第16話:花火大会一日目

「いらっしゃいませー地瓜球ディーグゥアーチョウはいかがですか? 全部出来たてでとっても美味しいですよー」


 八月十七日夜、花火大会一日目のこと。白いチャイナドレスを着た綾花が祭りの客を大きな声で呼びかける。祭りが始まるまでは恥ずかしいと連呼していたが、始まる頃には吹っ切れたのか今はノリノリで接客していた。


「五個入りで三百円。台湾スイーツどうぞお食べください!」


 最初は照れていたようだが、祭り事の好きな朝陽さんの血故かどんどん声を張り上げ、呼び込みをしていた。

 可愛い声にずば抜けた容姿――そして花火大会にチャイナドレスという目を引く要素。それら全てが客を呼び、どんどん人が集まってくる。


「ねえ、バイト終わったら連絡くれない? ちょっと遊ぼうよ」


 だけど予想通りだが、その容姿に惹かれてこういう輩もやってくる。 

 彼女が可愛いことの照明なのだが、ムッとした俺は一度手を止めて、


「すみませんお客様、うちのメニューは地瓜球だけなので。そういうのは困ります」

「次のお客様どうぞー」


 俺が断り、さっさと客を回転させる綾花のコンビプレーで場を流した。

 やはり目を引くというのは強いのかそれとも台湾のスイーツが珍しいのか、どんどん客が集まってくる。味は美味いしサイズ的にも気軽に買って貰えて、大成功とも言えるだろう。それに――。


「燐も堂々としてよ、私だけだと恥ずかしいでしょ」

「いや……うん、前撮って悪かったな」


 いつの間にか俺の分の服も用意されていたのか、俺の服装も男用のチャイナ服なのだ。男女一組のチャイナ服がやっている店という事もあり、予想していなかった効果が現れた。


 それが本場の料理感。

 結構人間って視覚で判断するもので、チャイナ服の二人組が作ってるのなら、その台湾スイーツも本場の味で美味しいのではないか? という期待があるのかめっちゃ買ってくれる客が多い。


「あ、あの……二人分下さい」 


 次に来てくれたのは中学生ぐらいだろう女の子達、二人分というので揚げた十個を袋に入れて俺は笑顔で感謝を伝える。


多謝ありがと……買ってくれてありがとねお客様」

「ご馳走様です。写真いいですか?」


 ……いいけど? あと何気に俺が外国語で対応するせいか、より効果が出ている感じもある。

 接客の基本は笑顔とサービス。期待されるのなら全力でやっちゃおうの精神だ。


「客層としては、やっぱり女性の方が多いな」


 綾花がいるし、男性客も呼び込めてはいるが、それでもやっぱり女性の方が多い。やはり夏の屋台で男性はがっつり食べたいのか?


