第21話 発見の冒険
リミュエール王国 フェーブル領 セーズ村道中――
「あと少しで目的地のセーズ村に着くはずだ」
「やれやれ、ようやく休めるな」
「
「だ、駄目ですよぉ!蒸風呂より先に、村長に挨拶にいかないと」
平坦だが、周囲を木々で覆われた森の中の道を4人の男女が歩いていた。
使い古しているが手入れのなされた
全員が
先頭の男は手に羊皮紙の地図を持ち、時折何かを確認しながら
一瞥すれば行商人、あるいは
しかし、前者にしては身軽すぎる……そもそも荷馬車はおろか、馬も手押し車もない行商人などいない……し、後者にしては装備が整い過ぎている。
地図などという高価なものを持つ上に、仲間に女性がいることからも窺える。
彼らは、『冒険者』である。
『冒険者』とは、名前の通り冒険をする者だ。
魔物という人類に敵対的な生き物の存在を抜きにしても、断崖絶壁の山脈や広く長い川や湖、森林樹海の奥深くなど、国家ですら未だに把握できていない前人未踏の場所というのはいくらでも存在する。
そういった場所の探検・調査を行い、新雪降り積もるような場所に足跡をつけ、未知を既知に変えていくのが彼らの仕事である。
それ故に製図技術や
また、彼らは魔物の生態にも詳しい……冒険をする上で、魔物と応対し、時には討滅する必要もあれば、その魔物の血肉を解体し食料にする場合もあるからだ……もっとも、魔物を狩猟することを専門としている
ただ、いつもそのような冒険があるかと言うと、勿論そうではない。
国家としてそれを成すには莫大な金がかかるために予算をつける必要があるし、冒険者に様々な特権を付与する手続きも必要で、それを関係する貴族や諸外国にも通達して……という、いわば国家プロジェクトであるためだ。
では空いた時間はどうするかというと……その知見を買われ、兵士や騎士の野外活動時の教官を任せられたり、あるいは様々な事件や事故の調査を依頼される。
例えば……今回のような、ドラゴンについての調査だ。
「実際どう思うよ?セーズ村に何かしら手がかりはあると思うか?」
4人の中で最も大柄な男……グレゴワールが、もう1人の男性に尋ねる。
尋ねられた男……今回の冒険者パーティでリーダーを任せられたアレクサンドルは、歩みを止めず顎に手を当て上を見上げる。
「それを今から調査するわけなんだが……そうだな、何かが起きたのは間違いないはずだ。光の柱が目撃された方向にはこの村しかないしな」
「セーズ村から誰も出てきてないっていう話もあるのよね……普通、近くでそんなこと起きれば、報告なり逃げるなりで人は動くでしょ」
アレクサンドルの言葉に続けたのは、少々退廃的な雰囲気を漂わせる長い赤毛の女性……マルグリットだ。
彼女は冒険者であるが、同時にリュミエール王国魔導学院の講習生でもある。
マルグリットはちらりと目を向け「そっちはどうなの」と銀色でくせ毛の女性……エレーヌへ声をかける。
「きょ、教会でも、月曜神教会でも、そういう話は聞いてませんよぉ」
そう答える彼女もまた、冒険者にして月曜神の助祭である。
魔術師と神官が一同に介するのも珍しい……犬猿の仲ではないが、互いに嫌味を言い合う関係ではある……が、様々な出来事に対応可能とするために、冒険者が徒党を組む際には顔を合わせることも少なくない。
むしろ冒険者として活動する彼女らは互いの立場に理解があり、ギクシャクした関係とは程遠い。
そしてエレーヌの言葉に、グレゴワールはうーんと唸る。
その様な情報は勿論、出立前に確認済みではあるが、しかし現場が近くなれば再確認もしたくなるのだ。
今回アレクサンドルたち冒険者チームは、少し前に確認された「光の柱」がドラゴンと関係があるかもしれないと判断し、リュミエール王国内において光の柱にもっとも近い場所にあると思われるセーズ村に向かっていたのだ。
当初はもう少し多めのチームで向かうはずだったのだが、最近は異変が頻発しており、冒険者たちはそちらの調査に向かっている。
「解るわよ、光の柱って言われても結構前の話だし……樹海の方こそ、何かあるかもしれないと思うのは」
