第7話:看病後の一幕
そして翌日、見事風邪を完治させた俺は、清々しい気分で昼を迎えていた。
気分はすっきり、倦怠感もなく関節の痛みも一切ない。喉も痛くないし、完全完治と言ってもいいだろう。ただ言える事は寝過ごしたという事だけで、今の時間は十一時。
平日ということもあり、罪悪感が湧いてくるが生憎今日は夏休み。つまり当然の権利なのである。
「流石夏休み、誰にも会わないからゴロゴロ出来て最高だ」
ぐぐぐと伸びをして、一言。
病院にも行かなくて済むし、今日は何もせず過ごしても許される。それに俺は宿題を早くに終わらせる派の人間だ。もう既に殆どの課題を終わらせているので敵はいないだろう。
唐突に課題が増えることもないし、今日も一日ゴロゴロと……。
そんな時なるのはインターホン。郵便かとおも思ったが、何も頼んでいないし、文乃の荷物も初日に届いたから多分違うだろう。
「勧誘とかだったらめんどいな……」
少しぼやきながらもインターホンのカメラを確認すれば、そこには和也と藍の二人が写っていた。
「……帰れ」
話せるようにしてから一言、こっちは今日一日はゴロゴロな駄目人間生活を満喫する予定だから、遊べないという意志を込めて。
「風邪引いた馬鹿の看病だ。開けろよな」
「果物持ってきたよー」
……帰すのも悪いので、とりあえず二人を家に上げて荷物を受け取った。
袋の中に入っていたのは、パイナップルにスイカ。
夏が旬とされる二つの果物をとりあえず冷蔵庫の野菜室にしまい俺は勝手にリビングに入っていく二人を見送った。
「あ、本当に綺麗になってる」
「……マジか、燐が本当に片付けてた」
リビングを見られて上がる二つの声。一つは別に良かったが、和也の言葉は許せない。
「どういう意味だよ」
「いや、だってな。今までを思い返してみろよ、藍が片付けても汚してただろお前」
「黙秘……いやそうだけどさ」
「だろ、これも妹さんおかげか?」
……分かっていたが、こいつも文乃の存在を知ったか。電話をされた以上、知られていると思ってたが、多分藍からの情報もある。
「でも、まさか燐をやる気にさせれる人類が存在したんだな」
愉快そうに笑う和也。言っている事にムッとするが……それだけこいつは俺の駄目な部分を知っているからこその言葉だ。それだけ普段の俺は駄目人間だし、言われても仕方ない。
「ここまで綺麗になったのならいつでも遊びに来れるな」
「やめろ、俺に休息をくれ」
「お前、構わないと一日を無駄に過ごすだろ。中学の時覚えてるからな二週間は外出もせずに引き籠もってたの」
「……今はバイトがあるから大丈夫だ」
言われっぱなしも癪なので少し反論する。
明日もバイトを入れているし、そんな人を引きこもりみたいに言うのは駄目だろう。まぁ、今言われたのは事実だから何も言い返せないが……。
「ほんとか、もうゾンビ状態のお前を見たくないぞ? あ、あと宿題を見せてくれ」
「……それが本命だな?」
「まさか、お前と遊ぶのが一番だよ。藍は噂の妹観察らしいが」
そんなことを何気なく言った和也は藍の目的まで話してきた。すると、さっきから落ち着かない様子の藍が否定してくる。
「……看病だよ? というか燐、風邪は?」
「完治」
「ドヤ顔止めなよ」
「別にいいだろ」
学校ではこういうやり取りを出来ないから、夏休みってのはやっぱりいい。
気が抜けるし何より、友人達とこうやって過ごせるから……まぁ、そんな事を素面で言えるわけがないから黙るが。
「というか、文乃ちゃんははなんで家に居るの? お母さん達は?」
「母さん達は海外で仕事だ。また別の国に行くらしくて、文乃だけ帰国した」
「へぇー、いつまでいるんだろ?」
「そこは知らん」
いつまで滞在するかは聞いていないが、原作を考えるに高校の三年間は絶対。
二年から怒濤のイベントラッシュが待っていて、それまでのは原作の回想などを見る限り、高一の間は学校に馴染むフェーズだ。気合いを入れるのは二年生からだが、気は抜けないだろう。
「ん、なんか考え事か?」
「……いつも思ってるんだが、そんなに俺は分かりやすいか?」
