第2話:掃除は定期的にやろう

  義妹が帰ってきたからって生活はあまり変わらないはずだ。

 それが夏休みなら尚更だし、ただ毎日顔を合わせるというだけのこと、今まで別々に暮らしていたのだからといって気負う必要は無い。

 でも……よく考えれば推しと一つ屋根の下か……。


「いや、気にすんな」


 ……気にしてしまえば負けである。

 一緒に暮らすといっても、小学生の頃にそれは経験している。記憶が戻ったのは文乃が来た日だが、それ以降もボロを出さないように頑張ってきたのだ。 

 だから今更気負うことはないし、何より平常心でいればいい。

 完璧な兄は動じないし、そんな事を気にしない。


「よし、固まったな」


 そんなこんなで部屋から出て、リビングに降りた俺はとりあえず片付けるという選択肢をとることにした。

 俺こと如月燐は、ちゃんとすれば完璧である。

 それが数少ない友人達からの評価であり、自分でもそれは分かっているのだが……悪く言えば、ちゃんとしなければ徹底的に駄目な人間なのだ。

 基本的にどんな家事もこなせるし、料理などに関しては大の得意、洗濯に得意不得意があるかは知らないが、出来る部類に入るだろう。

 だけど一つだけ問題が、それは掃除だけが苦手という事だ。

 理由としては単純で、普段人を家に呼ばないからとハウスキーパーをやってくれる友人が片付けてくれるからという物で、任せられる以上別にいいかという思考があったからだ。

 だから自分の部屋とかは物が散乱しているし、普段過ごすリビングにもゴミなどが……。 


「でも、やらないわけにはいかないよな」


 妹がやってきた当日の事、俺は家の掃除を決意してゴミ袋などを用意してリビングに降り立ったのだが、


「……何からやろう」


 早速何をすればいいか分からなくて途方にくれていた。

 散らかっているのは袋に最初にまとめた弁当のゴミやカップ麺の残骸に読みっぱなしの雑誌や漫画、そして開けっぱなしの段ボールに脱ぎっぱなしの衣類……自分でもこの惨状を見て気付いたが、放置しすぎだな俺。

 幸い飲みかけのペットボトルや生ゴミなどといった人間的に放置したら不味い物は残っていないから、ただただ散らかっているだけで片付けやすいと言えば片付けやすいが……単純に足の踏み場がない。


「出来れば文乃がこの惨状を見る前に片付けたい」


 今の時間は午後一時半、いつ彼女がリビングに降りてくるか分からない以上、猶予は未定。とりあえず、三十分で頑張りたいが、正直に言えば、三十分でこの汚部屋を片付ける事は出来る気がしない。だけど、やるしかないので頑張ろう。


「……兄様……あの、何してるんですか?」


 しかし、文乃は掃除を始めて十分したら降りてきてしまった。

 それで見られるのは、エプロンとバンダナ姿の兄。

 この格好は見られたくなかったと思いながらも、言い逃れは出来ないし正直に告げるしかなかった俺は、とりあえず一言。


「……掃除だ」

「そうですか、なら手伝いますね」

「別にいい、お前は帰ってきたばかりなんだから休んでろ……邪魔だし」


 掃除出来ないの見られるの駄目だし……あと、お前の部屋着姿とか目に毒だ。絶対にそれは言えないが、少し着崩れてるその姿で降りてくるなよと声を大にして言いたい。 


「というか、ハウスキーパーの方が二週間に一回は来るはずですよね」

「二週間で今回は汚した」

「はぁ……そうですか」


 事実マジで今回は二週間で汚れたのでこう言うしかなかった、この二週間は友人達に連れられて服を買いに行ったり欲しい物を買ったりしたりで荷物が増えたのだ。あと前読んだ漫画を読み返したりで……だからこれで呆れられても文句は言えないし、言うつもりもない。


「とにかく、私はちょっと着替えてきます。それまで動かないでくださいね」

「……掃除ぐらい出来る」

「出来てないじゃないですか」

「……そうだが」


 もう何も言えなかった俺は肯定だけしておいて、彼女が部屋から戻ってくるのを待った。


 戻ってきた文乃の格好は汚れが目立たないようなジーンズに白シャツ、あとはエプロンというもの。腰まである白い髪はポニーテールにまとめられ、原作にはない差分に少し居心地が悪い。