マルグリットの言葉にグレゴワールは首肯する。
そう、ここ最近で界隈を騒がせる異変――それは王国のみならず、世界各地に現れた樹海である。
まるでかつてからそこにあったのだと言わんばかりに、見たこともない木々が鬱蒼と茂り、土地に繁茂しているのだ……確かに、冒険者に地図を作らせて随分と時間が経った場所などいくらでもあるが、しかしそれでも数十年の話。
まるで古より存在するかのような樹海を見落とすはずもない。
その樹海が、場合によっては行商人の交易ルート上にできていたり、また見たこともない魔物が棲息しているのも確認されたとなれば、冒険者がそちらに派遣されない道理はない。
一体何故なのか……その
そのためアレクサンドルのチームも4人という、冒険者パーティとしては最小人数で赴いたわけだ。
「あの樹海も、ドラゴンが関係しているのでしょうかぁ?」
「さあな、ま、俺達は俺達の仕事をするまでさ」
エレーヌの言葉に、アレクサンドルは首をすくめる。
何かしらセーズ村に手がかりがあることを祈って――
◇◇◇
「」
「あったわねぇ、手掛かり……」
ぽかんとした表情を浮かべたアレクサンドルを横目に見ながら、マルグリットは半ば呆れたように呟いた。
隣ではグレゴワールも「ええ……?」と困惑しており、エレーヌは目を見開いている。
彼らの目の前には、巨大な鱗が一枚鎮座してる。
村の中央の広間になっている場所に、まるで噴水とか銅像のようにそびえ立っているのだ。
魚のそれとも違う……目につくのは何よりも、その大きさだ。
巨漢のグレゴワールが両腕を広げても届かぬほどであり、鈍く赤銅色に輝きつつ、時折光を反射して虹色を見せる。
「……そして、ドラゴン様はミコを連れていき、代わりにこの鱗を置いていかれたのです。それ以来、魔物が襲ってくることがなくなりました」
そう説明するのはセーズ村の村長だ。
かなりの高齢であると聞いていたのだが、しかし杖もなく歩き、ハキハキと話をする様子は、大分若さを感じさせた。
「な、なるほど。ドラゴンとは交流をされているのですね……」
なんとか戻ってきたアレクサンドルは、目頭をもみながら事態を飲み込む。
大当たりも大当たりだ。
できる限り情報を収集して、冒険者ギルドに……そして、依頼主である王国に報告をしなければならない。
「失礼、拙僧は月曜神に仕えるセリーヌと申します。この鱗は確かに、ドラゴン様の御身より授かったのですか?」
そこにセリーヌが割って入る。
彼女は本来気弱な気質で、普段はオドオドとした様子を見せるが、こういった仕事についてはしっかりと行うタイプだ。
ちなみに神官という立場で行動する際は自身のことを拙僧と呼ぶ。
そして村長より「そうです」と回答を受けると、セリーヌは礼をし……手を口に当て下がる。
アレクサンドルは眉を上げ、村長の対応をグレゴワールとマルグリットに任せて自身も下がった。
これはアレクサンドルのパーティ内で決めたハンドサインだ……口に手を当てる意味は「相手のいない場所で話がある」。
「どうした?」
村長や他の村民から聞き耳を立てられない位置で、アレクサンドルは声を落とし……特殊な喋り方で、特定の方向・範囲でしか聞き取れない……セリーヌに話しかけた。
そのセリーヌはかすかに身体を震わせ……反比例するように目を見開いている。
何か重大なことに気がついたのだろう、アレクサンドルは警戒度をぐんと引き上げた。
そしてセリーヌが少しだけ落ち着き……アレクサンドルの方へ目を向ける。
その目が畏怖と、そして興奮をはらんでいる事にアレクサンドルは気がついた。
「あの鱗が、ド、ドラゴンのものだとしたらぁ……ドラゴンは……」
ごくり、とエレーヌが唾と、息と、恐怖と、言葉を飲み込み、再度口を開く。
「ドラゴンはぁ……神「魔物だ!!魔物の群れだぁ!!!」
その言葉は、突然村中に響き渡った怒号にかき消された。
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