第18話:浴衣姿っていいよね!
「兄様?」
声がかけられる。
聞き慣れているがその声からは少しの戸惑いを感じた。
こっちを見ろという事なのか、浴衣がちょいと引っ張られる。緊張するが、なんとか振り返れば、そこには――天使がいた。
「可愛いな」
「兄様……本当にそれ思ってます?」
あまりにもレスポンスが早すぎて、そう思われてしまったのだろう。
だけどこれは仕方ない。だって用意していた言葉が全部消し飛んだからだ。
やっぱり藍のセンスは高いな……と改めて思う。
俺の浴衣に合わせてなのか、文乃の着物も同じ黒である。
柄としては白い百合の花と紫の羽模様が綺麗な二匹の蝶、時期的にも合っているし、それが文乃の可愛さを引き立てている。
帯は淡い水色、無駄な柄などは施されておらずシンプルなデザインになっていた。
「ごめん文乃、可愛いと言うより凄い綺麗だぞ。髪型もよく似合ってるし」
普段はアレンジしないロングだが、今回は浴衣に合わせてかその長い髪をハーフアップにしている。それがさらにこっちの理性に攻撃してきており、上手い言葉をあげられない。
簪でもあればもっと映えそうだから、来年とか贈ってみようかなと考える。
「……兄様も、似合ってますよ」
「そうか? 不安だったけどお前に言われたのなら安心だ」
そうか俺の浴衣は似合ってるのか。
それなら安心して堂々と過ごせるだろう……というか、文乃に褒められた時点で他人の評価とか気にならないし。
「燐がいつも以上に燐してる」
「燐してるって何だよ」
「ほんと、馬鹿兄様」
「馬鹿ってなんだよ頭はいいぞ」
「やっぱ馬鹿じゃん」
藍にもそう言われたが、マジで解せない。
俺は外面は完璧で、勉強とかなんでも出来るのに……馬鹿はないだろう。ちょっと意味が分からなかったので、首を傾げながらも和也に質問する。
「なぁ和也、俺は頭はいいよな」
「あぁ頭はな」
「だよなぁ」
ほらやっぱり。親友の言葉を疑うなんて事は出来ないので、とりあえず馬鹿じゃないということで決着をしそのまま祭り会場に突撃した。
「これで全員浴衣だねー」
「そうだな、明らかに目を引くのが二人いるが……」
「どうした和也こっち見て」
「いや、燐だなぁって思って」
「なんだよそれ?」
その言い方だと俺の容姿がいいように聞こえるが、俺は今世で告白されたことがないのだ。学校でもモテた様子がないし、多分人並みにはいいぐらいのはず。
「というか、あんまり浴衣の奴いないな」
「そりゃそうだろ花火大会とはいえ、今時着る奴の方が少ないって。まあチャイナ服着る奴の方がもっと少ないと思うが」
「……それはそうだな」
「自覚あったのか」
そりゃああるに決まっている。
昨日とか周りの屋台の人達は当然ながらコスプレなんかしてなかったし、明らかに俺等の屋台は浮いていた。
客寄せに使えたのはいいが、今思えばかなり恥ずかしい。
「でも、似合ってましたよ兄様のチャイナ服」
「結構話題になってたよ、本番台湾スイーツの屋台って写真付きで」
「まじか?」
「……ほら」
そう言って見せて貰った画面には、俺等がやっていた屋台の写真が写っており、チャイナドレスの美少女がやってる店という風に紹介されていた。
流石綾花の顔面力と思いながらもスクロールして貰えば、そこには俺の写真もあった。
「うわぁ、俺の笑顔ってこんなんなのか……」
「あたし達からすると違和感凄いね」
「だな」
よそ行きの笑顔の写真、それを見て我ながらうわぁとなってしまった。
鳥肌立ったし、何より違和感が凄い。普段の俺が無愛想って自覚している故に、俺の笑顔はなんか苦手だ。
「私はいいと思いますよ?」
「そうか? そう思えないんだが?」
「どんな兄様でも兄様ですので」
「……その言い方はずるいだろ」
何がですか? と首を傾げる文乃。
その仕草も可愛くてドキッとしてしまうが、妹にこれ以上邪な感情を向けるわけにも行かないので俺は頭を振って考えをリセットする。
「まあ立ち止まるのもなんだし、はやく進もうぜ皆」
「そうだな、綾花にちょっかいかけにいこう」
「いいですね、行きましょうか」
俺が先頭に、そして文乃がぴったりと後ろに張り付き進んで行く。
四人で本格的に屋台が並んだ会場に向かえば、そこには人が溢れていた。普段この区画は人の通りが少なく、賑わいを見せるような場所ではないのだが、いつもの静かさが嘘のように人が溢れている。
「うわぁ、人がいっぱいだー」
「今日が花火の本番だからな、より豪華になってるって聞くし」
「内容違うって聞いてたが、そうなのか?」
「あぁ、二日目はもっと大きいのを打ち上げるって話だ。だから人も昨日より多いぞ」
そんな忙しくなりそうな時に月影家は働くのか、遊んできていいって言われたが、少し心配だな。
「これ迷いそうだな」
「はぐれないようにしっかりしないとな。特に文乃」
「……なんで名指しなんですか。まあ、兄様から離れるつもりはありせんが」