何か考えている時の癖とかあるのだろうか? 自分では気付いていないが、いつもの感じ的にある気がする。
「おう、考える時とか結構な癖が……」
そうやって和也が言葉を続けようとしたときだった。リビングの扉が開き部屋着姿の文乃が現れたのだ。
「ふぁ……あ、おはようございます兄様ぁ」
それもいつもと違う雰囲気で、何より服をいつも以上にだらしなく着ている文乃が。
なんというかポワポワしてて、にへらと表情を崩して笑っていてかなり可愛い。
「あ、文乃ちゃんお邪魔してるよー!」
「…………ふえ?」
数秒固まって、間の抜けた一言。
そしてこの部屋の状況を見て現状を理解したのか、一度部屋を出て行った。
少ししてリビングの外から聞こえるパンッ! という音。何事だと思いながら彼女が帰ってくるのを待ってみれば、活を入れたのか頬に赤い跡を残した文乃が帰ってきた。
「いひゃいです――それより、兄様お友達が来ているのなら教えて下さい」
「いや、寝てると思ってたし」
「それなら連絡を入れるとかあるでしょう」
「いや、まだ俺達交換してないだろ、連絡先」
「……それもそうですね」
そもそも彼女と連絡先を交換していなかったことを思い出してそういえば、文乃はそれを思い出したのか納得してくれた。
「……燐が、妹とはいえ私達以外の人と喋ってる?」
「おいこら藍、どういう意味だ?」
「だってねぇ、和也」
「あぁ、びっくりだ。本当にこれは燐か?」
「お前等なぁ、人の事なんだと思ってるんだよ」
俺は外面はいいだろ、学校でも生徒会に入っているし、先生からの信頼も厚いのだぞ? それなのにこの評価は如何なモノか。
「完璧コミュ障」
「超人系駄目人間」
「なんだ……その評価?」
先に藍、次に和也の評価なのだが……あまりにも酷かった。
なんだその矛盾しかない評価は、だけどそれは言い得て妙だし何より自分でも言われてそんな感じがあったので、否定できないのが複雑だった。
「それよりだ燐、このめっちゃ美人な人がお前の妹か?」
「そうだぞ、名前は文乃、一応妹だ」
「……一応ってなんですか」
「だって義兄妹だし」
もう文乃に会われてしまったし、何より遅かれ早かれ二人には話していただろうから、俺は今ここで伝えるようにした。
「あ、似てないと思ったけどそういうことなんだ」
「まぁな」
俺の髪色は黒だし、文乃は白である。それもあるが顔立ちも違うし、俺達兄妹はかなり似ていない。まぁ、義兄妹だし似ていなくて当然なんだが。
「おい藍、デリカシー」
「あ……ごめん」
「別に気にしてませんよ、私は今の方が嬉しいですし」
何か含みのある言い方に、俺はちょっと首を傾げてしまったが、まあ気にしなくてもいいはずだ。
「そうだ。文乃さん……でいいんだよな」
「あ、文乃で大丈夫です。同い年ぐらいでしょうし、敬語で接されるような人間ではないので」
「いや、でも」
「でも呼びにくいならさん付けで構いませんよ」
「そうして……くれると助かります」
「おぉ、和也が照れてる」
「確かに珍しいな……レアだ」
ふはは、和也でも文乃の美少女オーラには敵わないのか、これはいいこと知ったぞ。いつも俺をからかう罰だ。存分にぎこちなくなってしまえ。
「こういうのは燐の役目だろ」
「たまにはいいだろ」
「ふふ、仲がいいですね。私、嬉しいです」
何がおかしいのか穏やかに笑う文乃。
その目線は親が子に向けるようなもので、ちょっと気恥ずかしい。
なんかこう、文乃を照れさせたいが、それはちょっと目的から外れてしまうので、見たいが我慢しよう。
「そういえば、文乃ちゃん。燐の小学校の時のアルバムってない?」
「待て、何を見ようとしてる?」
「だって見たいんだもん、燐に言っても断られるだろうし、文乃ちゃんに頼もうかなって」
「当人がここにいるが? 絶対阻止するからな」
俺の小学校のアルバムを見て何になるともツッコみたかったが、何があっても見せるわけにいかない。だって恥ずかしいし……でも大丈夫、この家にはアルバムは残っていないからだ。
前に気になって探したが、どこにもなかったし、きっと両親が持っているのだろう。
「あ、ありますよ。私が持ってます」
……なんで?
