第24話 絶滅の樹海
扶桑大森林 本陣――
木々が生い茂り、木漏れ日が煌めく森の奥深く。僅かに木々が少なく開けている場所に、白い布で仕切られた空間が作られていた。
緑豊かな場所にある人工物であるが、しかしそれはごく自然に、まるでもとからそこにあったかのように調和している。
仕切られた空間には、幾人かの人影があった。
寄せ木細工の小さな椅子に腰掛け、甲冑を着た人影が6人。
一瞥して人間のようにも見えるが、白い肌に輝かんばかりの金色の髪、そして細く長い耳がそれを否定する。
彼らは、
非常に長命であり森を愛する種族である彼らは、人間の決めた
もっとも、建国王の没後は交流を断ち人間と関わることを一切辞めていたため、彼らのことを知る人間は、今は殆どいない。
知っている人間も、精々が書物や記録での知識の上での話であろう。
そんなエルフの6人の男性は……皆、先程よりじっと腰を据えたまま目を閉じていた。雑談もせず、ただ静かに時が流れる。
ピクリと、1人のエルフ……侍衆たる
突然の忍者の出現に、しかし6人には動じる気配もなく静かに目を開ける。忍者はその場で膝をつき、右手を地につけ頭を下げた。
「報告。
「承知」
くぐもりつつもハッキリと通る忍者の言葉を受け、布で作った陣の最も奥に座る男性……侍衆を取りまとめ役であり、そしてエルフの国家である扶桑国の最高責任者を担う将軍……
エルフという種族で見ても年寄である彼は、顔には皺が深く刻まれ、だがその体躯はまるで巌のようである。
座っていた侍衆らは皆立ち上がり、陣の外へと出ていく。
そして残ったヤマトは静かに、腰に差している得物……
幾重にも折り返された刃は、はらはらと舞い落ちた木の葉をも軽く切り裂き、木漏れ日の中で輝きを放っていた。
「大義であった。忍衆は疾く逃げ延びよ。人間の国は大きく変わりはしたが、住めないことはあるまい」
ヤマトの言葉に、忍者は顔を上げる。
顔を隠す覆面も外せば、金の髪の流れる華のような
「御館様。どうか、お考え直しを。いかに死こそ誉れとて、敵わぬ相手に戦をするのは、それは武勇ではありませぬ」
必死の訴える忍者は「はっ」と息を吐き、「手前如きが御館様にご意見を、この無礼どうか切腹にてお許しを」と願うが、しかしヤマトは快活に笑う。
「はっはっは!何を謝る!そちの言い分こそ、もっともだ!儂らはこれより死地に赴く、何の誉れもない戰場よ!数刻もせぬうちに
笑うヤマトに、しかし忍者は困惑していた。
遡れば二週間ほど前……突如として、扶桑国内の森林に現れた巨大な魔物……
その大きさは扶桑国の神樹など踏み潰さんばかりであり、そしてその気性は凶暴。魔物もエルフも樹木も関係なく根こそぎに殺し、喰らい、滅する災厄である。
その強さは疑う余地など微塵もない……少しでも時間を稼ごうと、強者で知られる
民の多くが戦に殉ずるエルフであっても、もはや敵わぬと逃げ延びることを提案する者も出ていた……普段は女々しい考えだと一喝する侍衆がしかし、それを真剣に討論したほどに。
エルフという種の存亡がかかっているが故に。
「だがな」
ヤマトは優しく、しかし強い光が宿った目で忍者を見る。
「約束なのだ。まだ、かの建国王が現れる前……惰弱になる前の
その勇者たちが屍の山を築き上げ、封印した
それ故に……誉もない戦なれど、だが我らの誇りになり得よう」
ヤマトは、自らも立ち上がり陣の外へ向かう。忍者の傍を通り。
「達者でな」
忍者は頭を垂れ伏したまま、ついぞヤマトの顔を見ることができず、さめざめと泣いていた。
◇◇◇
扶桑大森林奥地 対大陸獣最前線――
鬱蒼とした森のさらに奥深く。
人間は、たとえ冒険者であろうとも未だ土を踏んだことのない未開かつ未踏の大地。
深緑に覆われていたこの場所は、あるところを境に唐突に、木々の無い開けた場所となる。
だがそれは、何もない平原が広がっている、というわけではない。
捩じ切れた木々の値が幾百幾千見渡す限りに広がっており、恐らくはその根と繋がっていたのであろう巨木の幹や枝があちこちに散乱している。
地面はボコボコと抉られたような大穴がいくつもあり、人が抱えきれぬほどの大岩も無数に転がっていた。
「放てっ!」
号令とともに、放たれた夥しい数の矢が快晴の空を覆い隠した。
侍衆が一人、
矢一つ一つが致命の威力を誇るそれが、さながら驟雨の如く飛来したのだ。
だが、大隊すらも壊滅せしめるその攻撃を受けても痛痒にすら解さぬのが、この魔物……いや、怪獣である。
ガァァァァァ━━━━━!!!
