第27話 巫女は戦闘する

リミュエール王国 フェーブル領 セーズ村――



御方ドラゴン様が飛び立ってから、10日ほど経った。

私は御方の元で生涯をかけ奉仕するつもりであった。

可能であれば、時折は両親の様子を見るための暇をいただければ……とは考えていたが、飽く迄も私欲であるため叶わないならそれも仕方がないと覚悟をしていたので、季節も変わる前に、またセーズ村に戻ってきたことには……すこし困惑してしまったけれど、両親も村のみんなも私を迎え入れてくれた。

今日は採取のお手伝い……シュルーム玉葱オニオンなんかは、色々な料理に使えるのでとても便利だものね。一応魔物が出てもいいように、ということで準備もしていたけれど、結局出会うことはなかった。



あれから、魔物は一体も村にはやってこない。



村の自警団のおじさんや、狩人さんにも聞いたけれど……私が御方と共に出て行ってから少しして、先日のような今まで見たこともない魔物が何度も何度もやってきていたらしい。

それが、途絶えたということは。



間違いない。

御方の御業だろう。



きっと、御方はこの異変……今まで森の奥にいるような強大な魔物が、人の住む場所にまでやってくることを知っていたに違いない。

村に立ち寄っていた冒険者の方々の話を聞いて、事態が動いていることを知った御方は、解決のために出陣なされたのだろう。私を供に連れて行っていただけなかったのはとても残念だけれど……きっと、私などではただの盾とすらなれないような、恐るべき魔物との戦いをされているに違いない。


きっと常日頃から、とりわけ森に近いセーズ村などは気にかけていただいたのだろう。そうでなければ、今回のような魔物の大群がやってきた際に助けられなかっただろうし、そもそも熱病に侵されていた私が助かることもなかったのだから。

御方の御慈悲には、感謝してもしきれない。



何か、どうにか御方にご恩を返したいのだけれど。

でも一体何をすればよいか……。

御方は何をお求めになるのだろうか……。



そんなことを考えながら村に帰ってきたけど……どうにも騒がしい。

もしかして、再び魔物が襲ってきたのかも……と思ったけれど、どうも違うみたい。

……そもそも、魔物は御方が解決されたのだから当然か。


近くにいた自警団のおじさんに話を聞いてみる。



「どうしたんですか?」

「ミコちゃんか……いや、どうも領主様……フェーブル伯爵様がお見えになったらしい。今、フォルト村長が対応に向かったみたいだけど」

「伯爵様が?」

「ああ、村の広間に行くそうだよ」


セーズ村は確かにフェーブル伯爵様が領主をされている場所だけれど……実際に管理運営されるのはソシタ子爵様だ。税の徴収や陳情の聞き取り、場合によって兵の派遣や野盗の討伐なんかを行うのも子爵様がすることだと聞いた。

伯爵様が来ることなんて滅多にないらしいけど……一体、何の用だろう。


……もしかして、御方のことについてかな?

それなら、私も向かった方が良いかもしれない。


そう思って、私も広間へと向かった……そこには御方の鱗もあるし、説明もしやすい。



セーズ村は開拓村だけあってそこまで広くない。森へ向かう入り口から、少し歩けばもう広間だ。


そこには、村長のお爺さん……フォルト村長と、上等な服に簡素な鎧をつけて帯剣しているお貴族様……フェーブル伯爵様に、その護衛らしい、鎧を着た人が何人も居た。その後ろには身軽な格好をした男性が何十人もいる。兵士かもしれない。

御方の鱗の前で何か話している。


……最初は、フォルト村長が伯爵様に、鱗のこととか経緯を説明しているのかと思ったけれど……こんなにたくさんの騎士や兵士を連れてくるなんて、まるで戦の備えみたいな感じだ。



それに何か、様子が変だ。



「こちらの鱗は王都に持ち帰り、魔術師より調査を行うと申したであろう!」

「おやめください、ドラゴン様の御怒りに触れまする!」

「ならぬ!此度の件は王国としても大変な問題であるのだ、少しでも多くの情報を入手せねばいかんのだ!」



! 鱗を持っていくなんて?!



