第37話 皇帝は画策する
ダンケルハイト帝国 帝城ツァイトガイスト 皇帝執務室――
余は椅子に腰かけながら、執務机越しに紋章官の姿を眺めていた。
成人しているとはいえまだ若い男だ……これから成長をさせていくべき人材だろうな。
現状、ダンケルハイト帝国は非常に発展している。
余の采配により経済は毎年上向いていき、政策などは順調に進み、敵対的な勢力もほとんどいない。
臣民も官からも……幾ばくかのおべっかも含んではいるが貴族からも、「皇帝陛下のおかげ」だと余に感謝までする状況である。
……すっごい不気味なんだけどな。為政者が部下からも民からも感謝されるとかあり得ねえだろ。でも調べても裏が出てこないし、まあ本当に感謝してるんだろう、多分。そう思っとこう。
とにかく、帝国は余、アインス皇帝の采配で上手くいっている。
これは非常によろしくない状況だ。
いや、今は良いのだ。
成功を享受し、得た果実を存分に貪って喰らっていいのだ。
問題は今後である。
このダンケルハイト帝国において、余はあまりに色々なことに関与しすぎている。
それが皇帝の仕事だと言われれば、半分は正解で半分は間違いだと答える。
皇帝の仕事とは、富国強兵……臣民を飢えさせず、経済を活性化させ、産業を盤石にし、強い軍事力を保持することである――そして有事の際には、
この仕事の一面だけを見れば、余は確かに貢献できていると自負できる。
余の打ち出した施策は、今のところ問題なく機能し効果を発揮している、それは数字として表れているのだ。
だがそれは裏を返せば……余が居なくなれば、ダンケルハイト帝国が立ち行かなくなることを意味する。
いや、それは少々傲慢な物言いか。
しかし少なくとも、今、余が行っていることを1人でできる人間は、帝国にはいないのだ……つまり余が倒れれば混乱は必至、発展に陰りが出る程度なら御の字というほかない。
由々しき事態である。
今は良いだろう。良いかもしれん。
だが余も歳を取るし、病にもかかる。暗殺だって絶対ないとは言えん。
ついこの前もドラゴンを迎え入れるために色々準備してたら死ぬほどお腹痛くなったからな。
もし失敗したらヤバいかもしれんと思ったら、血便と血尿まで出てきたし。
でもなんか途中で気持ちよくなってきてしまったが……溺れ死ぬ寸前は気持ちが良くなるとか聞いたけど、それじゃねえだろうな。
さて、話を戻すが。
余がこの瞬間に居なくなったとしても、少なくとも帝国の維持ができるくらいの
それ故に、最近はこうやって一介の文官であろうと話をし、意見を交換しあっておるのだ。
言ってみせ、やって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かん。そう建国王も
さて、紋章官の持ち込んできた用件を聞こうか……とはいえ、分かり切っているが。
「王国からの返答は来たか?」
「はっ、書面より回答がありました。前例のとおり、開戦を了承する旨になります。戦場も変わりなく、グラウ平原を指定しております」
ふむ、ドラゴンの一件については色々と聞いている筈だが……そうか、戦うことを選んだか。
やはり読みが正確だな……現国王は半ば隠居しており、ユーネ王太子が実質的に国政を担っていると聞いているが本当やもしれん。
現国王であれば、ここまで思い切った行動は取れなかった筈だ。
そうすると……調子に乗り過ぎると痛い目を見るのはこちらだな、いかに協力があるとはいえ、しっぺ返しを食らうかもしれん……欲張りはしないよう気を付けるか。
「しかし、こちらにはドラゴン殿がいらっしゃるというのに、戦うなどと……王国は少々、ドラゴン殿を舐めているのでしょうか」
「ぶはっ」
紋章官の言葉に、余は失笑する。
驚いた表情を浮かべる紋章官がさらに笑いを誘う……っと、流石におちょくりすぎたかな?いかんいかん。
「まさか!舐めてはおるはずもなかろうよ。これでドラゴン殿を過小評価している愚か者なら、帝国はとっくに王国を併呑しているわ」
「では、なぜ戦争を受諾したのでしょうか?」
「それは当然よ、ドラゴン殿は戦争には参加しないと回答したからな。読みを当てたのか、それとも情報が漏れたか……まあ、余は前者だと思うが」
「えっ?!」
余の言葉に、さらに驚いた声を上げる紋章官。
……ああ、こやつもまたドラゴン殿が今回の戦争に参加するなどと考えていたのか?
