第8話:雨の中、たまにはゆっくりと
「雨、降ってるな」
「そうですね兄様」
同居が始まって数日経ったある日の事、その日は雨が降っていた。
強い雨ではなく小雨であり、しとしとといった感じ。
本来なら和也と二人でプールに遊びに行く予定だったのだが、朝からの雨でそれは中止になり今は家でゆっくり過ごしている。
風もなかったし、警報が出るような強い雨でもないので別の所で遊ぼうと思えば遊べたが、和也は宿題に追われているそうなので、結局なくなった。
文乃も文乃で今日は藍と遊ぶ予定だったようだが、雨で中止になり俺と同じように家にいるらしい。
「部屋戻らないのか?」
「だって暇です」
「本を読むとか」
「今読んでます」
「部屋で読めよ」
数日経ったがやっぱり推しと暮らすのは慣れない。
昔一緒に暮らしていたと言っても二年間だけだし、これから三年は一緒に過ごすと意識すると余計に。意識しすぎと言われればそれまでだが、漫画を読んで一目惚れしその性格に惚れた俺からすると意識するなと言われる方が酷である。
もっと大々的に嫌ってくれればいいものの、会話が少ないぐらいだからラインが絶妙に分からなくなっているしで、余計に意識してしまう。
嫌がることをすれば簡単とかも思うが、そんな事を推しにしろって言われても無理なのだ。
「嫌です。自分の家なんですから勝手にさせてください」
「それもそうだな」
でもやっぱりこの言い方的にもあまり好かれてはいないと思うから、順調ではあるはずなのだ。時期的に今が夏休みで特に気負う必要がないから俺はこう過ごしているだけであって、学校が始まればいくらでも完璧なところは見せられるので嫌われる要素は沢山ある。だからまぁ、今は少しぐらい気を抜いて過ごしてもいいだろう。
「そういえば兄様は宿題終わったのですか?」
「おうそりゃバッチリと、だから後は遊ぶだけなんだよ」
「予習とかは……」
「三年分はもう頭に入れてるから問題ないぞ」
俺が通っているのはかなり偏差値の高い高校だが、俺は一応前世持ち。記憶力も元々良かった事もあり、二度目の勉強は楽だった。
高二でこの世界に転生したから初めての部分はあったが、それも結構楽しかったしな。
「相変わらずですね」
「まあな……そういえば文乃は何処に通うんだ?」
知ってはいるが、ちゃんと確認しておかなければならない。
だって、これで原作とは違う学校に通うとかになったら、計画が全部破綻するし。
「兄様と同じ水無月学園です」
「秋からか?」
「そうですね、編入試験がもうすぐなのでそれを受けてからになりますが……受かるかは少し不安です」
「文乃なら問題ないだろ、お前は俺の妹だし」
原作知識もあるが、小学校時代からも彼女は凄い頭が良かった。
だからこそ、彼女の壁になるためにかなりの勉強や運動が必要になったりしたんだが、それもいい思い出だ。
見栄って言うのは張るだけでは意味がない。彼女に嫌われる完璧を目指すため、何より原作主人公イベントの壁になるために俺は死ぬほど頑張ってきたのだ。
事実中学の間は分からないが、小学校の間など事あるごとに俺を倒そうと勉強を教わりに文乃はやってきたのだ。意欲はそれで見れたし、きっと順調。
まぁ……文乃のスペックが高すぎていつ抜かされるかはヒヤヒヤしてたが……。
「そうですか? 期待してくれるのなら頑張りますが」
「お前の頑張りは知ってるからな、中学ではどうか知らないが……そうそう変わらないだろうし、どうせ受かるって」
受かったときとか、ピザでもとろうかなとか考えながらもそう言えば、文乃は黙ってしまった。何か気に障る事でも言ってしまったか? ……あ、でも嫌っている兄から頑張れと言われても嫌か。少しまずったかもしれないな。
「……なら頑張らせていただきます」
「受かったらどっか行こうぜ。奢るぐらいはしてやるから」
「そうですか? ならお出かけしましょうね」
「……食べ過ぎるなよ」
「私=大食いのイメージはやめませんか?」
だって文乃だし……とは言えないので、俺は少し口を噤みながらも誤魔化すようにテレビに向き直った。
「……私は小食です」
