第3話:買い物時々ハウスキーパー

 そんな考えで戻ったのはいいのだが、戻ったタイミングが最悪。

 降りた瞬間にリビングに待っていたのは、髪を乾かしている最中の妹だった。腰までの伸びる髪をゆっくりと乾かすその姿に少しドキリとしてしまい、さっき落ち着いたばかりなのに、言葉が出てこない。


「あ、兄様着替えたんですね」

「……あぁそうだが、洗面所で乾かせよ」

「別にどこで乾かしたっていいじゃないですか」

「いや、いいけどさ……目に毒というか」

「もしかして、照れてます?」

「いや?」


 俺にもプライドがあるからそうすぐに否定する。 

 仮にも俺は兄だ。妹にドキドキしたなんて言えるはずがない。それに、それを言えば負けな気がする。別に勝負などはしてないが、それでもなんか負けた気がするのだ。


「まあいいです。もうすぐ終わるので待ってくださいね」 

「分かった……じゃあちょっと外で待ってる」

「別に家に居ればいいじゃないですか」 


 だから緊張するんだよ……とか俺の今までのキャラで言えるわけがなく、ただただ口を噤む事しか出来なかった。


「では、着替えてきますね兄様」

「早くしろよ、もう割と遅いし」

「はい、了解しました」


 それから文乃は部屋に戻り、白のブラウスとカーゴパンツに着替えて帰ってきた。

 今日だけで色々な文乃の服装を見ているが、どれも似合ってるな……とか思ってしまったが、そういう邪念は捨てておけ。マジでこれから一緒に過ごすのだし、慣れないと本当に大変だ。


「じゃあ行きますよ兄様、近くにスーパーありましたよね」

「そうだな、近いしそこにするか」


 そうして始まった文乃との買い物、買う物は決まっているし早く終わらせて作ってから今日は休もう。作ると言った以上、作らないのは駄目だしせっかく帰ってきたばかりなんだし、いい物は食べさせたい。


「文乃ちょっと調味料頼んだ」

「あ、確かに殆どなかったですね」

「みりんはハウスキーパーの人の母親が買ってくれてるから買わなくていいぞ、だから醤油とか料理酒を頼む。あ、ソースとか欲しかったら勝手に選んでくれ」

「了解です。では行ってきますね」


 離れていく文乃を見ながら、俺は持ってきた買い物リストを確認する。

 今回のテーマは海鮮。しかも凝ったものを作りたいから前世からの得意料理であるパエリアでも作ろうと思っている。


 文乃は華奢な体でかなりの大食いって事は知っているので、多分それだけじゃ足りないから今回は付け合わせも豪華にする予定だ。

 作るものとしてはパエリアは確定として、他にはブイヤベースにポークソテー、そしてポテトサラダ。


 我ながら完璧な布陣。

 付け合わせ的にも合うだろうし、何よりこれなら文乃を満足させられるはず。

 どうせ作るなら彼女の笑顔が見たい、嫌っているであろう兄の料理を食べてくれるかは分からないが、せっかく作った物を残すような性格ではないしそこは心配しなくていいと思う。


「あ、燐じゃん。珍しいねスーパーにいるの」


 そんな事を考えながら、食材を買っていれば誰かが声をかけてきた。

 聞き覚えのある声に、馴染みある口調。それで誰かは分かったのでとりあえず返事する。


「そっちこそ、なんでいるんだよ藍?」


 そこにいたのはギャルっぽい見た目の同い年の少女。金髪に黒いTシャツを着たショートパンツ姿の彼女は買い物カゴを持っている。


「スーパーにいる理由なんて一つでしょ? 見ての通り買い出し、ほら今週末あんたの家行くし、早めに買っておこうかなって」

「そうか、いつも助かる」

「まあ雇われてるしねー、ママから引き継いだ仕事だけどちゃんとしたいし色々任せてよ。そうだ燐、また汚してないよね?」

「掃除は今日したぞ? 次は料理だけ任せると思う」


 そこを突かれると、痛いが今回は大丈夫。だって今日文乃と一緒に片付けたから。だから俺はそう言ったのだが、何故か藍が驚いた様な表情で固まった。


「燐が……掃除? あの燐が?」

「あのって何だよ……俺だってたまには掃除ぐらいするぞ」


 人の事なんだと思ってんだ。学園の姿を思い返してみろ、外面だけはマジで俺は完璧なんだぞ、それを考えれば掃除ぐらい出来ていいだろ。あまりの言い分に少しジト目で彼女を睨んでしまったが、彼女は気にしない素振りでこう言った。 


「だって燐、あたしがいなきゃ家片付かないじゃん。中学から一回も自分で掃除してるの見たことないし、何よりいつもあたしに任せっきりだし」

「まあ、俺は今までお前に任せてた。だけどほら、あれだ。心変わりっていうか、多分それだ」

「誤魔化すの下手すぎじゃない?」

「……分かる」


 今の言い訳に関しては、マジで酷かったと思ったしで肯定しておいた。すると彼女は何がおかしいのか少し笑っている。


「笑うなよ」

「だって面白くて」


 酷いなこいつ……中学からの付き合いがなければなんか言っていたぞ俺。


「兄様、調味料を取ってきましたよ」

「あ……文乃」

「え、誰?」 


 まずった。今思い返せば、俺は中学校から今に至るまで文乃の写真を誰かに見せるどころか話題にすら上げていない。だって、写真を見せれば紹介しろと言われるのは目に見えているし、何より面倒くさかったから。

 遅かれ早かれ学園に文乃が通い始めれば、兄妹である事はバレるのは分かっているが……なんで教えてくれなかったのだと詰め寄られたときが面倒くさいのが分かるからだ。

 

 そして何より、藍は可愛いモノに目がない。

 それが人であれ動物であれ、ものであれ……まあ分かりやすく言えば、超絶美人の文乃を藍に見せれば……。

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