母親達が持っているのなら分かるが、なんで文乃が持ってるんだ?
彼女は嘘をつく性格ではないから、多分持っているのは本当だ。だとしたらなんで? という疑問が湧いてくるが、それより見せるのを阻止しなければいけない。
「文乃、この際お前が持っている事については言及しないが……見せるのはやめろ」
「なんでですか?」
「そんなの……」
恥ずかしいからとは言えないし、何より小学校のアルバムには記憶のない俺が映っている。俺の記憶が戻ったのが小学五年生の文乃が家に来たときだから、それ以前の写真など黒歴史でしかない。
「見ても得がないからな」
だからせめて納得させるようにそう言ってみたんだが、それでも藍は引き下がらなかった。
「私達が見たいからじゃ駄目なの燐?」
「絶対駄目だ」
「文乃ちゃんゴー!」
「今持ってきますね」
だけど無情にも文乃は部屋に戻って行ってしまい、暫くして小学校時代のアルバムを手に持った彼女が戻ってくる。懐かしいそれを文乃が持っている理由はやっぱり分からないが、後で取り返そう。
「というか、文乃と藍はなんか仲良くないか?」
「そりゃあいっぱい通話した仲だからね!」
「そうですね」
「いつの間に……」
会って二日しか経っていないと思うのだが……よく聞いてみれば、連作先を交換した初日に通話したようでそこで仲良くなったとの事。
藍のコミュ力の高さとそれに適応する文乃に戦慄しながらも、俺はとりあえず妥協案を出すことにした。
「じゃあ、せめて五~六年の間だけにしてくれ。それ以外は見るな」
「えぇ、小さい頃の方が見たいんだけどなー」
「……じゃなきゃ見せん」
「分かった。そんなに嫌ならそこだけ見るね」
そうして始まったアルバムの鑑賞会、我関せずみたいな態度だった和也も興味があるのか、女子組の二人の後ろからチラ見していた。
「わぁ、殆ど一人の写真しかないや」
「……この頃から燐だったのか、でもやっぱりあいつらはいるのか」
「あーほんとだ、あの子達との写真も多いねやっぱり」
「まあ兄様はあの方達とはよく一緒にいましたしね」
あいつ、あの子、あの方……と三人の中で多分共通に認識されているのは俺の幼馴染みだ。幼稚園時代からの古い付き合いであり、俺の黒歴史を熟知している一番の敵。歳は一個下だが、基本的に行動を共にしたあいつは俺の写真によく写っている。
「もういいだろお前等、終わりだ終わり」
これ以上は恥ずかしいし、何より今見ているページ以外は黒歴史、絶対に見せられない区間だからはやく終わって欲しい。
「じゃあ次は中学のアルバムだー!」
「それはここにはないぞ、二人とも海外だったし、祖母さんの家だろうな」
たまに会いに来てくれる祖母さんなら俺の写真をよく撮ってくれていたし、持ってはいるだろうが、ココには現状ない。それに中学の写真なら藍と和也と一緒に写っているのが大半で尚更見る必要がないだろう。
「そうなの? なら卒業アルバム見よっか」
「それは同じの持ってるだろ」
それに関しては、お前等は同じ中学だし持っているだろうとそういえば、それもそっかと藍は笑った。
「じゃあ、何する? ゲームでもやる?」
「それならこないだ燐が買った新作ゲーム皆でやろうぜ。パーティーゲームだし出来るだろ」
「いいね、ほら燐ゲーム機とコントローラー持ってきて!」
「はいはい、分かったよ」
見るモノもなくなったので、必然的にやることといったらゲームとなった。
やるのは最新のパーティーゲーム、最大四人で遊べるモノで、丁度良かったから始めたんだが、文乃はこういうのを初めてやるそうで、和也達に教わっている姿が新鮮。
来て三日目だからどんなモノも新鮮ではあるのだが、殆ど何でもこなす文乃は誰かに教わっている姿というのは原作でも見なかったし、少し役得だ。
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