第22話 異変の事変
「“憎しみが光に変わるならば、世界は輝きに満ち溢れる――【
バリバリバリッ――!!と空気を叩き割るような音を鳴り響かせ、魔術師であるマルグリットが
魔力を負の電荷として短杖に蓄積させることで発生した静電気との間に魔力を用いて電位差をつくり、絶縁抵抗を超えて放出した電荷が空気にぶつかり次々に電離することで放電現象を引き起こす、攻撃魔術としてはごく一般的なものだ。
しかし威力は十二分。
肉が焦げる匂いと爆ぜる音が周囲に響き、魔物……人間のような腕が2本、首に当たる部分から生えている馬……
人間がもろに受ければ全身を焼き焦がす稲妻だが、しかし致命傷には程遠い。
生半可な負傷は回復してしまうし、何より稲妻の魔術にも抵抗力を発揮し威力を随分と減算している。
が、雷撃を受けることで
「もらったァ!」
動きが鈍った隙を逃さず、鉈剣を手にしたグレゴワールが人手馬の懐に飛び込む。
人手馬が回復し反撃を仕掛ける前に、魔力を身体強化に回し剛力となったグレゴワールが剣を振り下ろすと、人手馬の首が袈裟懸けに切り落とされた。
だが、そのグレゴワールの背を目掛け空より飛来する影がある。
それは
しかし……その直前、その動きが唐突に鈍くなる。
麻痺したとて変わらないはずの落下速度が突如として緩慢になり、飛翔蛇が混乱のためか目を見開いた。
「しっ――――!」
神官たるエレーヌの起こした奇跡により、一時的に重力加速度を激減させられた飛翔蛇、そこへアレクサンドルは
騎士甲冑すら貫く
なおも暴れようとする飛翔蛇に素早く近づき、鉈剣でその首を跳ね飛ばすアレクサンドル。
ふう、と一息つくがしかし、その表情は暗く、青い。
「嘘だろ……なんでこんな、人里にコイツらが?」
人手馬や飛翔蛇は森林地帯の奥地に生息する魔物だ。
平野に近く森の浅い部分である開拓村に出てくることなど、まずあり得ない。
少なくとも冒険者の間ではそのように情報共有されているし、その認識はここにいる4人も共通だった。
「それだけじゃあないわ……見て、
マルグリットの言葉に、アレクサンドルは唸り弩弓に太矢を番える。
空を見れば巨大な鳥が喚きながら飛び交っており、森の奥を見れば、獰猛だがずる賢く群れで狩りを行う狼がこちらの様子を見ている。
先の魔物といい、どれもこれも人里離れた森の奥に生息する魔物であり、いずれも危険な相手……戦うとなれば冒険者である自分たちは勿論、専門家である
徒党を組めば討伐できる
「村人は、大丈夫か?」
アレクサンドルは日追狼に隙を見せないよう注意しながらも、小さく首を動かし村人たちへ目を向ける。
魔物が出たとなれば、開拓村の自警団が応戦するはずだが、しかしまともにやりあって勝てるとは思えない。なんとか持ち堪えて居て欲しいが――。
「は……?」
アレクサンドルは驚愕に目を見開く。
空を飛び回り全身を使って四肢を締め上げる飛翔蛇や、賢く群での狩りを得意とする日追狼は、危険な魔物の中でもトップクラスに厄介な相手だからだ。
それなりに場数を踏んでいると自負しているアレクサンドルたちでも、まともに相対するときは死を覚悟せねばならない相手である。
村人たちが敵うような相手では到底ない。
だが実際にアレクサンドルが見たのは。
そこに居るのは負傷してはいるが強大な魔物相手に一歩も退かず、それどころか善戦している自警団の男たちの姿だ。
何かの間違いかとアレクサンドルは目を瞬かせるが、うず高く積み上げられた飛翔蛇、火喰鳥と日追狼の死体が、その言葉は嘘ではないと証明する。
