第9話:成長記録DVDは見たくない
「そういえば兄様、アニメ見終わりましたよね?」
「あ、そうだが?」
「ならこれを再生しましょう」
そう言って立ち上がった文乃は、テレビの横にあるカゴを漁り初めて、何枚かのディスクを取り出した。
「待て文乃、それはなんだ?」
「母様の部屋を片付けていたら見つけた秘蔵コレクションです」
デデーン! と出されたそれには、成長記録(燐)と書かれたDVDが握られている。なんでそれをここに持ってきたんだという言葉と、母さんそんなの撮っていたのかという複雑な感情に俺は頭を抱えた。
「一人で見ろ、俺は部屋に戻る」
「見ていいんですか? 兄様子供時代を見られるの嫌がってましたが」
「そうだわ、見せられるのは小五からだ」
「はい。ですが、私が見つけたのは小四までのです」
「なんでピンポイントに?」
「知りません。だから見られたくないシーン以外は飛ばす方向で見ましょう。そこの判断は兄様に任せますので」
何の地獄だよ、というか見る事が確定しているような言い方だが、俺としては見せるつもりないが? 絶対に阻止するが?
俺の子供時代は黒歴史である。
それは未来永劫変わらない事実だろうし、俺としては思い出したくもない。
記憶が戻るまでの俺は、それはもう人形の様な子供だった。
誰かに合わせて愛想笑いばかりの嫌な子供。やってしまえば何でも出来るし、前世の影響か最初から頭が良かった俺は同世代に馴染めなかった。それなのに、厄介ごとに顔を突っ込んで喧嘩ばかりで迷惑をかけまくったのを覚えている。
単純に誰かが傷付くのが嫌だったから、傷付けるのも傷付くのも嫌だ。だから俺が我慢して、嫌な奴になればいい……とそんな事を考えていたのを今も覚えている。
美徳ではあると思うが、賢い馬鹿だった俺はそれで傷付いて……どんどん愛想笑いが得意になって――まぁそれも文乃に出会って変わったんだけどさ。
自分と同じような子供を見て、この子を助けなくてはって思ったら記憶が戻った感じ。
それで、名前を聞いてピンときて……彼女の幸せのために頑張ることにしたのだ。
前世で俺が好きになったキャラだから、どうしても幸せになって欲しいとそう願ったから。
「とにかく、絶対に見せないぞ文乃」
「小さい兄様見たいです」
「駄目だ」
「見たいです」
こいつ、めっちゃ頑固。
ここまで言ったんだから引いてくれよ。
「思えば私は兄様の小さい頃をあまり知りません」
「それで?」
「だから見たいです」
「理由になってない」
感情的になっているのか、いつものように言いくるめようとしてこない。
それほどまでに見たいって事なら、見せてもいいが……ここで許してしまうのは駄目な気がする。というか、勝手に再生すればいいのに律儀に許可を取ろうとしてくるのは文乃らしい。
その姿に、似ていた子供の成長を感じた俺は、今回ぐらいならと思って、
「じゃあ少しならいいぞ。だけど少しだ幼稚園ならまだまともだし」
そう言ってしまった。
「ありがとうございます。では再生しますね」
花が咲いたような明るい笑顔、それを見ながらも一番酷い時期が小学校なので、それ以外は大丈夫だろうと思っていたのだが、再生されて数分で俺は後悔し始めていた。
「わぁ、兄様の目が生きています」
「おいこら、どういう意味だよ」
「だって……」
まあ、自分でも分かる。
この頃の俺の目はまだ辛うじて生きている目だった。
何でも出来るんだーって感じで、幼馴染みを連れてのヒーローごっこ。
親同伴の町の探検や、回す系の遊具で遠心力の限界にチャレンジする馬鹿の姿……その他にも川に飛び込んだり……泥ダンゴ投げ合っていたり、砂で宮殿作ったりする幼き頃の俺がビデオには記録されていた。
「やんちゃだったんですね兄様」
「……記憶にない」
「でも映ってますよ?」
「俺も驚いてる……でも見る限りずっとあいつと一緒だな」
何をするにも一緒に行動する幼馴染み、思えば本当にこいつがいるときだけは気楽だった。歳相応に遊んでいたし、一緒に過ごすときは俺は俺でいれた気がする。
気負う必要がなかったし、愛想笑いしても嫌わないと分かっていたから。
……そう思うと、あいつの存在は本当にありがたいな――生涯の敵だけれど。
「少し、羨ましいですね」
「なんでだ?」
「いいえ、やっぱりなんでもありません」
「そうか? ならいいが」
今頃何してるんだろうな? 全国ツアーで夏会えないとか言っていたが、テレビでも後で見るか、それとも久しぶりに電話するのもありかもしれない。
「あの方、会ってませんが元気なんですか?」
「元気だと思うぞ?」
一週間前ぐらいにテレビに映っていたし、何より元気に歌って踊っていたし……。
「そういえば、チケット貰ってたな」
「そうなんですか?」
「あぁライブ三つ分」
「行くんですか?」
「そりゃあもう、行かなきゃ怖いし」
かなりレアなチケットだし行かなきゃ勿体ないというのもあるが、行っていないとバレたときのあいつの反応が怖すぎる。
