第30話 皇帝は驚愕する

リュミエール王国 フェーブル領 セーズ村道中 皇帝専用馬車内――





アイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!???


ドラゴン???!!! 

ドラゴンナンデ???!!!!




いや、おかしいだろう!


確かには、ドラゴンと話をするには皇帝たるアインス、余自身が会いに行くしかないと判断した!

王国や教国以上にドラゴンを重視し尊敬しているという姿勢をアピールするにはそれが一番だと思った!

そのために、ドラゴンが懇意にしている村、リュミエール王国のセーズ村に出立すると決めた!危険を冒してでもその価値があると判断した!

あわよくばその辺もドラゴンが加味してくれるといいな、と打算もした!


だが、そこにいる者に話をして「余がきたよ」って伝えてもらうだけでよかったのだ!断じてドラゴン本人に今、会おうと思ったわけでは無い!!



何で今おるのだ!!どういう確率だ!!おかしいだろう!!おかしいよな?!

ちょっと待って、いきなりすぎてまだ心の準備ができてない!!



余が思いっきり混乱しておると、素早く短く馬車の戸がノックされる。

返答をすれば、近衛騎士が静かに戸を開けた。



「アインス皇帝陛下、間もなくセーズ村に到着いたします」

「わかった」


余が大仰で尊大な態度を意識して答えると、騎士は頭を下げ戸を閉める。

戸が閉まって数呼吸の時間が経ったのち、「ンぼほぁぁぁぁ~~~……」と深くため息をついた。




皇帝というのは象徴である。



その象徴が余りにも見すぼらしく、情けない態度などを人に見せることなどできない……それは「侮られる」ことに繋がるからだ。

そして象徴が侮られるということは国家が、そして――その国家に属する国民が侮られるということだ。



断じてあってはならない。



一度侮られれば、それは未来永劫ついて回る。


何をしようとも引き合いに出され、どれだけ過去になろうとも発掘され揶揄される。

相手が調子に乗ってくれば最悪だ……犯罪だろうと戦争だろうと、それは相手を舐めているからこそ行うのである。大人の対応を気取り笑って許す?臆病者と一言で済むのに、回りくどい表現を使うものだ。


だからこそ、象徴たる代表者は常に威風堂々としなければならない。



それでも侮ってくる相手は……絶滅するまで殺さねばならない。これは冗談でも比喩でもない。絶滅だ。完全にこの世から死に絶えさせねばならん。



そうしなければ永遠に侮られ、嘲笑の的になる。


これはリュミエール王国においての国王、教国においての枢機卿、コミンテルン共和国においての総書記――国家を代表するもの、それらすべてに言える。


ダンケルハイト帝国としても、リュミエール王国と戦争をしても公には相手の立場を敬い、譲歩もするのである――侮ったが最後、どちらかが滅ぶまで殺しあうしかなくなるが故。