慌てて近寄ろうと思ったけれど……この村で最も立場が高いのはフォルト村長だ、いくら御方に選ばれたとはいえ、私は伯爵様から見れば単なる村娘……下手に飛び出しても帰って事態を混乱させてしまいかねない、ここは我慢して様子を見るしかない――。



「この鱗はドラゴン様が、この村に下賜されたものでございます!どうか何卒ご慈悲を!」

「何が下賜か?!そなたらは王国の民であろう?!ドラゴンの民ではない!!」


フォルト村長がなんとか説得を試みるけれど、だけどそれが逆に伯爵様の御怒りに触れてしまった。顔を真っ赤にした伯爵様が腕を横に振ってフォルト村長を叱責する。



「そしてなるほど、下賜されたものとして!だ!村の財産は王国に帰属することを、村長ともあろうものが知らぬとは言わせぬぞ!今貴様が申しているのは、王国の法とも慣例とも離れた、ただの感情に任せた身勝手な要求に過ぎない!」


伯爵様の言葉に、フォルト村長は何も言い返せない。

私も色々と教えてもらって学んだけれど……これは、確かにそうなんだ。

王国法では村の財産……家屋とか畑だとか、そういうものは全て王国が所有するものと決められている。これは開拓民の個人的な理由での売買を防いだり、侵害されたときには王国として対処をするっていう意味での決まりで、御方の鱗も……村にと渡されたものでも、法の上ではそれは王国のものになるんだ。

だから伯爵様の言葉は、正しい。


反論できなくて窮するフォルト村長の様子を見て、これまで、と判断されたんだろう。伯爵様は隣に控えていた護衛の騎士に目を配る。

そして騎士の指示のもと、後ろに控えていた兵士たちが鱗へと近づいていく。そして大勢の人で担ぎ上げようとし始めた!



「おやめください!伯爵様ぁ!!」

「! 貴様ァッ?! 伯爵様、後ろへ!」


フォルト村長は思わず、といった様子で叫び、伯爵様へ飛び掛かるように縋ろうとした。けれど、それに反応した騎士が咄嗟に伯爵様の前へ踏み出し、そのまま剣を引き抜いてフォルト村長を斬り付けた。村長は左肩から右脇腹まで一閃されて、そこから血を吹きだして膝をつく。


様子を見ていた村の人たちから悲鳴と怒号が上がる。


そしてなおも、騎士が剣を振り上げて……! いけない!!



ド ン ッ!!


私は一息に、その場で大地を蹴って一直線に跳躍する。

振り上げられた剣が、再び村長に向かって振り下ろされ……その間に入って、左の裏拳で剣の腹を殴りつけて軌道を逸らす。



「ぬぅっ!何……ぐっ?!」


そのまま右の手で騎士の腹に掌底を放つ。

騎士は後方に数歩分、踏鞴を踏むようにして距離を取った。

騎士の苦戦を目にして、伯爵様も腰に刺した軍剣サーベルを引き抜き、鱗を運ぼうとしていた兵士たちも、その場で短槍パイクを構えて私に切っ先を向ける。


私はそちらを睨みながら、ちらりと村長の様子を見る……傷は結構深い。まだ息はあるけど、はやくお湯で拭いて、布で覆って止血しないと助からないかも……!