 完全に掃除用装備と言いたいような格好に、ガチだなぁとどこか他人事のように思いながら彼女と一緒に掃除を始める。


「この惨状で今までどうしたのですか? 多分ですがハウスキーパーの方に甘えてたとは思いますが」

「……仰るとおり」

「見れば分かります。普段から掃除してればこんな事を言う必要ないですのに」


 反論しようも文乃の言うことが当たっているし、正論でしかないので俺は何も言えない。


「とりあえず最初は服からですね、というかこの服……新品ですよね、どうして床に?」

「袋から出して放置してた」

「そういえば兄様は昔は服に無頓着でしたよね、何故こんなに買ってるのですか?」

「友人に着せ替え人形にされたんだ。それで似合うから買った方がいいって言われて買った」


 あの時は酷かった。せっかくなんだし、夏用の服を買おうぜって友人二人に連れられて着せ替え人形になること二~三時間。生きた心地はしなかったし、何よりほぼ初めての経験で何をすればいいか分からぬままに服を買っていた。

 バイトしているからなんとかなったものの、それがなければ即死もの。


「確かに似合いそうではありますね、まあこれはタンスに閉まっときましょう。脱ぎかけの服も混じってますね、それは全部洗濯していいですか?」 

「……任せる」


 テキパキと人の服を洗濯カゴに放り込んでいく妹の姿に、完全に立つ瀬ないと思った俺はそれだけ言って、雑誌と漫画をまとめ始めた。

 俺は雑誌は買うが、集めているという人間ではないので、漫画以外は基本は捨てる。

 だから雑誌だけをまずは集めて麻紐で縛る。

 漫画は一度触ってしまえば、読んでしまう可能性があるので後回し。

そんな時だった。不意に思い出したんだが、この部屋には、定期的に確認する為に置いてある原作知識をまとめたノートがあるのだ。


「……何処だ?」


 結構大切にしていたが、定期的に読み散らかしているので何処にあるか分からない。これが見られてしまえば、色々不味いし一刻も早く見つけなければやばい。


「なんですかこれ……原作ノート」


 で、その瞬間の事。 

 文乃が不思議そうな顔で一冊のノートを手に取って、その題名を読み上げた。


「ちょ、文乃⁉ それだけは見るな!」


 これを見られるのだけは許しちゃいけないので、俺は柄にもなく取り乱した。すぐに彼女の元に移動して、その手からノートを奪う。


「兄様、それ何なんですか? 字的に小学生の頃の兄様の字ですが」

「なんで知ってる? じゃなくて、マジで気にしないでくれ俺の黒歴史だから」


 とりあえずここはそれっぽい言い訳をするしかない。

 どうする? 考えろ、いやマジで……くっ、こうなったら恥が増えるがこう言うしか。


「これは、小学校の時に考えた小説の設定ノートだからマジで見ないでくれ」

「兄様そういうの書くんですか?」

「書かないが、考えるぐらいいいだろ」

「ふふ、そうですか兄様にも可愛い時期があったのですね」


 どういう意味だよ。とツッコみたかったが、自分で蒔いた種だし、何も言えない。ここは大人しくそういうことにしておいて片付けを進めよう。


「服は終わりました。次は段ボールですね。そうだ兄様、知っていると思いますが段ボールは資源ゴミです。綺麗に潰してください」

「……まじか」


 知らなかったと思いながらも、言われたとおり伝票やガムテープを剥がして一纏めにする。大きさを揃える必要もあると言われたので、ちゃんとする。


「文乃……助かる」

「言ってる暇があったらどんどん片付けてください、やるなら徹底的に綺麗にしますよ」

「イエスマム」

「いつから私は兄様の上官に?」

「いま?」

「冗談を言ってる暇があるなら片付けてください」

「すまん」


 ちょっとふざけながらも、掃除は順調に進み、四時になる頃には床に足場が出来ていた。多分俺一人だったら終わらなかっただろうし、本当にありがたいと思いながらも今日はとりあえず、腕によりをかけて料理を作ろうと決めた。