だからこそ、こうして公衆の前では余も気力を振り絞っているのだが。

こうして誰も見ておらん、馬車の中くらいは気を抜かせてくれんと、やってられん。


いや本当にどうしたものだ、なんで余が皇帝の時代にこんなことが起きたのだ。



そもそも……なんで余が皇帝をしておるのだ。



ダンケルハイト帝国の皇帝一族……ダンケルハイト家に生まれた以上は皇帝位に就く以外にも、政治の場にて働く義務がある。


それに関して文句を言うつもりもない。


ただ、その家に生まれたというだけで衣食住の提供を受け、しっかりと学問を学ばせてもらったのだ。大人になったのちに、それを国家に還元することに如何なる不満もない。


だがしかしだ、余はダンケルハイト家直系の血筋ではあるが、四男である。


長兄は自身が皇帝になると幼いころから言っておったし……まあ長兄は色々とあったので無いにしても、次兄や姉、三番目の兄はやはり皇帝位に憧れていた筈。

皇位継承権で言えば、直系内では下から数えた方が早い位置に居たのが、余であったはずである。

確かに皇帝となるための勉強もしてはいたが、それは長兄たちに不慮の事故があった際の予備としての、いわば保険であったはずだ。

余も自身が皇帝となるまでは、長兄や姉らが皇帝となったあとの補佐や文官として働くことを希望しておったのだ。


おったのだ。おったはずなのだが。



一体どこで間違えたのだ、余は。



……あれか?父である前皇帝の仕事を見学した際に、長兄や姉が1時間も経たず逃げ出した中で、月単位でその様子を見て仕事のやり方を覚えたせいか?

いや違うな、予算配分について前皇帝に意見を求められた際に、色々と調べて回答した結果、歳出を1割近く圧縮できたからか?

あるいは、一々法律全書を索引するのが億劫そうであった法務文官を手助けしようと、帝国だけでなく王国や教国、共和国に、大王国の法律を丸暗記してしまったのがマズかったか?

ああ確か、帝国が割れかけた上位貴族派閥の紛争を仲裁して両者納得をさせたうえで解決したこともあったな。

それとも、建国王が遺した手記あんなこといいな、出来たらいいなノートを解読し、肥料を作る方法ハーバーボッシュ法を確立して、帝国内の食糧事情を安定させたのが原因か?

もしかして、身体も鍛えたほうが良いと前皇帝に言われたから、騎士団長に模擬戦で勝てるまで鍛錬をし続けたのがいけなかったか?

ひょっとして、外交やってみろって言われた時、王国や教国には悟られず共和国と秘密裏に軍事・文化・研究面でがっちり同盟を結んだのはやりすぎたか?そのせいで長兄がむこうの総書記の一人娘の婿養子に行ったからな。皇位継承権1位が婿養子に行くとか言い出したからマジで荒れたぞほんと。前皇帝と長兄が婚姻を認めるかどうかでデスマッチしたからな……皇族卍固めで長兄が勝ったが。ま、夫婦仲はものすんごい良いらしいのは怪我の功名というべきか。

……まあ、一番は全軍司令官や各大臣から「あなた様が皇帝になってください」って懇願された時に押し切られて頷いちゃったせいだろうが。

前皇帝の署名まで入った嘆願書とかどうなってんだよ。なんで皇帝が嘆願してるんだよ。



はぁぁ~~~~……いやまあ、皇帝になることは了承したけどさぁ~~~。

でも余は、皇帝って柄じゃあないんだがなあ……文官として働きたかったんだがなあ……。




はぁぁ~~~~~~~~…………。

どうしよう、本当に。




とはいえ、もうなってしまっている以上はしかたがない。

余がダンケルハイト帝国の皇帝になってしまっているのだ、なってしまった以上はしっかりやらねばならん。

座り心地だけはいいが、何度見ても審問椅子にしか思えんあの皇帝の椅子に座っている以上は余が責任を取らねばならん。


さて、ドラゴン……如何なるものか。





………




……やっぱり、いやだなあ……誰か余と変わってくれないかな……。





◇◇◇



リュミエール王国 フェーブル領 セーズ村――



セーズ村に到着すると、余は近衛騎士の合図をうけ馬車を降りる。

余と近衛騎士が4人、そして文官が1人、次席魔術師が1人……仮に周囲を暴漢に囲まれても、余を逃がすには十分な戦力だ。

さらには、この周囲の森では帝国軍でも選りすぐりの猟兵イェーガー部隊が警邏しているからな。


「おぉ」「本当に……」「あの人が帝国の皇帝か……」という声が、かすかに聞こえる。見渡せば、なるほどセーズ村は確かに情報の通り開拓村のようだ。


自警団らしい武装した人間もいるが、さすがに武器を構えるようなこともしない。

ここまでは、ごく普通の開拓村だ。帝国においての開拓村も、ここと比較して大きな違いはないだろう。



「ようこそ、セーズ村へ。私はこの村の村長であるフォルトです」


村長と名乗る男性の挨拶を受けるが……村長というにはだいぶ若いな。

普通は村長と言えば年配の人間……例えば男爵や子爵に仕えていた文官などが、高齢になった際に再就職する場合がほとんどだ。これは王国でも帝国でも変わらない。共和国ならばあり得るが……獣人の多いあの国は色々と特殊なので、参考にはならん。