「どうだか? 小六の時とか迷子なっただろお前」
「っあれは忘れてください」
「兄様兄様って泣いてたの覚えてるからな」
――と言っても、俺も文乃を見失って死ぬほど焦ったが。
というか焦りすぎて祭り会場を走り回り、先日のあの穴場に辿り着いた感じだ。
皆で手分けして探したせいで、元々花火を見る場所から離れてしまい、どうしようって所であの場所から花火を見た思い出は忘れない。
「そんな事あったんだ」
「あぁ、携帯も持ってなかったし本当に大変だったぞ」
「だから忘れてください」
「悪い悪い」
そんな会話をしながらも祭り会場を進んで行く。
最初の方にはビールなどの大人向けの物が多かったが、徐々に誰でも食べられるエリアにやってきた所で、
「じゃあ皆、早速食べよーよ!」
藍が目を輝かせて、狙いを定めた。
「ルートは決めたからな、いっぱい食べるために最初はあっさり系から行くぞ」
「えー林檎飴食べたい」
「……それは食うの時間かかるだろ」
「いいじゃん和也、お祭りにルートは野暮だよ」
「……俺の頑張りが、まあいいけどさ」
昨日頑張って上手い店をリサーチした和也には悪いが、俺としては藍の意見には賛成だ。祭りで難しい事を考えたくないし、目に付いた物から食べるのがいいだろう。
「文乃は久しぶりの祭りだろうが、何か食べたい物あるか?」
「久しぶりと言っても、昨日も来ましたけどね」
「それもそうか」
「だから昨日食べなかった物を食べたいです」
何を食べたのかは知らないが、無難な物は和也達と食べただろうから珍しい物を探そう。
和也達に提案すれば、そう決まったので、ぶらぶらと屋台を巡りながらも荷物を増やしていく。やっぱり食べ歩きというのは祭りの醍醐味であり、こうやって友達と過ごすのは楽しい。 会場を進んでいると中腹当たりに辿り着いた。
そこにはアッシュクロウの屋台があるので、どうなっているか見てみたのだが、かなり混んでいてこれを買うには時間がかかりそうだ。
「うわぁ、朝陽さん達大丈夫か?」
「大変そうだね」
見える範囲で分かるのは、綾花と雅が客を回しせっせと周り朝陽さんが練ったサツマイモを揚げ続けているということ。
作り置きを最初にしたのか保存機には結構な数の地瓜球が見える。
「手伝いに……どうした文乃?」
「今は私達といてください」
「でも、流石に」
「綾花さん達も兄様には今日遊んで欲しいはずです」
確かに、朝陽さんには昨日終わるときに明日は遊んでこいと言われたし……何より、文乃達とは一緒に祭りを楽しむという約束したよな。
「言いそうだな――分かった。でも、挨拶ぐらいはさせろ」
「……そのぐらいなら」
だけど労いの言葉ぐらいはかけたいので、俺は自販機で飲み物を買って裏手から月影家の人達に会いに行った。
「ほい綾花、珈琲だ」
「……急に何?」
驚かせるように後ろから話しかけてみれば、とても冷たい目線を貰った。
「いや、労いを込めて。あ、あと苺オレ、雅ちゃんに渡しといてくれ」
「分かった……けど、なんで浴衣?」
まさか似合ってない?
だけど、文乃には似合ってるって言われたし……心配はしなくていいはずだ。
「家に浴衣があったから?」
「中学で着てなかったじゃない」
「入らなかったしな」
中学校でこの浴衣を着た場合とか想像したくないし、こいつとあいつに揶揄われるのは目に見えている。それに、恥ずかしかったし仕方ない。
「……ずるい」
「何がだよ」
「なんでもない。あと手伝おうって考えてるならいらないから。如月さん達といるんでしょ、そっちに集中して」
「ん、了解」
そうなったので、俺はスポドリも置いておき文乃達が待っている場所に戻ることにした……そういえば、なんで綾花は文乃の事を名字で呼ぶのだろうか? 俺に関しては名前だし、原作でも文乃さん呼びだったはずだ。
その差異に少しの疑問が浮かんでくるが、そこまで気にすることではないだろうから、考えないことにした。
「……何を話してたんですか」
「別に? ただ手伝いはいらないって言われたぐらいだ」
「そうですか……でも本当にずるいです」
「綾花にも言われたけどずるいって何だよ」
「何でもないです。それでは行きますよ兄様」
「おう……というか、藍と和也は?」
「藍さんは一人でどこかに、和也さんははぐれると困ると探しに行きました」
……二人らしいな。相変わらずの藍の行動と、優しい和也の行動に俺は少し微笑んだ。ああいう奴らだからこそ、俺は気を許しているからだ。
損得なしに、俺に近付いてきていつの間にか懐に入ってきた親友二人……中学からの付き合いだが、本当に仲良くしてくれている。
……いや、待てよ? 二人がいなくて……今は二人。
即ち二人っきりって訳で……二人で祭りを回るわけだ。
「………………え?」
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