少し頭が冷える。
ふむ、これは幾ばくか減点だな……いや、まだ若いし、そのあたりの経験が薄いのは仕方がない。
そもそもこの紋章官も……戦争の前後の事務作業は行うにしても実際に戦争に出ているわけでもない。それならば、なかなか気が付くのは難しいか。
減点量を緩和しておこう。なお、無くすとは言っとらん。
「そもそもだ、ドラゴン殿が戦場に出てもらってはこちらも困る」
「なぜですか?聞く限りは、非常に強いお方だと」
あ~、まあ、普通はそう思うよな~~~~。
余はなんだかんだ、皇帝やってそれなりになるから見えている光景があるが、単なる文官ではそう思うのも、やむなしか。
多分余も、当初の予定通り文官になっておったら……紙の上でのやり取りが世界の全てになっておったら、この事には気が付かんかったであろうし。
「今回の戦争は、我が国家……ダンケルハイト帝国とリュミエール王国の戦争だ。目的は城塞都市ブルスの領有について、これは良いな?」
「はっ!勿論であります」
「そうだ、ダンケルハイト帝国とリュミエール王国の戦争なのだ。それ故にドラゴン殿に出てこられると困るのだ」
「はっ……?」
む、これでは伝わらぬか。
「ドラゴン殿は……まあ余も実際に見たわけでは無いが、まず間違いなく超級に強い。……いや、強いや弱いといった話の次元ではないな。例えるならば天災なのだ。台風や地震に万軍を出したとして、打ち滅ぼすことができると思うか?」
「……不可能なことだと思います」
「うむ。それ故ドラゴン殿が出れば一瞬で終わろう。相手がリュミエール王国であろうと、フェイス教国だろうと、コミンテルン共和国であろうと……無論、ダンケルハイト帝国であろうとも、兵を結集したところで敵わんだろうな。なんなら同盟を組んで戦っても勝てんかもしれん」
「それは……」
お、少し解ってきたか?
やはり若いと良いな、まだまだ伸びしろがある。
「話を戻そう、ダンケルハイト帝国とリュミエール王国の戦争が始まったとして……そこにドラゴン殿がやってきて……リュミエール王国の兵を蹴散らした。帝国の兵士は血を一滴も流さず、ドラゴン殿が全てを解決してしまうだろう」
さて、とここで一息おく。
「これは帝国の勝利か?いいや違うであろう、これはドラゴン殿の勝利だ」
「し、しかし宣戦布告をしたのは、帝国で……」
「それをドラゴン殿や、ドラゴン殿を信奉する人たちに誰が言いに行く?『ご苦労!では都市はいただきます』とでも余が言いに行けばよいか?友人であるしな」
「そ、それは……」
まあ、これはちょっと極端な話ではあるがな。
若い場合はどうも、規則だとかを重視しすぎるきらいがある。
勿論それは重要なんだが……問題は人間の規則を相手も守ってくれるかどうかなのだ。守る気もない相手に規則なぞ持ち出したところで鼻で笑われるだけだからな。
魔物相手に「ここは入っちゃダメ!」って言えば出て行ってくれるなら、開拓村に自警団なぞ不要だ。
まあ、ただ。
ドラゴン殿とはミコ殿を介してしか話はできておらんが……なんというか、どうも人に危害を加えること自体を嫌がっている節がある。
無論「嫌だからやらない」というわけではないだろう……城塞都市ブルスは一度破壊されたわけだし、王国の貴族は空を飛んだわけだからな。
ただ、積極的に戦争に関与したいというわけではなさそうだ。
……やれやれ、安心と警戒心が半々だな。
圧倒的な力だけで我を通すつもりがない、というのが前者の理由。
そして、圧倒的な力で我を通すつもりがない、というのが後者の理由だ。
とはいえ。
「ドラゴン殿にはもう既に協力を得ておる。それについては、武官ではないとはいえ知っているだろう?」
「はっ!伝え聞いた話であり、現物は見ておりませんが……たしか……」
ドラゴンに戦争の話を持ち掛けたとき、ドラゴン自身の参戦については明確に拒否をされた。
しかし、代わりにと、2つの手札をこちらに渡してくれたのだ。
「ドラゴンの牙……と、聞いておりますが」
