第38話 栄華の鋭牙

ダンケルハイト帝国 帝城ツァイトガイスト 帝室工房――




ダンケルハイト帝国の帝城でカンカン、と金属がぶつかる甲高い音が聞こえる。

防音設備は備えられているが、その程度では抑えきれないと言わんばかりに、何度も何度も音が鳴り響く……しかし、ガギン!という致命的な音と共に一時的に途絶えた。


だがそれも、四半刻15分もしないうちに再びカンカンという音が鳴り始めた。


「邪魔をするぞ」


「……これは、皇帝陛下」


その音が絶えず響き渡る場所に、アインス皇帝は近衛を連れ足を運んでいた。

思わぬ来客に、一心不乱に槌を金床に振り下ろしていた禿頭の老人……帝室工房長のヘンケルがその手を休めて首を垂れる。



ここは帝城にある鍛冶工房だ。


「常在戦場」「富国強兵」を掲げるダンケルハイト帝国において、武器や兵器の開発や改良、整備などは必要不可欠なものである。


市井に居る鍛冶屋は帝国と鍛冶ギルドの管理下のもとに今も様々な武具を製造しているし、特に戦争が始まる今は必要な武器や馬具を発注しているため大忙しだ。


平時でも帝国の鍛冶屋が作った製品は「質が良い」と評判で、包丁などの日用品に限られるものの、城塞都市ブルスでの交易を通じて、王国でも愛用している人がいるほど。


とはいえ国家が極秘で進めたい事案や計画を市井の鍛冶屋に依頼することは、いかに管理下に置いているとはいえ少々危機感が無さすぎる。


鍛冶職人にそのつもりがなくても、スパイが忍び込んで情報や物資を盗み出すことだってあり得るし、その都度に鍛冶屋に警備をつけていては「何かある」と宣伝をしているようなもので、さらには金もかかって仕方がない。


そういった経緯より、国家機密の絡む開発を円滑に行うため設置されたのが、この帝城内にある工房……帝室工房である。



「わざわざお越しいただいて……すみませんね、茶を出すこともできず」


「よい、こちらこそ突然訪れて済まなかったな……ついに完成したと聞いてな、居てもたっても居られず、現物を確認したかったのだ」


「なるほど、そういうことで」


アインス皇帝の言葉に、ヘンケルは頷く。


言葉遣いはあまり褒められたものではないが……元が平民の出身であるヘンケルに貴族のような教養を求めるのは、いささか常識外れナンセンスだと理解しているため、アインス皇帝も近衛もそれを咎めることはない……明らかに馬鹿にされれば手打ちにはするだろうが。


ヘンケルに求められているのは礼儀作法ではなく、その鍛冶の腕と知識である。




ヘンケルが先行して、作業場へと案内する。

アインス皇帝らがそちらに向かえば……そこには、真新しい武具があった。


斧槍ハルバード溝付甲冑フリューテッドアーマーがそれぞれ5つ。

それらはしかし、鋼鉄のような金属の鈍色ではなく、白く剣呑な輝きを放っている。


「陛下からお預かりしたですが……なんとか、形にできたのがこちらです」


アインス皇帝は一人、斧槍に近づきそれを手に取り、軽く構えを取る。


斧槍。


切り払い、突き上げ、引きずり落とし、叩き砕く。

長さリーチがあるために歩兵との戦いでも有効であるし、相手の騎馬から騎手を引きずり落とすことも可能とし、甲冑を着込もうと砕き散らす。


様々な使い方ができ、あらゆる敵を相手取れるこの武器は、まさにダンケルハイト帝国を象徴とする武器だ。


武器としての強さから、持たせれば新兵であってもそれなりの戦力になるものの、その性能を最大限引き出して使いこなすには熟練を必要とする、帝国内では兵士や騎士の間で最も人気のある武器である。



工房の中であるため、あまり派手に動き回ることはできないが……その場で斧槍を構え、振るってみたアインス皇帝は、「ほう」と溜息にも似た言葉を漏らす。


「素晴らしいな」


「さすが陛下、分かりますか」


「これでも、帝国を担うものとして、武の心得程度は身につけている……重量も申し分ないのに、まるで余自身の手や足のように振るえる。さすがは名工ヘンケル、といったところか」


アインス皇帝は、手にした斧槍をもとの場所に戻しながら感想を漏らす。

まさしく手放しでの称賛に、ヘンケルは皴と火傷跡だらけの顔をくしゃり、と歪めるようにして笑った。


「いえ、こちらこそ……このような大役を任せていただいて嬉しく思います。まさかこの歳になって、神話の一端を担うことになるとは」


大仰な物言いに思わず笑ってしまう皇帝であったが、しかしヘンケルの言うことも尤もだと思った。



なにせ、ドラゴンの牙を素材にして武器を作ったのだから。



ドラゴンより受け取った牙は、鱗のように魔物の接近を避けるなどの奇跡を持ち合わせてはいなかったが、しかし非常に頑丈な素材であったのだ。


鋼鉄すらも切り裂くほどの鋭さを持ち、逆に弩弓クロスボウの射撃すらも跳ね返すほどの硬度を備える。


ヘンケルですら、まるで徒弟のように何度も何度も挑まねばならなかった。


工房にあるあらゆる道具を使い、そしていくつもの道具や施設を酷使しすぎて壊してしまった……皇帝の許可により、金に糸目をつけない挑戦が許されたからこそ、ようやく加工することができたという代物である。