若さと言い体格と言い、どちらかといえば自警団とかの人間にも思えたが……ここで嘘をつく理由もない、そう受け取ろう。



「ドラゴン様に仕える従者、ミコでございます。皇帝陛下」


そして、村長の隣に立つ妙齢の女性が頭を下げる。

……ふむ?特務騎士アレクサンダーの報告では確かに、ドラゴンの従者である女性が1人居るとは聞いたが……頭部に角が生えているとも、その手足に鱗があるとも報告は聞いていない。目立つ容姿だ、見落とすはずもないし、必ず報告するはずだが……報告後に可能性はあるか。いずれにせよ、戻ったら書類を精査せねばならんな。

しかし美人だな……む、首が少し長いか?良い……っと!涎が。いかんいかん、そんな場合ではない。



「余はダンケルハイト帝国皇帝、アインス・カイザー・ダンケルハイトである、竜の従者よ。此度は、急な来訪ではあるが、本来ここは我が領地ではなく、また一刻も早くドラゴン殿と会談したいと思ったのだ、許せ。

 早速ではあるが、ドラゴン殿にお目通りをお願いしたい」


村長の対応は近衛騎士が行うが……彼女に対しては余が直答する。


本来こういった会話……目上と目下の立場がはっきりと分かれている者同士の会話は、間に騎士や文官を挟むのが常識である。

しかし、ドラゴンがあまりにイレギュラーだ。


正直に言えば現状、ドラゴン及び、その従者という存在がどの位置の立場に居るのか解りかねている。


初手よりドラゴンよりも皇帝の方が位階が下……という立場を取るのはマズいが、しかし明らかに目下として扱うのもマズい相手である。

ならば、ここはドラゴンも王侯のそれと同じ立場として対応するのが正しいだろう。となると従者は王女と同等でも見るべきか?流石に盛り過ぎだろうか……いや、それくらいで見よう。今までのドラゴンについての報告を分析した限りでは、ドラゴンはかなり理知的な存在であるのは疑いようがない……ならばこちらの意図もある程度、鑑みてはもらえるはずだ。

はずだよな?違ってたらどうしよ。



「承知しました、ではこちらに」


ミコと名乗った従者に率いられ、そのままセーズ村の広間にまで通される。

さて、ここまで来たか……仕方ない、腹を括ろう。


――余がセーズ村に来る前に、王国の貴族と兵がこの村を訪れ、ドラゴンに鎧袖一触でことは猟兵の報告で知っている。これは今日の話を進めるうえでかなり帝国に有利だ。今ならば帝国側に与してくれるやもしれん。少し欲張れるかも。


全人類抹殺を掲げちゃったとか、好きな総菜は人間とか発表されたら知らん。そのときは、もう、どうにでもなーれ。



「……ぉぉ……」

「なんと……」


近衛騎士の1人と次席魔術師が、思わず、といった具合で声を漏らす。

余も、皇帝という立場でなければ同様だったであろう。

広間に鎮座する、竜の鱗。

そして、そこにただ、そこにいるだけで周囲を圧倒する存在。




刺し貫く牙。

噛み砕く顎。

引き裂く爪。

覆い隠す翼。

赤銅色の鱗。

そして、睨み下す黄金色の双眸。




ドラゴン。





建国王が伝えた、としか思われていなかった存在。

皇帝であろうと騎士であろうと、村人であろうと、何もかも彼の存在では唯々等しい。


ドラゴンがまさに、ここに君臨していた。

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