第5話:風邪薬は常備せよ
「燐……お前どうした?」
「……いいから気にすんな」
翌日の事、俺はやってきた親友である悠木和也の部屋で、ずずっと鼻を鳴らしていた。何があったかと言えば、昨日の買い出しの帰り道で急に雨が降り、それを浴びて帰ったせいで風邪を引いただけ。その状態で飯を作り、風呂にも入らなかったせいで完全に自業自得だ。
「気にするだろ、普段体調崩さないお前がそんなんになってるんだから……てか、その状態で人の家に来るなよ」
中学からの付き合いのある親友は、呆れ顔でそう言った。
「しょうがないだろ今家には……なんでもない」
「もしかして、家族でも帰ってきてるのか? それなら尚更家に居ろよ」
もっともな意見だが、俺は完璧でなければいけないのだ。
母親と父親に風邪引いている姿を見られるぐらいならいいが、妹にだけは何があっても今の姿は見せられない。
「途中で買った解熱剤も飲んだし、良くなるまではいさせてくれ」
「……はぁ、全く。まあいいぞ」
溜め息を吐きながらも、いさせてくれる親友。やはり持つべきものは友達だなと思いつつ俺はそいつに感謝を伝える。
「助かる親友」
「今回だけだぞ、その代わり貸し一つな」
「そのぐらいなら……」
「言っとくがお前に貸しを作れるのはデカいからな?」
「そうか?」
別にそのぐらいいいんだが……と思ったが、そんな事を考えていたらなんでかまた和也にまた溜め息を吐かれた。
「でだ燐、原因ぐらい教えろ、なんで風邪引いた?」
「昨日買い出しで雨を浴びた」
「お前が……買い出し? 藍がいなければ年中コンビニ弁当のお前が?」
藍も似たような反応したが、二人揃って酷くないか?
「知ってるだろ、俺が料理出来るって」
「知ってるが、お前作るの面倒くさいって言って作らないだろ」
「……それもそうだな」
こいつに反論しようとしても意味ない。
この短いやり取りでそれを理解した俺は、すぐに白旗を上げた。
「やっぱり家族が帰ってきてんだろ」
「……正解だ。なんで分かるんだよ」
「お前意外と単純だしな、家族がいるなら頑張りそうだ」
家族と言っても妹が帰ってきただけだが、それでも分かられるのは少し驚く。
そんなに俺は分かりやすいのだろうか? とそう思ってしまう。
「で、帰ってきたのはどっちだ? もしかして両方か?」
こいつには妹の事以外は話しているので、両親が海外で働いていることを知っている。だからそう聞いてきたんだろうが、急に話していなかった妹がいるって知ったら驚くだろうし、とりあえず誤魔化しておく。
「まあ、そんな所だ」
「それなら今度挨拶させてくれよ、燐君の事はお世話してますって」
「世話してるのは俺だが?」
「言ってろ、お前学校では完璧だけど、他は駄目だろ」
「……黙秘権」
こいつとは三年以上の付き合いがあるせいで、色々バレてしまっている。
というか元々のこいつのポジがこの世界の主人公の友人枠って事もあってか、察する力が強すぎるのだ。そのせいでずけずけと人の懐に入ってくるし……。
「まあいいや。とにかく家族が帰ってんなら少し良くなったら帰れよな、お前が弱ってる姿を誰かに見せたくないのは分かるが、せっかく久しぶりに会うんだから甘えとけ」
「余計なお世話だ……って言いたいが、それもそうだな」
「おう、なんなら電話してやろうか? 番号なら知ってるし」
「それだけは止めろ」
今家には妹しかいない。
だから必然的に彼女が電話に出るだろうし、親友の事だし驚きはするが絶対に何があったか話す。そうならば俺が弱っているのが彼女にバレるだろうし最悪だ。
それなら無理にでも今帰って、部屋に引き籠もるしかない。
「そうか? お前も頑なだな」
「絶対止めろよ」
「はいはい、分かってるって」
良くなると思っていたが、時が経つにつれて俺の体調は悪化していった。
二つぐらいしかなかった症状は、何故か四つぐらいにまで膨れ上がり、俺の体に襲いかかっていた。頭痛に鼻水、それに加えて倦怠感に喉の痛み。あとは関節痛? 結構酷い症状に、これ以上の長居は無理だと悟った俺はとりあえず嘘をついて和也の家から帰ることにした。
夏の暑さに風邪の症状のダブルパンチ。
歩く度に倒れそうになるが、なんとか家に辿り着き玄関を開けた……のだが、何故か玄関には文乃が立っていた。
「……どうした? どっか行くのか文乃?」
服も部屋着ではなくて、外出用の服に着替えているし靴も履いていて今にでも外に出そうな格好。相変わらずの無表情だったが、俺を見た瞬間にそれは不機嫌そうなものに変わった。
そんなに俺が嫌いかと思って順調だなとも思ったが、そんな事よりこれ以上見られるのは不味いので退いて貰う事にする。
「悪いな邪魔して、とりあえず部屋に戻るからどいてくれ」
「兄様、風邪を引いてるんですよね」
「そんな訳ないだろ」
頭痛のせいで頭があまり回らないが、それだけは否定しないと不味いので即答した。というかそもそもなんで風邪を引いていると思ったんだよ? 家出るときは気を付けていたしバレる要素が見つからないんだが。
「兄様の友達から電話がありました。兄様の風邪が酷いので看病して欲しいと」
「……あの馬鹿」
妹にだけはバレたくなかったのに……そもそも電話するなっていっただろ。
文句が出てくるが、和也の事だ俺の体調が悪化したことに気付いていただろうし善意からのものだろう。だから悪くは言えなかった。そもそも風邪引いた俺が悪いんだし、そう思うのもおかしい話なんだが……。
「まあ、風邪は引いた。だけど看病はしなくていい、お前も面倒くさいだろ」
精一杯強がってそう言った。
もうさっきから倒れそうだし、これ以上は余計に障る。
「駄目です。家族なんですから看病ぐらいさせてください」
「じゃあ頼む……関わるな」
「放っておけるわけありません」
だから冷たくそう告げたのだが……妹ははっきりとそう言って俺の体を支えてきた。
汗ばんだ体を触れさせる訳にはいかないのに、思った以上に力が入らず文乃を振り払うことが出来ない。
そのまま俺を支えながら進む文乃に、これ以上何言っても無駄だと理解して俺はそのまま体を預けてリビングのソファーに横になった。
「頑固になったな」
「兄様の影響です」
「言うようになったな……」
「いいから――とりあえず、部屋着を持ってきますから着替えてください」
「待て、部屋に入るな」
「そんな事言ってる場合ですか? とにかく待っててくださいね」
もう何言っても俺に勝ち目はなく、ただ彼女の言う通り過ごすしかないので俺は大人しく持ってきて貰った部屋着に着替えてそのまま横になった。
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