第6話:看病イベントは唐突に

トントンと何かを刻む音が聞こえ、その音を聞いて俺は目を覚ました。

 耳を澄ませば分かるが、音の出所は台所。何をしているのだと思い見てみれば、そこには文乃が立っていた。

 そして起きて分かる冷たい感触、頭を触ってみれば額には冷えピタが貼られている。

 そして近くの机にはスポーツドリンクが置かれていた。

 確か、どちらも家にない物だったのに、なんであるんだ?


「……買ったのか?」

「あ、起きたんですね兄様」


 俺が起きたのに気付いたのか、作業を中断した文乃が近付いてきた。


「もしかしてこれ、買ってきたのか?」

「はい、近くの薬局に行かせて貰いました」

「悪いな、あとで金返す」

「気にしないでください、必要経費ですので」

「いや……悪いだろ」


 こっちの不注意で風邪を引いたのにとか思ったが、確かにそれもそうだなと納得した。決して、文乃の有無を言わさない態度が怖かったわけではない。


「食欲はありますか? もうお粥は作ってしまいましたが」

「何も食ってないからあるにはあるぞ」

「では持ってきますね」

「わざわざ悪いなほんと」

「家族ですので」


 そう言われるが、今までの態度を考えるに本当によくやってくれている。

 嫌いな筈の兄の看病なんて普通したくないと思うが、まあそれは彼女が優しいからなんだろう。原作でも彼女は冷たい雰囲気はあるが、誰に対しても親切だったし。


「……ありがとな」

「何か言いました?」

「いや、別に?」


 聞こえないようにそう言ったのだが、タイミング悪く戻ってきたせいで少し聞かれたみたいだ。恥ずかしいが、今の言葉的に伝わっていないだろうし、よしとしておこう。


「そうだ。お粥を食べる前に熱を測ってください」

「ん、それもそうだな」


 食べて火照った体で計ってしまえば結果が変わるだろうし……だから俺はとりあえず電子体温計を脇に暫く挟んだ。


「三十八度七分……やっぱり結構な熱だな」


 高いとは思っていたが、やはり高い。

 病院に行くほどではないとは思うが、彼女の顔を見る限り少し低い結果を伝えても良かったかもしれない。


「明日は病院に行きますよ」

「いや、寝たら治るだろ」

「いいから、明日は十時頃には行きます」

「治ってたら、行かなくていいか?」

「…………しょうがないですね」


 風邪薬って苦いし苦手なんだよな。

 だから出来るだけ行きたくないという子供っぽい理由がある。

 それを察されたかは分からないが、明日は病院に行かなくて済むように今日は早く寝よう。


「はい、とりあえず食べてください」


 出されたのは土鍋、昔から家で愛用しているそれにはベーコンやブロッコリーなどが入ったお粥が入っていた。


「ミルク粥です。せっかくなら美味しい物をと思って作りましたが、食べれますか?」


 また凝った物をと思ったが、せっかくの推しの料理だし完食しない訳にはいかない。

 せめてよそうぐらいは自分でやろうと思ったが、ぼーっとしている間にも既にお粥はよそわれてしまい。目の前に用意された。

 そして、それどころか……。


「あの……文乃さん、何して?」

「食べさせようとしただけですが、それが何か?」

 

 彼女はスプーンを使い俺の前に掬ったお粥を出してきた。

 意図が分からなかったから聞いて見れば、何を当たり前の事を? と言いたいようにそう言ってくる。


「自分で食える」

「これだけ迷惑を私にかけたんですから、今更気にしないでください。誤差です」

「いや、兄としてのプライドとか……」

「そんなの知りません」


 俺……もしかして文乃に弱いのか?

 なんかこういう態度で彼女に何かを言われるとどうしてか逆らえない。だから俺は、諦めてお粥を食べさせて貰う事になり、プライドがちょっと傷付きながらもお粥を完食した。


「むぅ……美味かった」


 推しの料理を食べられた嬉しさと、なんとも言えない恥ずかしさがあったが、とりあえず美味かったからそれだけは伝える。


「はい、それは良かったです」


 その時、ふと文乃の顔を見てみたのだが、本当に珍しく少し微笑んでいた。 

 殆ど見たことのない彼女の笑顔に、色々な物を感じた俺は気恥ずかしさから顔を逸らしてしまう。


「どうかしました?」

「いや……なんでも」 


 とにかく今回の体験から二度と風邪を引かないと俺は誓いながらも、少し動けるようになったから部屋に戻ることにした。


「で……なんで文乃もいるんだよ」

「家族ですから」

「もしかしてそれを言えば、全部解決すると思ってないか?」


 流石に頭が回るようになってきたし、これ以上一緒にいてボロを出し続ける訳にもいかないから、今は離れていたい。


「そんな訳ないですよ、それより兄様飲み物を忘れましたよね、それを持ってきただけです」

「あぁ……悪い」


 完全に俺の落ち度だった。

 せっかく買ってきて貰った物を忘れた俺が悪いな。

 確かによく見れば彼女の手にはさっき飲んだスポドリが握られているし、なんなら何かが入った袋まである。


「それなんだ?」

「風邪薬と栄養補給のゼリー……あとは代えの冷却シートですね」

「本当に悪いな」

「だから気にしないでください」


 そういえば、昔文乃が家に来たばかりの時とか看病したなぁ。

 その頃は目的を定めていたけど、どうしても心配で子供ながらに薬局で薬などを買いに行ったのを覚えている。

 彼女はどうせ覚えていないだろうが、あの時は前世があるのに凄い焦った。

 対処法も分かるし、何よりただの風邪って分かっていたけれど……知り合いに病弱な奴がいたから余計に焦ったな。

 古い思い出だが、意外と覚えているもので少し懐かしくて笑ってしまった。


「どうしましたか?」

「いや、なんか懐かしいなって」

「何がですか?」

「気にすんなよ……ただお前が風邪引いた時の事思い出しただけだから」


 どうせ覚えていないしと思って何気なくそう言ってみたのだが、返ってきたのは意外な反応。


「そういえば、あの時はありがとうございました」

「……どうも、というか覚えてたんだな」

「忘れるわけないじゃないですか」


 義理堅い……いや違うか、彼女は単に記憶力がいいだけだろう。

 何気に文乃って何カ国語かは喋れるし、それほどの記憶力があるなら覚えていても不思議じゃないだろうから。


「それより安静にしておいてください、下手に動かれて悪化したら困りますし」

「分かってるって。それより文乃もういいから戻れって」


 これ以上の長居されるのは流石に文乃に移ったら不味いし、早く帰って貰いたい。


「……てか、なんでまだいるんだ? この部屋にもう用はないだろ? まさか名残惜しいと言うお前でもないだろ」 

「――気のせいじゃないですか? とにかく、私は部屋に戻りますね。これ以上長居して欲しくないそうですし」


 まあそうしてくれると助かる。

 本音を言えばもう寝たいし、何より体が怠いからだ。


「そうだな、そうしてくれると助かる」

「じゃあ、安静にしててくださいね」

「そっちこそ、移らないように手洗いとかちゃんとしろよ」

「はいはい、心配性ですね兄様は」


 最後にそれだけ言って離れていく文乃を見送った俺はベッドで横になる。

 天井を見つめて数秒、思い返せば色々恥ずかしかったが……こうなったのは誰のせいだろうか? ……いや、俺のせいでもあるが、これは多分和也が悪い。 

 そう思うと文句が出てきたので、今度なんか奢って貰おうと思いながら俺は目を閉じた。

 明日からもっとちゃんとしよう。 

 そう思いながら睡魔に体を預け、俺の意識は落ちていった。

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