第34話 尊大の歓待
ダンケルハイト帝国 首都ヴァルト――
石畳が均等に敷かれた帝都は熱気に包まれていた。
たくさんの人が立ち並び、それは北東側の帝都正門から帝都の中央にある城にまで続いている。
通りは開けられており、また城門前にも、ひときわ大きな広間が設けられていた。
そう、見渡す限りの人、人、人……帝都に住むダンケルハイト帝国臣民は勿論のこと、偶然に帝国に滞在をしていた行商人や旅人、傭兵や冒険者などもその中には含まれている。
抜け目のない商人は早くから道路使用許可を取って露店を立ち上げ、飲料や軽食を売り捌き、出遅れた商人も首さげのカバンを使って作った僅かなスペースに商品を並べ、自らの足でもって練り歩き商いを行う。
通り沿いの飲食店は既に満席で、店主は思わぬ臨時収入にホクホク顔だ。
そうして運よく席にありつけた大柄な体躯の旅人が1人、この状況を眺め酒を一口飲んでから、隣の席にいる赤ら顔の男に声を掛ける。
「なあ、こりゃあ一体何が起きるってんだ?」
「ん?ああ、お前さんは旅の人か?なんだ、知らないのかい?」
「つい先日来たばっかりなんだよ、そうしたらこのどんちゃん騒ぎだ。一体何が何やら」
「なるほどな、そりゃあ気の毒に……だが、教えてやろうにも何分喉が痛くてなぁ、いやあ、語るにはちょっとなあ」
「もうちょっと
「へへ、すまねえな」
話の流れを聞きつけニコニコと笑いながらやってきた
旅人が代金とチップを給仕娘に渡している間に、酒を一息で半分も嚥下した男は「げぇぇふ!」と息を吐きながら頷いた。
「といっても、これは帝国に住んでるヤツならまず耳にするぜ。1週間ほど前だったかな?皇帝陛下直々のお触れが出たのよ。今日この日に、アインス皇帝陛下の親愛なるご友人が訪問なさる、臣民一同は可能な限りこれを祝福せよってな」
「皇帝陛下のご友人?」
男の言葉をそっくりそのまま繰り返す旅人に、男は「そうだ」と頷く。
「へーそいつは……しかし、えらく急な話じゃないか?皇帝陛下のご友人って言うなら、どこかの貴族とか王様だとか、司教様とかだろ?そんな人を呼ぶならもっと早く周知するもんじゃあないのか?」
「あー、そう言われるとそうだな、確かに急な話だな」
旅人の質問に、男も首をひねる。
帝都に貴人を招いた際にパレードなどの催すをする事は今までに何度かあったが、言われてみれば確かに、もっと早めにお触れが出ていた覚えがある。
変といえば変だ。
そうそう、変といえば――と、男は残った酒に手を付けながら続ける。
「そういや、変なお触れも出てたんだよな」
「変なお触れ?」
「ああ、皇帝陛下のご友人が見えた際に、決して逃げたりしてはならない……ましてや、危害を加えようとした場合は、何人たりともその場で首を落とすってな。そんなことやるやつはいねえし、もし何かやりゃ、そりゃあ手打ちになるのは当たり前だってのに、今回はえらく、その部分を強調されてたのよ」
自身の首を手でさっと撫でるように、「斬首」のジェスチャーをする男。
その言葉に、旅人は「ふうむ」と唸るのであった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
人が入らないように兵士を等間隔に置き、大行列でも通れるように空けられた北東門に繋がる大通り、その門の上で、騎士……戦時のような甲冑ではなく、式典などで着用する華美な軍服を纏った騎士が、空をじっと見上げて直立していた。
そして、いわや目を細めると、緊張した面持ちで腰に下げた角笛を吹く。
ブォォォー!!という腹に響く音が鳴り、長く待たされ段々と暇になっていた臣民がはっと背を正す。
大通りを固める兵士らも手にした槍に力を込める……彼らも騎士と同様に、式典用の軍服に身を包んでいる。彼らは帝国が抱える常備兵……能力はもちろん、家柄や性格などあらゆる点で国家に認められた
戦争で駆り出される大多数の兵士は、暇な時は農業を営み、有事の際に槍をもつ半兵半農民である。
しかし上等兵たる彼らは常に兵として訓練し、帝都の警邏、街道の巡回、有事の際の戦闘員として活動する。
その練度は普通の兵士とは比較にならないほど高く、十分な給金と名誉を与えられているため帝国への忠誠心も厚い。
それ故に、今回の催事には細心の注意を払っている……もし万一、皇帝の友人を害そうとした者が居たのならば、それが子供であろうと即座に制圧し、場合によっては首を落とせと命令を受けている故に。
そして、皇帝陛下の友人の到着を今か今かと待っていた臣民たちはこぞって、門の方へ目を向ける……門が開き、どんな
人々は皆一様に首をかしげるが……聡いものは、警備にあたる兵士や騎士らの様子に気がついていた。
彼らが皆一様に首をあげ空を見上げていたのだから。
あっ、と誰ものとも知れない声が響く。
それを合図にしたように、門が開かずにいよいよ状況がおかしいことに気がついた臣民たちも、空を見上げる。
そして、目にする。
鋼鉄など差し貫く牙。
岩石など噛み砕く顎。
城壁など切り裂く爪。
帝都など覆い隠す翼。
そして、人間など睨み下す黄金色の双眸。
ドラゴン。
ドラゴンがゆったりと、しかしその動作の穏やかさからは想像できないほどに素早く、帝都へと近づいてくる。
その身体が、徐々に大きく大きく見えてくるのに比例して、臣民たちからは幾許かの驚きと、そして多くの悲鳴があがる。
なんだアレは!!
