第31話 竜が慌てている
リュミエール王国 フェーブル領 セーズ村――
「余はダンケルハイト帝国皇帝、アインス・カイザー・ダンケルハイトである。此度は貴殿にお会いできて光栄だ、ドラゴン殿」
目の前で皇帝って名乗る人が、誰かに挨拶してる。
いや~~~~皇帝なんて偉そうな人と話をするだなんて、きっと偉い人なんだろうなぁぁぁ~~~~!
誰と話をしているんだろうなぁぁぁ~~~~?!
「御方。アインス様はリュミエール王国より南西にある国家、ダンケルハイト帝国の皇帝陛下になります。……皇帝という位階については、お伝えしていなかったでしょうか?王国でいう国王と同じ……国家の最上位の方です、御方」
ミコさんが説明してくれる。
皇帝っていう単語が何なのか、俺が知らないと思ってくれたのかな?
お気遣いありがたいね。
ダンケルハイト帝国って、あの槍と斧の旗のところだよな。いかにも軍事国家って感じでかっこよかったとこ。
そしてそうだね、皇帝陛下は俺に話してるんだね!
ああああああ!!そんな現実見とうなかった!!!
ってか、なんで皇帝がここに居るんだよ!!
おかしいだろ!!
もっとこう、なんか、こう!!使者とか使いの人間だすとかさ!あるだろ!
なんでいきなりゴールキーパー突撃みたいな事してくるんだよ!!
段階踏めよ段階!魔王が初手ではじまりの村にやってきたら勇者は死ぬんだよ!!
くっそ、頭がぐるんぐるんして何も言葉が思いつかん!
しかし黙っていては失礼だよな……とはいえ俺は人の言葉喋れないからミコさんに通訳頼むんだけど。
ふわっと喜怒哀楽くらいしかミコさんには伝わらんが、なんとなく挨拶を返そうとしている的な雰囲気を出せばミコさんも察してくれるはず……!
グ、グルグルグル……
(ご、ごきげんうるわしゅう皇帝陛下、この不肖のトカゲにいったい何の御用でございますでしょうか?!)
「何用か、と御方は問うております」
ミコさんが雰囲気で通訳してくれるけど……言い方ァ?!
いや俺そんな上から目線じゃないぞ?!なんでそんなこと言うの?!
一平か君は!
……いや当たり前だよなあ!
大雑把な喜怒哀楽しか解らんって言うのに、ミコさんにはそこまでのニュアンスとか通じるわけねえよ!
感情に尊敬語とか謙譲語とか丁寧語とかそういう区別まではついてない!
……ないよな?ねえよ!!さよならエモーション!
「お耳汚しを失礼する、ドラゴン殿」
そしてミコさんの言葉に、アインス皇帝はしかし大仰に頷く……おお、すごい……普通こんな返事されたら無礼者!手打ちにいたす!とか言って斬られそうだけど。
……いや、お付きらしい、皇帝のそばに居る騎士っぽい人は顔をしかめてるな、まあ自分の主人が軽んじられてたらそりゃ怒るか。
でも王国の悪徳領主と違って、ここでいきなり剣を抜かないのは高評価である。
さすが皇帝陛下だ……!
皇帝陛下は頷いて、少しだけ目を伏せたのち……顔を上げ俺の目を見る。
「ドラゴン殿、突然の来訪であり無礼であることをまず謝罪する……その上での提案であるのだが」
え、なんだろ?提案?
皇帝が俺に頼むようなこと……あー、もしかして俺の回復……回復魔法じゃないけど、適当な呼び名がないんだよな……いや、ドラゴンになる魔法なんだから、
俺がこの魔法をどう呼ぶかは俺が決めることにするよ。
で、話を戻すが……回復魔法のことをどっかから聞きつけたか?
いやー、でも村長に使ったときは、村人しか見てないし……人の口に戸は立てられぬ、とは言うが、例え言いふらしたとしても、いくらなんでも噂が広まるの早すぎるだろ。
数日も経ってないのに皇帝の耳に入るのか?
誰かこの村に帝国のスパイとかがいたとか?
いや、それにしても皇帝が知ってこっち来るにしても早すぎるか。
ん?スパイ……?
あ~~~~~~~~……冒険者!
そういえば冒険者が来てたわ!
冒険者から伝わったのかなあ、ミコさんにも回復魔法は使ったんだし、誰か村人もそういう話をしたかもしれん。
とはいえ、あの回復魔法はもう俺の中で禁忌指定、禁書目録だぞ。
流石に、皇帝陛下とか国王様のお願いと言えども使うわけにはいかんが……!!くっそ、とはいえガチ糞に緊張する!!
「ドラゴン殿、単刀直入に申し上げるが……余と友になってもらえぬだろうか」
グルル(あ、いっスよ)
「よかろう、と御方は言っております」
あ。
内容が想像以上に軽かったから、脳みそ通さずに脊椎反射でOKしちゃった。
ミコさんも速攻で翻訳しちゃうし。
うーん……まあ、でもいいか。
リュミエール王国って、あの悪徳領主が仕えてるようなところだもんなあ……下があんな様子じゃあ、上まで同じかもしれん。
政治家と国民のレベルは同じだって誰かが言ってた気がするわ。
いや今回は貴族だけど。
でも、高位の貴族が派閥作って互いの利益の争いをしていて、国民をないがしろにするとか……そういうの、よくある展開だよなぁ~~~?