唇を尖らせながらも小声でそういう文乃、明らかに悪くなった機嫌にこのままでは後に引きずりそうだなと思った俺はその場を立ち上がりキッチンに向かった。
「何するんですか兄様?」
「ちょっと待ってろ」
趣味と練習を兼ねて買ったエスプレッソマシンを使いながらも抽出中にスチーマーでミルクを温める。抽出を終えたエスプレッソにミルクを注いで俺はラテアートを作る。まあ定番だが猫を描いて彼女に渡した。
「からかって悪かった。とりあえずこれでも飲んで落ち着いてくれ」
「私は物で機嫌を直すほどチョロくありません」
「じゃあ要らないか?」
「要りますけど――これは飲めません」
なんだ? 文乃は珈琲が好きだと記憶しているし、中でも今淹れた種類の物は特に好きという記述があった気がするんだが……。
「なんでだ? 好きだろエスプレッソ」
「そうじゃなくて……可愛くて飲めません」
「……あー悪い配慮してなかった」
とりあえず好きな物二つ混ぜればいいだろ理論で書いたのだが、その可能性は考慮していなかったな。
「でもせっかく作ったんだし、その猫のためにも飲んでやってくれ」
生み出された猫のためにもと、罪悪感を煽るように伝えれば、少しの責めた視線を送ってきた。ちょっとの罪悪感、だけど俺にもカフェ店員のプライドがあるから飲んで欲しいのだ。
「……美味しいですけど」
「そうか、それは良かった」
バイトしていて良かったな。そう心から思いながらも彼女の言葉を待った。
「でも私は誤魔化されませんよ」
「大食いって事をか?」
「……私は小食です」
今日の発見、文乃はからかうと可愛い。
後を引くし悪い気もするが、こうやってからかうのが少し楽しい。
「どうだか」
「もう……兄様の意地悪」
「分かった悪かったって」
やり過ぎはいけない。
何事も度が過ぎてはいけないし、完全に機嫌を損ねたら嫌だ。だからここで俺は一旦引いた。
「……そういえば兄様、家事の分担ってどうします?」
「あーそういえば決めてなかったな」
今は気付いた方がやっているという感じだが、洗濯に関しては文乃に任せている。
このままでもいいと思ったが、比率的に文乃の方が家事を多くやっているので分担はちゃんとしておきたいな。彼女にばかり苦労をかけるわけにいかないし……俺、このままだとただの駄目人間だから。
「じゃあ、文乃のはこれまで通り洗濯と掃除を頼んでいいか?」
「じゃあ兄様は風呂掃除と料理ですか?」
「あぁ、洗濯はお前の服もあるし触れない。で、料理は俺の方が得意だろ?」
付け加えるように掃除は苦手だしと言えば、彼女は納得してくれたのかそうですねと笑ってくれた。
「それに私も兄様の料理が食べられるならそっちの方がいいですね」
恥ずかしがる様子もなく、そう言いきった文乃。
作り手冥利には尽きるのだが、真っ直ぐなその言葉に俺は照れてしまう。
「……そうかなら今日も頑張るか」
食材は買ってあるので、肉じゃがでも作ってやろう。
文乃は昔から甘めの味付けが好きだったと記憶しているからその通りに作るとして、あとはひじきとか使って……。
推しに料理を食べて貰い、それを楽しみにされているという幸せと……俺は本当に嫌われているのだろうか? という疑問がぶつかり合っているが、今はとりあえず夜ご飯を楽しみにする。
「でもたまには文乃も作ってみるか?」
「私あんまり料理出来ないですよ?」
「俺が食べたいんだよ……まあ嫌なら作らなくていいが」
「そうですね、そう言ってくれるのなら頑張ります」
「おう、楽しみにしておく」
文乃は和食が得意だ。
海外でも日本食ばかり作っていたとファンブックには書かれていたし、何より原作での料理シーンとか明らかに気合い入っていて、見てて食べたくなったし。
……そういえば、原作では文乃は父親とだけ過ごしてるんだよな。
本来俺は関わることがなかったわけで、この世界では母さんと文乃の父さんが再婚しているが、原作では父子家庭。今更ながらに原作に影響が出ないか心配だ。
日本に帰ってきた時期とかを考えるにそこは心配しなくていいと思うが、ちょっと気を配っていてもいいかもしれない。
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