10日程前の、ドラゴンらとの会談を思い出す。
ドラゴンの牙。
ドラゴンはその場で自身の牙を1つ引き抜き、それを帝国に譲渡したのである。
村にある鱗のように何か力を帯びているのかと思ったが……そういった奇跡を行使する能力は一切存在しなかったのだ。
いや、ある意味で奇跡に匹敵するともいえるが、それは完成を待ってからだな。
「鋼鉄をも噛み砕くドラゴン殿の牙だ。それを余に託したということは……王国に打ち勝てということ……だけでは終わらん」
「それは一体……」
ごくり、と唾を飲み込む紋章官。
だが余は押し黙る。
答えを知りたいかもしれんが……とはいえ、余のこれも飽く迄も予想だからな。
ドラゴンは恐らくは……ここで王国に大きな楔を打ち、ずっと戦争を続けていた帝国と王国の関係に決着をつけよ、と言いたいのであろう。
今までは勝ち過ぎないように注意していたが……。
今回の戦争……「圧倒的な勝利」を手に入れねばならない。
ドラゴンは使命を負っていると聞いた。
その使命に関することであろうな……とはいえ、いかにドラゴンが余に、帝国に協力的だとは言え、よもや余が『選ばれた人間』なのだと勘違いする気は、毛頭ない。
与えられた力に溺れ、自分が選民だと勘違いするなど、古今東西滅ぶ結末を迎えた事実しか知らん。
「そうだな、それにもう1つ……こちらは『ドラゴン殿が』というよりも……余の縁と、とらえてもらっているようだが」
もう1つの手札……それは、余ですら文献でしか知らず、ドラゴンと同じく、半ば御伽噺だと思っていた存在。
「
「それは余も同じよ。歴史の記録にしか残っておらん……何せ建国王の統治以後は、人間との関りを辞めて、森に引きこもっていたそうだからな」
「しかし、友軍とは……」
ドラゴンの牙を貰った際に、エルフの面々は「
ドラゴンの前でもあり、ここで拒否するのは後々でデメリットになると考えて許可を出したが……。
「見たこともない
「……ああ、それは問題ないだろう」
「は?」と尋ねる紋章官だが……まあ、これは仕方もないか。
「余はこれでも、皇帝になる以前には鍛錬を積んでおった……今となっては流石に、猛者たちに敵うとは思わんが、それでも雑兵相手に負けぬとは自負しておる。その上で言うが……あの者ら、あの場に居た中では多分ドラゴン殿の次に強いぞ。武器を抜かれていたら……余も近衛も抵抗する間もなく膾切りにされておっただろうな」
いや、ほんとマジで。
ドラゴンが牙抜いたのも驚きだったけど、それでお互い剣抜きかけたのほんとビビったんだからな。
ちびりかけたわ……いや嘘、ちびったわ。
しっかし、エルフの長……ヤマトのことを思い浮かべる。
なんだよあの筋肉。脚と腕の筋肉入れ替わってるよ!眠れない夜もあっただろう?!肩にちっちゃい破城槌乗せてんのかい!ナイスバルク!!って思わず言っちゃいそうだった。あんなわけ解らん筋肉ついてて弱いはずがないわ。
「さて、次の戦は……まあ間違いなく勝ちを拾えるとは思うが、さすがにやってみないことには解らんからな。エルフとの会議もせねばならんし……ドラゴン殿は参加しないだろうが、ミコ殿には出席してもらうか」
ドラゴンをそう、ほいほい呼ぶのも気が引けるからな……なんつーかマジで、生物としての格が違うのだ。
何度「ドラゴンは理知的な相手だ」と頭で理解していても身体がビビってしまう。
ついでに金もすげーかかる。
ものすげーかかる。
従者であるミコに話をつける方が楽だし、費用的にもお安くて良い。
何より、あのちょっと長いかな?って思える首はうなじが良く見えるし。
……そして「でろん」って感じの長い舌……舌……うっ。
「会談には
「皇帝陛下、財務官にも確認しなければなりませんが、氷菓子は中々にコストがかかりますので、予算が……」
「余の
「は?」
「いや何でもない……とにかく、事務官に命じて会談の用意をせよ」
「はっ」
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