飯よりも戦が好きワーモンガーなエルフたちだが、そんな彼らにも戦以上に大事にしているものが、2つある。



名誉と約束。



はるか昔……建国王が大王国を築き上げるよりも、さらに昔。


当時現れた大陸獣ベヒモスを前に、エルフは滅亡の危機に瀕していた。


常日頃より戦をしているエルフはいかに強者揃いとはいえ、人口がそれほど多くはなく、次々に名誉のない死に殉じていた。

もはやこれまで、という時に、助太刀に入ったのは原人人間であった。


人間とエルフは共に犠牲を出し、血を流しながらも大陸獣を封印生き埋めすることに成功した。


このときエルフは、人間に深く恩義を抱いていた。

そして人間と約束をしたのだ、次に大陸獣が目覚めたときには、たとえ滅びようともエルフだけで討伐して見せようと。



結果としては散々であり、ドラゴンによって救われたのだが。

しかし、エルフらとて全く無策であったわけではない。



エルフは、戦で失った人口の回復をはかった。


そのために、「戦断ち」をしたのである。


これは読んで字のごとく、戦をすることを一切禁止したのだ。


朝起きたら戦をして、食事をとったら戦をして、農作業をしながら戦をして、水浴びをしたら戦をして、夕餉を食べたら戦をして、寝る。

そんな生活をしていたエルフが、断腸の思いで戦を禁じたのである。

もう気が狂う。


それでも鍛錬はやめず、やめるわけにはいかず、武士としての武芸百般を極める。

しかし、その修めた技を披露する場所もなく、ただただ屍のように無為に侍刀を振るい続ける。

もう気が狂う。


戦後に生まれた子どもたちに、何故そんなことをするのか、鍛えた身体で何をするのかと半ば馬鹿にされることすらもあった。

それでも、ただ為すべきことを為すために、徒に、只管に己の身体を苛め続ける。

もう気が狂う。



そんなエルフたちを、ダンケルハイト帝国の友軍として戦に誘われたのだ。



控えめに言って、禁断のはこを開ける行為であった。



参加できる人数は20人。


即日、エルフたちは誰か参加するかで会議を始める。


大陸獣との戦いで生き残ったエルフは約100名、80人は血涙を呑まねばならぬ。


そして四半刻ともたずに殴り合いの乱闘出場権獲得トーナメントが始まり、最後まで立っていた20人が参加することに決めたのだ。

ちなみに、真剣が出なかっただけかなり理性的な会議といえる(エルフ比)。




「この景色。この匂い。この感触、この風の音」



エルフたちの先頭で全力疾走を続けるヤマトは、つーっ、と一筋の涙を流していた。

彼の顔にも青痣が出来ている……エルフの姫様ひいさまであるソメイと今回の戦の指揮権を巡り、一対一相撲ガチンコデスマッチをしたのだ。

決め手は撞木反りである。



「戦場よ!我が故郷よ!」


それは郷愁であった。

望郷の念ホームシックであった。

懐かしい場所に帰ってきたことへの喜びであった。


ヤマトはもはや我慢できずに、鞘から侍刀エルヴンソードを抜き放った。

大業物「鬼哭百目木」の刀身が太陽の輝きを反射し、空と風の間を駆け抜ける。


「帰ってきたぞォォォォ―――――――――――!!!!」


老エルフの歓喜の、狂喜の、驚喜の、狂気の絶叫が戦場に響き。

仲間の頭を撃ち抜かれて呆けていた王国の兵士たちの耳朶をうった。


一歩、また一歩。


王国の兵士たちは、自分たちでも気が付かぬ間に、後ろに足を向かわせていった。

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