前に用事が重なり行けなかったときなんか、二時間電話で色々言われた。
あいつのライブ自体は基本的に日曜日に開かれるか三連休に重なる事が多いので、行けなくはないし、今回は予定を合わせているので多分確実に行ける。
「私も行けますかね?」
「どうだろうな、あいつの事だし、文乃の事伝えればチケット取ってくれると思うが……」
「……やっぱり嬉しそうですね兄様」
「どこがだ?」
嬉しそうって言うのは何なんだろうか? ただあいつの事を喋っているだけなのだが……でも文乃がそう感じるのなら、俺は嬉しそうに喋っているのだろう。
「やっぱりずるいです」
「別に昔からだしいいだろ、文乃もあいつの事は知ってるし」
「それでもです」
「はいはい」
よく分からないが、拗ねているようなので受け流す。
藍とかにも時々思うのが女子ってのはよく分からない……こういう姿も可愛いいし、完全に嫌われたら見れなくなるだろうから、今のうちに堪能しておこう。
そういえば、よく考えれば文乃は俺の子供の頃を見て弱点でも探しているのか? ……おぉなんか妙にしっくりきたぞ。そうか、俺の弱点を探っているのか。
「兄様、何か変な事考えてませんか?」
「いや、文乃は偉いなって考えてた」
「何故?」
「まあちょっとな」
文乃的にも悟られたとなれば弱点を探るのもやめてしまうし、とりあえずここは誤魔化すことにした。
「とにかく、今度話してみる」
「はい、お願いします」
そんな事もあった後、少し強くなった雨。
少し前に雷が落ちたりもして驚きもしたが、外に出る必要は無いのでただビックリするだけで終わった。アニメも見終わったしDVDも多分再生されないだろうから、俺は安心して部屋に戻ったのだが……。
「文乃?」
「なんですか?」
「なんで着いてくるんだ?」
「お気になさらず」
「いや、気になるだろ」
ぴったりと俺の後ろに付き添いながらも部屋までやってきた義妹。
部屋に彼女がいるという点で落ち着かないが、それはそれとして理由を聞かなければならない……とか、考えているとまた雷が落ちる。
「あ、雷」
「……っひゃう」
「文乃?」
絶対に普段の文乃からは出ないような声、それに何事かと思って彼女を見れば、俺の服が捕まれていた。
「もしかしてお前……」
「――兄様、何も言わないでください」
「雷、怖いのか?」
「怖くは――ひゃっ」
怖くはない……そう続けようとしたのは分かるが、また雷が落ちたことでその言葉は中断された。新たな一面に少し驚きながらも、文乃の弱点がしれたので少し喜ぶ。
だって、俺の弱点ばかり探られてもなんか癪だし。
「しょうがないな、そんなに怖いならこの部屋にいてもいいぞ?」
「……怖くはありませんが、兄様が一緒にいたいのでしたら残ってあげます」
「どうだか、俺は別にいいぞ全然雷なんて怖くないからな」
「……ほんとうに意地悪です」
「弱みを見せた方が悪い」
今日の俺もしかしたら目的に近づけてるんじゃないか? こうやって煽れば嫌われる可能性も増えるし、何より俺もなんか妙な感情に襲われそう。
むず痒いというか、なんか満たされるようなそんな感覚。
ここ数日やられっぱなしな気がしたからこそのこの勝った感じ、なんというか……嬉しい。
「兄様はいつからこんな性格になったのですか?」
「ふっ生まれつきだ」
「この性悪兄様」
「何とでも言うがいい、今の俺は無敵だ」
「さいてーです」
「効かないな――ちょっ文乃!?」
まだまだ煽ろうと思ったところで、俺の言葉は中断される。
何が起こったかというと、今までで一番大きい雷が落ちてきて文乃は驚いてか俺に抱きついてきたのだ。
密着する体に、妙に柔かい感触――支えるために咄嗟に抱えてしまったが、細い体を直に感じ――一気に俺の顔は真っ赤に染まる。
こんなに密着したのは初めてだし、何よりいい匂いがするしで混乱状態。
怖がっているから離すに離せないし、正直言えば顔を直視できない。
「……文乃、大丈夫か?」
「安心するのでもうちょっとこのままでいさせてください」
流石に煽りすぎたし、何より震える文乃を放っておけるはずがないので俺は落ち着かせるように顔を埋める彼女の頭を撫でた。文乃は頭を撫でられるのが好きともファンブックに書いてあったし、きっとこれで落ち着くだろうから。
「煽って悪かったな……それで、大丈夫か?」
「はい、なんとか落ち着きました」
「とりあえず、ちょっと待ってろまた珈琲淹れてくる」
「別にいいです。出来れば離れないでください」
「了解、止むまでは部屋いていいからな」
俺が悪いし、このまま一人にするというのは違ったので、俺はそう言って漫画を読み始めた。無理に離す必要も無いだろうし、なんて声をかけていいか分からない。それに、この狭い部屋で二人きりというのは緊張する。
小さくなった雨音を聞きながらただ今はゆっくり過ごしていつの間にか眠っていた。
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