第10話:晴れ間が覗いたその夜に
如月文乃の原作での呼び名は【冷徹天使】である。それは誰にでも冷たく接する上そのあまりにも整った容姿から付けられたものであり、原作主人公が関わらない限り溶けないほどに彼女は冷たかった。
原作開始前時点で告白を断った数は三桁を超えており、誰にも靡かない高嶺の花。
主人公が来てからその氷は溶け出し、より学校で人気になった超絶美少女。主人公だけに見せる笑顔は可愛く、原作での一シーンの顔とかで見惚れたのはいい思い出だ。え、何故こんなことを語るかって? そんなのは簡単。
「兄妹とはいえ無防備すぎるだろ」
彼女がとても穏やかな様子で俺のベッドに寝ていて、色々な意味でつらい。推しがベッドに寝ているという現実と、艶めかしい寝息が俺の理性に攻撃してくる。
義理とはいえ、俺達は兄妹だ。
だから手を出さないと思ってるだろうが、いくらなんでも文乃は自分に無頓着すぎる。
こいつ自分が美人で何より可愛いことを自覚していないのか? と問いたくなるような仕打ちに、俺は心から文句を言いたかった。
そもそも、前世含めて女子を自分のベッドに寝せるなんて経験はないので動揺するなという方が無理な話。
寝ている彼女を無理矢理は起こせないので、音とかは立てられない。
布団を抱いて寝ている文乃は、本当に寝ていたのだと分かるように髪が広がっていて、それが余計に理性に訴えかけてくる。
あまりにもあどけないその寝顔を見てたくなった俺は、彼女の顔を観察し始めていた。こんな無防備な姿は原作でも見ることが出来なかったもので、主人公にすら見せていないと考えると、少しの優越感のようなものを覚えてしまう。
家だからこその彼女の姿を見れるのは俺だけなのだろうって思ったから。
すこし触ってもバレないよな? そんな邪な思考が出てきて、俺の手は彼女に伸びた。
「ん、兄様ぁ?」
ドキリとする。
細く漏れた甘い声に、どうしようもなく脈が速くなる。
起きたのかと思って、何よりこんな場面を見られたら不味いと思って。
「ほんと、なんだよこの状況」
俺は何を試されているのだろうか? 据え膳食わぬは……見たいな言葉もあるが、そんなの文乃に出来るわけがないし。でも、彼女に触れてみたいと思ってしまう。
俺が知ってる文野の姿はどれもきっちりしたもので、こんな緩いのは知らない。
猫のように俺の布団に抱きつき丸まる彼女が本当に可愛くて、このまま何もしないのすら悪く感じる。でも、それは駄目だと理性が止めてきて――そして、そんな事を悶々と考えていると、文乃がゆっくり目を開けた。
宝玉のような紅い瞳、全てを見透かすようなそれと目が合った時、俺の体は強張った。
「あれ、兄様? ……なんで、私の部屋に?」
寝ぼけているのか、状況を理解していないのか部屋を見渡す彼女はそう言った。
「おはよう……って言っても夜だが」
「そう……ですか? こんばんは、ですねー」
微睡んでいるのか言葉が伸びている。
「文乃、言っておくが俺は何もしてないからな。お前が勝手にここで寝ただけだ」
正確に言うと、触る前に起きてきたから何も出来てないの間違いだが、俺の理性は保たれたことは確かだ。俺も寝てしまったのは確かなのだが、結局はこの部屋で寝た文乃にも非はあるだろう。
というか、あんなに可愛いとは思わない。もう少し警戒して欲しい。
「そうなんですか? ……あれ、待ってください。ここ、兄様の部屋?」
徐々に意識が戻ってきたのか、少しずつ顔が赤くなっていく文乃。
男の部屋で寝ていた。それも嫌いな兄の部屋で……大方そんな事を考えているはずで、彼女は俺の布団に逃げるように包まろうとした。
だけど、それすら恥ずかしかったのかすぐにベッドから出てくる。
その一連の仕草に、寝てしまい彼女をすぐに部屋に戻さなかった俺が悪いのかと思えてくるが、元はと言えば雷が悪いので自然現象に責任転換する。
とばっちりかもしれないが、落ちなければこんな事にはならなかっただろうし、雷が全部悪い。お前がこなければ俺の理性はそもそも攻撃されなかった。
「……それより、今から飯作ってくるから下行くぞ」
「あ、あの……寝顔とか見てませんよね?」
「見て、ない」
それを言われてさっきの寝顔を思い出してしまい、顔に熱が灯るのを感じたが……それでも否定する。だって、寝顔を見ていたなんて言うのは恥ずかしいし。
「嘘ですよね、今少し顔を逸らしました」
「嘘じゃない、見てないから」
「知ってますか? 兄様って嘘をつくと顔を逸らすんですよ?」
「……まじか?」
「それは肯定と変わりません」
向かい合い、そう言われ……なんかもう俺って雑魚ではないかという気付いてはいけない部分に触れかけたが、そんな事はないはずなのですぐにその考えを消し去った。
心なしかほんのりと顔の赤い文乃、やっぱり男のベッドに入って寝たのが余程効いているのかいつものような余裕そうな態度を感じない。
それでも少しして羞恥心から解放されたのか一度俺の部屋を出て行った。
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