「ま、スイーツだしね。それと……ううん、なんでもない」


 少し休憩がてらに接客しながら話していると、綾花の奴がなんか言葉を濁してきた。


「というか、髪型までセットしてるのに燐はなんで恥ずかしがってたの?」

「なんかハイとローが混ざった感じだ。着るなら髪型もって思ったが、よく考えれば恥ずかしいなってなった」

「似合ってるから気にしなくていいのに」

「それでもだ」


 少し顔を逸らしながら言う綾花にそう伝え、俺は揚げる作業に戻る。

 今回の花火大会にあたって事前にかなりの量を用意していたが、このペースだと終わる頃にはなくなりそうだ。


 ここまで売れると思ってなかったから、明日の分を考えると早めに切り上げた方がいいかもしれない。

 揚げながら改めて隣、綾花の方を見る。


 ……うん、可愛い。

 原作にない衣装だが、かなり似合ってる上に妙な魅力を感じてしまう。なんというか、むず痒いというか……そんな感じ。


「なに、こっち見ないで」

「悪いって……」


 もう吹っ切れたなら別にいいだろうと思ったが、本人的には俺に見られるのは駄目らしい。それに長く見てると、普通にこっちも恥ずかしい。

 少し体温が上がるのを感じながらも、俺は彼女から顔を逸らした。


「あ、そろそろ花火上がるよな」


 時間的にももうすぐで、丁度目の前には人集りが出来ている。

 今回はかなり気合いが入った花火大会で、一日と二日目分けて打ち上がるらしい。しかも内容が違うようで、完全に人を呼び込む気しか感じない。


「一緒に見る?」

「そうする」


 少し顔を出して待ってみれば、一発目の大きな花火が打ち上がった。

 綺麗な炎の花、夏の風物詩の一つ。

 去年は一人家で見てたからこうやって誰かと一緒に見るのは久々だ。


「今は花火に人が集中するだろうし、今のうちに作り置きしとくか」

「それもそうね、私は呼び込み続けるわ」


 一日目の花火も終盤、客足はまばらだが買ってくれる人が多く結構余裕を持てている。その合間に綾花と花火を見て過ごしていると、三人組が近付いてきた。

 見覚えのある三人組、迷いなくこっちに歩いてくる彼等は声をかけている。


「やってるか燐?」 

「燐、なにそのチャイナ服」

「気にすんな二人とも、まぁよければ買っていってくれ」


 浴衣姿の和也と藍、文乃は私服で少し残念だったがそれでも可愛いのでよし。メインヒロイン二人の邂逅だが、小学校からの面識がある二人の仲は険悪ではないだろう。

 原作でも結構仲良しだったし、何よりまだ原作主人公来ていないから勝負などは始まらない……はず。


「なあ燐は祭りまわろうぜ? 流石に休憩とかあるだろ?」

「悪いな、今日一日はここにつきっきりだ。明日は朝陽さんに任せられるから明日にしよう」

「ん、了解。それなら明日もみんなで集まるか」


 和也と明日の予定を決めながらも、少し心配で文乃と綾花の方を見る。

 黒と白の反対と呼べるメインヒロインが揃うというかなり感動的な場面だし、ちょっと何を話すか気になるからだ。


「……久しぶりね如月さん」

「ですね、綾花さん……元気そうで何よりです。兄が世話になってます」

「そうね、良くさせて貰ってるわ」


 うん、自然な会話? だな。なんか棘みたいのが感じられるが、昔からこんなんだったし、気にする事でもないだろう。


「……そういえば、こないだ兄様と何してのですか?」

「こないだって、ただ食事してただけよ。屋台のために料理研究」

「ほんとですか?」

「えぇ、燐の料理はよく味見してるしその延長ね、部屋に呼んで一緒に食べたの」


 それは文乃には電話で伝えた内容。なんで態々確認するんだと思いながらもやってきた客に対応する。


「そうですか、何もなかったなら良かったです」

「えぇ、それより後がつっかえるから皆少し移動して貰える?」

「そうですね、すいません」


 多少の棘と違和感を抱きながらも、離れていく三人を見送って暫くすると屋台の裏手から朝陽さんがやってきた。


「あ、マスター」

「今は朝陽さんと呼べ、とにかくやってるか二人とも?」

「……了解です朝陽さん。あと売れすぎて足りなくなりそうなレベルです」

「そうか、追加発注しておいたから明日は心配するなよ」

「まじか、助かります」


 これなら明日も屋台を続けられるだろう。少し心配していたが、これで解消されたのでもう気にする必要はなさそう。


「そうそう、一回変わるからお前等は休んでいいぞ。雅も連れてきたし接客は任せろ」

「任せて欲しいのです!」


 朝陽さんの後ろに隠れていたのか、急に現れた雅ちゃんがそう言った。

 頼もしい二人の助っ人に感謝を込めながら一回離れた俺達は、どうするかを話し合う。


「さっき断ったから和也達と一緒に回るのは気が引けるよな」

「そういうの気にする質だっけ? でもそうね、明日一緒に祭りを楽しむって言ったのにやっぱりってのは……あ、じゃあ二人で回る?」

「……チャイナ服目立つだろ」

「今更でしょ? でも恥ずかしいなら離れた所で花火見ない?」

「……頼む」


 今更だが、この姿を学校の奴らに見られると不味い。 

 屋台をやっている間だったらバイト先を知っている奴らは多いので、あぁなんかやっているなぐらいになると思うが、流石に二人で屋台を回るとなると見る目が変わってくる。

 それで変な噂とか流れたら綾花に悪いし、俺は屋台で少しの食べ物を買った後子供の頃に見つけた穴場スポットにやってきた。 


「懐かしいわねここでこうやって花火見るの」

「そうか? ……あー小学校ぶりだな」

「今はあの子は仕事でいないけど、如月さんも入れて四人で」

「そうだな、祭りで色々買って皆で見たな」


 子供の少ない小遣いを出し合って、かなりの量を買ったのを覚えている。


「中学生は集まれなかったわね、海外だったし」

「残念だよな、まあしょうがないと思うが」

「これからは暫く一緒なの?」

「少なくとも三年は一緒だな」


 そんな事を喋りながらも俺は少し思い出を振り返り俺達は花火を見続けた。俺なんかと一緒にいて楽しいのかとも思ったが、嫌なら嫌って言う性格だし、少なくとも一緒にいれるぐらいには 認められているのだろう。

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