「貴様、何者だ」


伯爵様が私を睨みながら尋ねる。

……ごめんなさい、お父さん、お母さん、そして御方。




「ミコと申します、伯爵様。ドラゴン様に仕え奉仕する下僕でございます」

「ドラゴン、ドラゴンか!どいつもこいつも!!」


私の答えは再び、伯爵様の御怒りに触れたらしい。

合図とともに、騎士や兵士たちが私に向かって攻撃してくるだろう。



……私は色々なことを村長や村のみんなに教えてもらった。

けれど、戦い方……素手で魔物を殴打し、引き裂き、貫くような私の戦い方だけは、村の人から教わったのではない。

そんなことを教えられるなんているはずもない。



御方に救っていただき成長した、この身体が囁くのだ。


を打てと。


腕の動き、振るい方、構え方。

足の運び方、位置の取り方。

指の使い方、曲げ方、伸ばし方。

五感の活用、音も匂いすらも用いる。

こうすれば戦えるのだと。

相手を打倒することができるのだと。

まるで暗示のように私に、語り掛けてくる。


私は、手の平を相手に向けながら左腕をつきだし、右腕を相手とは別の方向、自身の背後へと伸ばし、ただ右手の指だけをその場で相手に向ける。



これが、この身体に流れる御方の御力。

その御言葉に従い、身を動かすことで完成した、私の戦いの――『清竜一本槍』。



「その構え……拳闘士モンクか?だが一人では……」

「いいや、それは違うな」

「そうそう、ミコちゃんばっかりに背負わせないって」



そう言って、私の左右を挟むように村の人がやってくる。

ギヨームさんに、モリスさん。自警団の人たち……。

手に剣を持って、伯爵様たちと対峙する。

あたりを見れば、自警団の人たちはみんな武器を持って、そうではない村の人たちは鍬とか鋤、三叉具ピッチフォークをもって、伯爵様たちを取り囲んでいた。


伯爵様は顔を真っ赤にして震えていた。

今にも爆発してしまいそうで、パクパクと口を開閉させる。

でも、怒り過ぎて逆に冷静になってしまったんだろう。

すっと表情を無くして私たちを見渡した。



「なるほど、あくまでもドラゴンに与すると……よく、解った。――この者らはリュミエール王国に反旗する逆賊である!残らず捕らえよ!!各裁量で打首にしても構わん!」

「「はっ!!」」



伯爵様の号令のもと、騎士と、率いられた兵士たちが一斉に行動を始める。

戦いが、始まってしまった。




「逆賊ッ!討つべし!」


私は兵士から突き出された槍を小手先で捌き、懐に飛び込んで顎へ掌底を放つ……

一撃で意識を刈り取られ、崩れ落ちる兵士を守るように別の兵士が槍を突き出した。その場で跳躍し背を地に向け回転するように回避し、その勢いを利用して蹴りを放つ。

ガッ!という音と共に、蹴りを受けた兵士が苦鳴をあげて踏鞴を踏んだ。

だけど追撃を放つ暇はない、背後から何かが近づいてくる気配を感じる……これは敵意だ、加勢に入ってくれている自警団の人のものじゃあない。

私は足の力を抜いてすっとその場でしゃがみ込む、一瞬遅れて、私の胸があった場所を剣が横薙ぎに通り過ぎて行った。

そのまま、両手を地につけて足を延ばし身体を回転……足払いをしかけ、先の兵士と新手の剣士の足をすくって転ばせる!



「ぐあっ!!」

「くそっ、この女は強いぞ!」


私はその勢いを利用して両手で地面を叩いて、縦に回転して身を起こす。

そして再び『清竜一本槍』の構えを取る私の前に、銀色の甲冑を纏う騎士が進む。

青いサーコートが風になびき、まるで御伽噺の騎士様のよう。



「他のものは下がれ!……私が相手をしよう、竜の従者」


騎士の言葉に、兵士たちがさっと下がる。

そして騎士は、するりと直剣ロングソードを抜き放った。



……手ごわい。



私の直感がそう告げる。ぞわりと背筋が粟立つのを感じる。

こんな感覚、森で魔物を狩っている時には一度も味わったことが無かったのに。



「いきます!」


私は自分自身に喝を入れるために声を張り上げて、一直線に進む。

開いていた距離が一息に縮まっていく。

騎士は姿勢を小さく低く下げ、そこから鋭く突きを放ってきた。

私は臆さずに、その件の切っ先に向かい飛び込み……剣の腹に手を乗せ、そこを支点にして剣を飛び越え、そのままに騎士の懐へと飛び込んだ。



ガンッ!!

ドガッ!!!



突然、目の前に火花が飛び散る。懐に飛び込んだ私の頭に、騎士が頭突きを放ったのだ。思わず怯んだ私の顔面を、騎士はさらに剣を持つ手とは違う拳で殴りつける。

私は殴り飛ばされた勢いのままに後方に吹き飛び、空中で態勢を整えて着地した。



……強い!



私は、鼻血が吹きだした顔を腕で拭い、口に溜まった血反吐をぺっと吐き出す。


血の味が口中に広がる。

血の味、鉄の味、塩の味。

血、血液、血、血の、血ノ味ダ……。



「なるほど。中々できるようだが……それでは武芸者ではなく、舞芸者だな」

「……上等ォ!ぶチ壊しテやるッ!!」



怒リのママに、アたシは飛び出ス!!


御方!! どうカ!ご照覧アレ――――!!!!

グルルルルゥ!!

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