負傷の具合も深刻なもの……四肢の欠損だとか、内臓や骨が露出したりとか……は見当たらない。
治療のためにエレーヌが慌てて自警団たちに駆け寄るのを見送りながら、目を日追狼に戻し、アレクサンドルは再度唸った。
「……ドラゴンが、関わってるのか?」
「お、そう思うか?」
「まあ、そう思うわよねぇ」
アレクサンドルの呟きに、グレゴワールとマルグリットも同意する。
村の自警団程度では本来敵わない……それどころか、冒険者や狩人ですら逃げ出すような相手に、重傷者すら出さずに対応していると言うのはハッキリ言って異常だ。
大雑把に見積もっても傭兵団か騎士団に匹敵する戦力である。
開拓村の護衛としては過剰もいいところなのだ。
つまりは、やはり村人の説明のとおり……。
天よりやって来たドラゴンが、この村に祝福を与えたのだ。
その代償として、恐らくは何かの使命を帯びているドラゴンは、村人らに協力と貢献を要求している――
「それにしても」
思考を巡らせていたアレクサンドルは、マルグリットの言葉に意識を戻される。
「さっきの人手馬も、この日追狼も……様子が、おかしいわね」
「……確かに」
アレクサンドル達と相対する日追狼たちは、こちらを警戒しつつもしかし、すぐに襲い掛かってくる気配がない。
よくよく観察すれば、その身体を負傷している個体もいくつか確認でき、さらに身体強化を目に施し視力も強化すれば、少し離れた場所では小さな個体……子供を口に咥えている母親らしい日追狼の姿も確認できる。
アレクサンドルら冒険者たちが知る限り、群れの負傷した仲間や幼い子供を連れ歩いて狩りに行くような習性は、日追狼にはない。
生息域から外れた場所にやって来ていることといい、何もかもが異常すぎる。
「まるで、何かから逃げて来たみたいだ」
「……森の奥で、何かあったのか?」
アレクサンドルとグレゴワールが分析をして……そして、あまりに日追狼に意識のウェイトを割きすぎた。
『グゥぉぉぉぉ―――!』
「!しまった、火喰鳥!」
空を旋回していた巨大な鳥たち……火喰鳥が急降下し奇襲を仕掛けてきたのだ。
人間よりもはるかに大きく、時には巨人すら餌食にする獰猛な猛禽が音よりも速くアレクサンドルらの元に突っ込んでくる。
「ちいっ!」
「きゃぁっ!!」
「ぐっ……!」
アレクサンドルは咄嗟にマルグリットに体当りするようにして庇い、地面を転がって襲撃から逃れる。
グレゴワールは
「エレーヌ!!」
アレクサンドルが声を上げ、神官の名前を呼ぶ。
負傷者の治療にあたっていた彼女がはっと顔を見上げるときには、彼女や負傷した自警団たちを狙う火喰鳥が目前にまで迫ってきていた。
エレーヌは咄嗟に、月曜神の奇跡――空気抵抗力を数十倍化する奇跡を引き起こそうとし、自警団らも、冒険者や狩人が舌を巻くほど洗練された動きで武器を構えようとしたが、もはやライフル弾のように迫りくる鳥を止めるには至らず――
ごぐしゃっ
誰もが、そして本人でさえも。
自警団たちの、そしてエレーヌが火喰鳥の嘴に貫かれ、その肉体を爪で引き裂かれると覚悟をした。
しかし、その未来が訪れることはなく。
思わず目を閉じた、エレーヌが再び開いた双眸に写したのは。
全身の骨を、皮を、爪を、肉を。
踏み躙られ絶命した火喰鳥の姿と。
貫く牙。
巨大な顎。
偉大な翼。
赤銅色に煌めく鱗。
そして、黄金色に揺らぐ眼。
「ドラゴン」
その場にいる全てが、その存在の名を呟いた。
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