第14話:バイト先の天使様

「お客様、いらっしゃいましたー!」

「了解――喫茶アッシュクロウへようこそお客様」


 バイト仲間がそう言ったのに合わせて、俺は入り口へとすぐに向かい挨拶をする。


「何名様ですか? ……三名様ですね、こちらの席にどうぞ、こちらメニュー表になります」


 バイトがある日のお昼時、一番の稼ぎ時であるこの時間。それも土曜日ということもあってか、いつもより忙しかった。料理を運び、ケーキを取り出し珈琲を淹れ、絶え間なく接客。バイト仲間も頑張っているから、少しも気を抜くことが出来ないのだ。


「すいません。私、卵アレルギーがあるんですが、それでも食べれるケーキってありますか?」

「ありますよ。メニューの四ページ目に書いてあるのでお好きなものを選んでください」

「何かオススメとかは……」

「オススメならチーズケーキとガトーショコラですかね、どちらも手頃な値段なので宜しければご注文下さい。他にアレルギーはございませんか?」

「他は大丈夫です。丁寧にありがとうございました」

「どういたしましてお客様」


 忙しいが、こういう対応は大事なので疎かにしてはいけない。せっかく来てくれたお客様には食事や珈琲を楽しんで欲しいし、満足そうにして店を出ていく姿を見ると、こっちも気分がいいからだ。


「燐、客が増えてきたし厨房に入ってくれ。接客は綾花と雅に任せろ」

「はいよマスター」


 客足が増えてきたことによる場所の交代、普通なら高校生である俺に厨房は任せないと思うが、俺の場合は別だ。洋食、中華、和食、アジア・エスニック……その他スイーツに至るまでレシピを記憶しほぼ完璧に作る事が出来る。


 だからこそなのだが料理の師匠でもある店長には信頼されており、こうやって忙しいときは厨房までも任される。


「燐、林檎タルトまだある? それとショートケーキ」

「ショートケーキはもう出来てるから持っててくれ、タルトは冷やし終わるまであと数分、少し待って貰うように頼む!」


 時間が完全にデザートタイムにさしかかったとき、忙しさがピークを迎えた。

 もう大変すぎて、料理を三つ同時進行で作らなくては間に合わないレベル。

 理由としては、最近この店の料理がバズったからなんだが、それにしてもあまりにも多い。


「綾花、三番テーブルにナポリタンとサンドイッチだ間違えんなよ」

「……そういうのはいいから、というか燐は手を動かして」

「はいよ、ある程度作り終わったらフロアに戻るからそれまで耐えてくれ」


 ケーキのストックは問題なし、だから問題は料理なのだが……それは俺のスペックがあれば間違いなく捌ききれる。

 このお昼時を乗り越えさえすれば客足も減るだろうし、そうすればまた俺は接客に入れるだろう。料理を作るのは好きだが、流石にこれから二時間作り続けると考えると気が滅入る。


「燐さん燐さん、パンケーキ二皿お願いしますです!」

「分かったよ雅ちゃん、すぐ作るから待っててね」


 そうしてまた入ってくる注文、それに即座に対応しつつ、店長に少し話題を振る。


「マジで客多いですね店長」

「……誰かさんの料理が美味いからな。というかマスターと呼べ」

「――いや、だってここまでバズるとは思わないじゃないですか」

「俺としては予想通りだ……これ、本当に定休日増やした方がいいかもな」

「それは悪手では?」

「まあそうだな、というかぐちぐち言ってないで手を動かしてくれ」

「あいあいマスター」


 ここの店長である月(つき)影(かげ)朝陽さんは、店長ではなくてマスターと呼べと言ってくる。なんか昔にそういうのに憧れたみたいらしい。

 たまに店長と呼び間違えてしまうことはあるが、そう言うとちょっと拗ねるので基本はマスター呼びだ。 


 そして、今回こんなに忙しい理由、それはSNSで料理がバズったから。

 元々この店の料理は美味しかったが、数日前にかなりバズってしまい今は客が無限に来る地獄なのか天国なのかの状況が続いていた。


 初日はまだなんとかなっていたらしいが、本格的に夏休みが始まったせいか学生がかなり多くまじで休む暇がない。


 珈琲を淹れる時間もあまりないから、普段趣味でやっているラテアートは完全にバイト仲間に任せている。まぁ、一人に関しては俺のラテアートの師匠でもあるからそこは問題ない気がするが。 