耳を潰さんばかりに咆哮するのは、
まるで丘陵と見間違えるほどの巨躯は、全身を見渡すことができるのであれば、
四足の獣なれど、その両腕はエルフのように五指に別れ器用に物を掴むことも出来る。頭部からは捻れながらも前に向けた太い角が2本生え、頭部から背にかけて黒い体毛が覆っている。
そして何よりも目に着くのは、筋骨隆々としたその威容。
全身のほとんどが筋組織で造られたその肉体は、花を手折るように巨木を圧し折り、砂場で遊ぶがごとく大地を混ぜ返し、水遊びするかのごとく
数千年も前に、人間とエルフが手を取り合ってどうにか大地の裂け目に叩き落とし、その上で幾重にも土砂を浴びせ掛け
必殺の矢を分厚い表皮で弾き飛ばしながら、
その陸の王者の歩みを止めようと、侍衆たる
もはや勝ち目などなかった。
いや、そもそもそれは分かりきっていたか。
兜を被り、鬼を模った面包をつけたヤマトは鞘より刀を抜き放ち構える。
鞘は放り投げる……刀が、鞘に戻ることなど、もはやあり得ぬ故。
しかしヤマトらの役割は、他の侍衆に夢中になって襲いかかっている大陸獣の横腹に食らいつくこと。
ならば責務をはたさんと、ヤマトの姿に呼応するように、彼の配下の侍衆や武士もまた武器を構えた。
「同胞たちは死に絶え散り散りに、しかして大陸獣は健在!なんと嘆かわしく、そして、なんと死ぬには良い日か!」
ニイと笑うヤマトに、周囲の侍衆も呵呵大笑となる。死地へ向かうというのに、恐れも後悔も吹き飛ばすがごとく。
「左様、左様。ここで死なずはエルフの恥!」
「畳の上で錆びつく刀など、名折れにございましょう。なれば戰場にて砕けるこそ誉れ」
「願わくば戦の場にて唯死なん――」
もはや劣勢というのも烏滸がましい戦場なれど、しかしエルフの士気は上々。
もはや討ち取るのは叶わずとも、
「……む?」
空より飛来する影。
こちらに近づいてくる。
少しずつ大きくなる。
その姿が明らかになる。
ヤマトは、刀を握ったまま目をゆっくりと見開き。
ヤマトの様子に気がついた侍衆もまた不審げに空を見上げ、同様に目を見開き、あるいは腰を抜かし。
逃げるように言われたがしかし、少しでも助けになろうと戦場にやってきていた忍者たちも木立の上で立ち竦み。
そして、横暴の限りを尽くす大陸獣ですらも、その動きを止めじっと空を見上げる。
ドラゴン。
森羅を貫く牙。
万象を砕く顎。
万物を引き裂く爪。
空を覆い隠さんとする翼。
燃えるように輝く赤銅色の鱗。
そして、生きとし生ける物全てを睥睨する黄金の瞳。
ドラゴン。
エルフが命を抛とうとした、この死地に。
ドラゴンが、来たれり。
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