ドラゴンの牙という素材の価値もさることながら、ダメにしてしまった工房の道具や施設にかかる費用のことも考えると、これらの武具は正しく1つ1つが国宝級の武具であると、作成者であるヘンケルをして胸を張って言える。



「しかし……よく、魔科学の連中が加工を許しましたな。連中だったら、武具にするよりも魔術の研究に役立てるべきだ、と言い出すでしょう」


ふと、ヘンケルは疑問に思ったことを口に出す。


魔科学の連中……リヒタルゼニット魔科学研究所は、ダンケルハイト帝国が誇る「魔科学」を担う部門である。

建国王が提唱していた「科学現代知識チート」と「魔術」を融合し、それぞれの利点を組み合わせて新しい技術の発見や、既存技術の改良を行っている。


帝室工房と魔科学研究所は、共に帝国を発展させるべく切磋琢磨しあう間柄ではある……が、常日頃から予算確保のため争いの絶えない相手であり、特に希少な素材や材料の配分については、それこそ公然の場で相手に罵声を浴びせかけ合うくらいには仲が良くない。


今回のドラゴンの牙も、魔科学研究所としては唯一無二の素材であろう。


平時であれば研究所長が顔を出して何としてでも自分のところに牙を持ち込むように皇帝陛下に直談判するくらいはやるだろうし、いくら皇帝陛下が武具に加工することを決め工房に持ち込んできたとはいえ、嫌味の一つも言いに来ないのは逆に不気味ですらあった。


「実は先に研究所には持っていったのだがな」


アインス皇帝の言葉にヘンケルは驚く。


魔科学研究所の連中頭でっかちのうすのろに先に持ち込まれたのであれば、絶対に手放すはずがない。

理由をつけて皇帝陛下を引き留めるだろうし、なんなら工房に魔術暗殺者ウィスパーを送り込むくらいはするだろう。


ますます工房に持ち込まれた理由が解らない。


「解らなかったのだ。魔科学の観点で解析しようとしたが、なにをどうしても判別不能……ヘンケルが行ったように、採算度外視で叩いて砕けば割って加工で切るということ以外はな」


なるほど、とヘンケルは合点がいった。


調査して何かに有効活用しようにも……何に使えるのかを即座に導き出せなかったのだろう。

それ故に、純粋に素材の強度として武具にすることにした、といった具合か、とヘンケルは思った。


そうなると……あの馬鹿ども魔科学研究所の連中も今は大人しいが、後になってからグチグチと文句は言ってくるだろうな、煽りまくるための文言でも考えておくか、とヘンケルは心のメモに記入しておく。



「5つの武具は、近衛の方に?」


ヘンケルは次の疑問を口にする。

せっかく作った武具だ……国宝級とはいえ、そのまま蔵にしまわれるのであれば、そんなに悲しいことはない。


もっとも、ヘンケルはその可能性は低いと考えていた……せっかく強い武器があるのに、それを使わないなんてもったいない、というのが帝国の考え方である。


それ故に、武具が誰の手に渡るのかが気になったのだ。


「いや。騎士か兵士か……身分を問わず、帝国において最も強い5人に下賜するつもりである。新たな身分も設立する……『竜牙兵カドモスナイト』と言うべきか」


「それは、それは……」


ヘンケルは言葉を紡げずに、ただただ感嘆する。


ドラゴンの牙、という存外の素材を使ったからこそ、ということは解るものの……自身が作った武具が、帝国の新たな歴史を作るとなれば……帝国の繁栄の礎となれるならば。


それは一人の職人として最高の賛辞であり、誉れである。


もはやこのまま、墓に入ろうとも満足である、そんな顔をしていたヘンケルの様子を見て、アインス皇帝は再度笑った。


「なにを昇天しそうな顔をしておる、あの世ヴァルハラに往く前にもう一つ仕事をしてもらうぞ」


「……それは、その仕事を終えたら往ってよいということでしょうかね……何でしょうか?」


アインス皇帝の言葉に、不意に現実に戻されたヘンケルは怪訝な表情を浮かべる。


森人エルフが持つ武具についても調べてもらいたいのだ……特に、侍刀エルヴンソードという特異な武器だな」


「剣、でありますか?」


「うむ、だが剣なれど剣にあらずと言うべきか……今度、エルフの職人を帝国に招くこととなった。その際にはその技術を是非に継承して欲しいのだ」


「……やれやれ、人使いの荒い陛下ですな。勿論構いませんとも」


ヘンケルは力強く頷いた。



リュミエール王国との戦争まで、あとわずか――

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