「綾花、パンケーキ出来たすぐに持っててくれ!」

「はいはい、倒れないでよね?」

「まさか、誰がこの程度で倒れるか」

「……ちなみにまだ宣伝は伸びてるから」

「……撤回していいか?」


 そう言った途端に彼女に言葉を返されて俺はすぐに掌を返したのであった。


「はぁー疲れた」

「お疲れさま燐、今日も助かったわ」


 バイト終わりのスタッフルーム、そこでゆっくりと息を吐けば、バイトの仲間が労いの言葉をくれた。

 月影綾花、それが彼女の名前だ。

 その正体は原作のメインヒロインの一人であり呼び名は【毒舌天使】。

 ようはドSキャラであり、かなりの人気があったキャラである。

 プロフィールとしては、水無月学園一年生。好きな物は犬とそのぬいぐるみでホラーが大の苦手。同じクラスではないものの交流としては小学生からある二番目に付き合いが長い友人だ。

 彼女の結末を俺は知らないが、立ち位置的に彼女も文乃と同じ立場だったはず。


「どうしたの燐、急にじろじろ見て」

「いや、何でもない」

「ほんと? その割には顔を逸らしてるけど」


 ――この癖絶対に直そう。

 このままでは俺は隠し事が出来なくなる。文乃にも言われたが、俺は何かを誤魔化すとき顔を逸らすそうで、それは目の前の綾花にすらバレているらしい。 


「……相変わらず似合ってる思ってな」

「あ、この服ね。お父さんのデザインだけどセンスいいわよね」

「そうだな、遊び癖があるが朝陽さんのセンスはいい」


 このカフェで出しているケーキは殆どあの人が提案した物だし、実際に自分で作れる技量もある。元々可愛いケーキが食べられるカフェってので人気だったしなここ。


「そういえば燐、最近どう? 夏休み始まってから会ってなかったけど」

「特に変わりは……あったな、文乃が帰ってきた」

「うわ、ご愁傷様。これで燐も真人間ね」

「喧嘩なら買うが?」


 元から俺は真人間……ではないが、少なくともめっちゃ強いのは知ってるだろう。

 学校でも同じ生徒会に所属しているし、特にお前なら俺の努力も見てる。


「貴女が私に口で勝てるとでも?」

「……それもそうだな」


 まあ、それを置いておくとしても彼女には口で勝てる気がしないのですぐに引く。


「相変わらず雑魚ね」

「そういうお前こそ、ホラーは克服したのか? 今度映画行く約束だっただろ」

「今からでも映画変えない? 私、恋愛映画見たいんだけど」

「それこそ無理だ。お前と恋愛映画なんて何の罰ゲームだよ」


 想像してみても絶対地獄。

 別に一緒にいるのが嫌って訳ではないが、恋愛映画って長いの多いし何より女子とみるのは気まずい。そういうシーンがあった後とかこいつの顔を見られる気がしない。


 映画を見るという約束はしてしまったし、だから無難にホラーになったが……それには意趣返しの意味もこもっている。

 だってこいつ学校でも俺に対してSを発動してくるから。

 そういうのは主人公に取っておいて欲しいのに、長い付き合いのせいか友人に対してドSなこいつは俺で遊んでくるのだ。

 学校の俺がそれに反応できる訳ないので、いつもやられっぱなし。

 それも癪なので今回は映画を一緒に見るという約束を利用して怖がらせてやる。まあ、流石にこいつが見れるレベルの奴にはしたけれどさ……。


「そうだ今日、暇? 屋台の最終調整するわよ」

「あー了解、もうすぐ花火大会だしな」


 屋台を出すときは俺はこいつと殆ど一緒。というかこいつが接客をして俺が作るという流れなのだ。

 それにこいつはずっと朝陽さんの料理で育った人間で、かなり舌が肥えている。だから味見係には持ってこいなのだ。

 俺の料理の練習役として数年付き合ってくれたという実績もあり、彼女の事を俺は信頼している。


「前回食べ歩きできるスイーツって事にしたが、まだ何作るか決めてないし今日やっちゃうか」

「材料は揃えといたから、そこは安心してね」

「助かる――じゃあ、お邪魔する感じでいいよな」

「そうね、ならこのまま一緒に帰る?」


 今日は用事もないし、それでいいだろう。

 そうと決まったので、俺は文乃に連絡を入れて彼女の家にお邪魔することになった。


「あ、でも味とか知りたいしこのままデートするわよ」

「は?」

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