何が起きているのだ?!
人々の驚きが不安になり、不安が恐怖になり、そして……恐怖が暴動に変わろうとしていたその時――
プァァ――ッ……!
門上の騎士が吹く笛の音が響き渡り、今まさに恐怖のあまり泣き叫び、逃げ出すか暴れるかという思考に支配されかけていた人々はハッと我に返る。
「掲げ!」
騎士の号令と共に儀仗兵が飾り槍を掲げ、その先端に下げられた旗が翻る。
旗は2種類ある。
1つは槍と斧を組み合わせた図柄のダンケルハイト帝国を意味するもの。
もう1つは……竜の横顔を描いたもの。
ここまでくれば、ある程度の人々は落ち着きを取り戻していく。
状況が理解できない者もしかし、兵士たちの様子を見て興奮を収める……もし、ドラゴンが臣民等に対して敵対的な存在であるならば、兵士が黙って居るはずがない。
迅速に陣形を整えて迎撃の準備をするはずだ。
しかし実際には飾り槍を掲げ、むしろ歓迎している様子。
それならば害はないだろう、と、兵士への信頼がドラゴンへの信頼に繋がる。
そして徐々に人々は気がつくのだ。
そうか、皇帝陛下の友人とは、あのドラゴンであると。
ズズン、と体躯の割には静かにドラゴンが通りへ降りる。
そして、ドラゴンの背に乗っていた者達が続々と降りていく。
まずは1人の女性。
金の髪を持つ妙齢の女性……美女と言うよりも、あどけなく可愛いという言葉が似合う。
しかし目につくのはその頭と肢体。
角が生え鱗に覆われた肌を見れば、なるほどドラゴンの関係者……従者であると一目でわかる。
そして、4人の男性に1人の女性。
彼らもまた輝かんばかりの金の髪を持ち、それに比例するように透き通った白い肌の持ち主である。
男性らは見たことのない装束に身を包んでいるが、少しでも武に心得のある者であれば、それらが見栄えを重視しつつも実践的な武具であり、それらを身に纏う彼らが只者ではない事を理解できるであろう。
一方女性の方は、こちらも見たことのない衣服に身を包んでいる。
幾重にも布を重ねた不思議な衣装はその一枚一枚に見事な刺繍がなされており、その艶やかさは帝国の名だたる貴婦人方すら思わず嫉妬を隠せない程。
そして麗しい外見を持ちつつ、細くて長い耳を見れば……教養のあるものであれば気がつき驚くであろう。
彼らが数えられぬほど昔に人間とは袂を分かった種族……
そうして竜の従者が通りを歩き、彼女の後を5人のエルフが続き、最後にドラゴンが尊大に、ゆっくりと続いていく。
……今までにも要人を招き、その際に
その時には人々は皆、歓声をあげ、皇帝陛下と要人の名を叫び、そして隣にいる人間と酒を酌み交わすのが一般的であった。
しかし、今回の
あまりにも少ない人数での
沈黙であることが正しいことだと思ったように。ただ、この場が滞りなく進むことを願うが故に。
そうして通りを歩いていくドラゴンたちは、やがて城の前の広間に到着する。
そこでは華美ではあるが実用的な衣装や飾り鎧を身にまとう、貴族や騎士らの姿があった。
彼らは事前にドラゴンの来訪について聞かされており、また栄えある帝国の
ドラゴンがやってこようとも必要以上に警戒することも怯えることもなく、しかし固唾をのんで、ただその一挙一動を眺めている。
そんな彼らの前に、やはり華やかさこそあるが実用的な鎧を身に纏う帝国の代表……アインス皇帝陛下が歩を進めていく。
アインス皇帝は
「よくぞ我が帝国を訪れてくれた! 我が友たるドラゴン殿と、その従者らよ!」
グルルルルルルルルル……
皇帝の言葉に、ドラゴンが静かに唸る。
ここにきてようやく、貴族も、騎士も、そして帝国の臣民たちは皆。
大きな歓声と、惜しみない喝采を送るのであった。
「やべえぞ、やべえぞこれは……!」
そんな喝采の中、誰にも気づかれることなく静かにその場を抜け出した男。
先ほど酒場で話をしていた大柄な旅人の男は、帝都の別門を通り抜け、ひたすらに急ぐ。
大柄な旅人を装っていた男……帝国に侵入していたリュミエール王国の
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