 せっかくここまでやってくれたのだが、何かお礼はしたいし……。 

 とりあえず掃除機を使いながら献立でも考えるていると、ふと文乃の姿がないことに気付いた。

 何しているのだろうと気になって、少し探してみれば洗濯機の前に彼女の姿を見つける。

 あぁ、洗濯してくるんだろうと思って少し様子を見て気付いたのだが、妹は何故か服を持って固まっていた。


「臭かったか?」


 結構、放置していたし匂いが気になるのは分かる。


「いえ、気になりはしませんね」

「それならいいが……あ、文乃結構やってくれたし、疲れたのなら休めよ」


 俺としてはもう十分やってくれたし、あとの事なら俺でも出来そうなのでそう言う。


「いえ、せっかくなのでもうちょっとやりますよ。せっかく父様達が預けてくれた家ですので汚れてるのは嫌です」

「それもそうだな、せっかくだし全部やっておくか」


 そう言って掃除は再開。

 掃除機をかけたり、窓をふいたりと色々やって六時を回る頃には家の一階は綺麗になっていた。確かちゃんと始めたのは午後一時ぐらいからなので丁度五時間ほど片付けていた。かなり頑張ったし、これで親にも顔向けできるだろう。

 何よりハウスキーパーをやってくれている友人も驚くだろうな。

 床にはゴミ一つなく、最初の異界はもう見えない。段ボールは全部集めたし、何より弁当やカップ麺の残骸の姿は見えない、そして落ちていた雑誌類はまとめ、漫画も本棚に。

 完璧な状態に改めて文乃に対する感謝が溢れてくるが、俺はまだやることがあるのでもうひと頑張りだと自分を鼓舞した。


「そうだ兄様、買い出しに行きますよ」

「いや、それなら俺一人で行ってくる」

「駄目です。せっかくなんですから、一緒に行きますよ」


 昔の記憶に加えて原作知識で分かるが、文乃はこうなったら頑固だ。

 意地でも自分のやりたいことを押し通すし、基本的に正しいから断ることが出来ない。


「それとちょっと待っててください。少しシャワーを浴びてきますので」

「……浴びる必要あるか?」

「汚いままで外に出るのは嫌です」

「……それもそうか」


 俺としては、本当に緊張するから止めて欲しいんだが、そんな理由で浴びるなとも言えないし、このまま少し待つのが吉だろう。

 ……妹を見送った後、俺は一度自室に戻った。

 平常心を保ちながらもその手には原作ノート。

 耳を澄ませば心臓の音が聞こえてきそうだが、それでもなんとか深呼吸して、


「……はぁー、ボロ出てないよな?」


 大きく息を吐いた。うるさいほどに鼓動する心臓、熱くなっていく顔。

 声に出して改めて思うが、緊張しすぎてどうにかなりそうだ。

 だってよく考えて欲しい。文乃は前世からの推しであり、久しぶりに会ったせいで余計に美人に見えるっていうか、実物を見た感動とか諸々で色々情緒がバグりそう。


「とりあえず、こういう時は原作ノートを確認して、冷静にならないと」


 とりあえず、さっき閉まったばかりの新品の服に着替えて出かける準備を――いや、その前に原作ノートか?

 やばい分からん。俺は今、何をすればいいのだ?

 とにかく落ち着かないといけない事は分かるが、何をすればいいか現状分からない。というか、推しが今下でシャワーを浴びていると考えると気が休まらない。


「落ち着け、落ち着くんだ如月燐。お前は今まで頑張ってきたんだろう?」


 自分でそう口にして、なんとか平常心を保つ。

 俺は今まで学校だけだが、完璧を演じてきた。それもこれも完璧を嫌う彼女に嫌われるためであり、壁になるためにやってきたのだ。

 それが彼女に会っただけで崩れるなんて事は、あってはいけない。


「よし、なんとか落ち着いた」


 それに、そろそろ彼女がシャワーを浴び終わっているだろうし、一度リビングに戻った方がいいだろう。

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