まあ万一?ひょっとしたら上の方はまだまともで、なんとか引き締めようとしてるかもしれないんだが?
ま……それを俺が考慮してやる必要もないしな。
そう考えれば、皇帝が直直にやってきて、仲良くしようぜ!って言ってくるダンケルハイト帝国のほうが信頼できるだろ。
……っていうか、「え、やだよ」って答えたら絶対理由を尋ねてくるだろうけど、うまい返しが思いつかん。
相手のトップがやってきて「仲良くしようや……」って言ってんのに、何となくイヤだからイヤだとか通用するわけ、ないだろ!
ん?
でもなんか……皇帝陛下固まってるけど。
予想外のことでも起きたって顔してるな……どうしたの?ウンコでそう?
「ほ、本当か!?……ゴホン。良ければ新たな友ができたことを我が帝国臣民たちにも知らしめたい。ついては歓迎のパーティを開催したいのだが」
グルッ!グルルルルルッ!!(え?!いきますよー!いくいく!!)
「伺おう、と御方は言っております」
っしゃー!!
マジで?!帝国に行けるの?!
いやそうか!!
そうだよな!!
皇帝なら友達を自国に招待してくれるよな!!!
つまり!!
俺は合法的に、今まで見たいにこっそり隠れたり遠目から目を細めて頑張ったりする必要なく、源氏の風呂場を覗こうと全力を尽くす野比みたいなこともせずとも!!
ものすっごく間近で異世界のお城とか都市とかを見て回ることが出来るわけだ!!
最初みたいに矢とか槍とか魔法とか撃たれたりせず!
人に悲鳴とか怒号とか罵詈雑言とか命乞いの言葉を投げかけたりされることもなく!
なんの気兼ねなく!見て回れるわけだ!
見て回っていいんだよな?!見て回るぞ?!
初めての異世界観光だ!
ひゃっほう!!テンション上がるなぁ~~~~~!
グルルルルル、と俺が嬉しくて唸っているとミコさんがすっと微笑んでいらっしゃる。
ああ嬉しいのが伝わってしまう。
あ。そうだ。
せっかくだしミコさんも行こうぜ。
「? 私もですか、御方?」
勿論だとも。
というかミコさんいないと、まともに通訳できる人いないしね。
まあミコさんも完璧な通訳とは言い切れないが。
「ぜひ、竜の従者殿……ミコ殿もお越し願いたい。我が友であるドラゴン殿の願いであれば、何人であろうとも帝国は門を開こう」
大丈夫?帝国の門がガバガバじゃない?
いやまあ、ミコさんくらいしか連れていける人いないけど。
村の人たちで俺のこと崇拝してくれる人はいるみたいだけど……とはいえこんな大所帯で行ってもねえ。
ああ、村長さん……村長さんについては、回復魔法をかけた責任があるか。
とはいえ村長を連れて行くわけにもいかないしな、やっぱミコさんだけだわ。
そんなことを考えていると、皇帝に対して近づく人がいる。
迷彩柄の外套を身に纏った男性だ……もしかして斥候とかかな?
周囲に潜んでいたんだろうか……が、近衛らしい騎士に耳打ちするように何事か話をした。
ひそひそ話だけどこの距離なら聞こえる……あんまり聞き耳立てるのも、よくないけど。
内容は――……
「この村に近づく集団が2つございます」
「2つ?王国の兵か?」
「いえ、1つは教国……月曜神の集団です」
教国?
……ああ、フェイス教国ってところだっけ。
ミコさんから教えてもらったけど。
たしかこの世界にある、宗教の総本山だっけ。
月火水木金土日を司る、7つの神様がいるって聞いたな。
だから七曜神か。
俺が転生するときに出会った女神は誰だったんだろうな……多分権能的には木曜神っぽいけど。
女神らしいし。
……ちょっと前にはリュミエール王国の悪徳領主が来て、今日はダンケルハイト帝国にフェイス教国が来たの?
千客万来だな。
そして騎士と斥候の会話は続く。
「もう1つは?」
「……申し訳ありません、こちらの偵察を気取られました。しかし敵意はないとだけ言われております」
「何?……
「はい……相手の規模も不明ですが……異常な練度です、まるで我々が赤子も同然でした」
悔しそうに斥候の人は言ってる。
え、なにそれ怖……なんかこの斥候っぽい人、話からするに帝国でもエリートなんだよな?
なのに軽々対処されるとか、いったいなんだよそれ。
暗殺教団か何かか?首をだせい。
「解っているのは、その容姿のみ……長い金髪に白い肌、そして、人と比べ細く長い耳を持っていました」
長い耳?
ああ、エルフか。
なら仕方ないな。
森の中のエルフとかどうあがいても無敵だもんな。
……え?!
エルフ?!
エルフってこの世界に居たんだ、居ないもんだと思ってたけど……じゃあない?!
エルフ?!
エルフなんで?!
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