ラブコメ漫画の悪役義兄に転生してしまった俺が、天使な妹に幸せにされるまで

鬼怒藍落

第一章:妹襲来一人暮らしの終わり

第1話:同居生活のスタート

 想像してみよう。今君は、自分の好きな漫画を読んでいて、その場面が自分の好きなヒロインが主人公に告白するところであると……。

 これは、そんな一シーン。

 とある漫画の定番イベントだ。

 場所は学校、時刻は夕暮れ――まぁ、言ってしまえばテンプレである。

 ラブコメの王道であるヒロインによる告白。そのシーンに向ける感情は、個人によって違うだろうが、その多くはどれだけそのヒロインに嵌まっていたかで変わるだろう。


 そして今読んでいる読者である君は、このシーンの主役である彼女に恋をしていると言ってもいいほどであり、この山場と言える場面にとても緊張して臨んでいた。

 白髪の髪に深紅の瞳、スタイルのいい彼女は主人公を前にしてゆっくりと口を開く。


『……貴方が好きです。どうか、私と付き合ってくれませんか?』


 台詞としてはそんなもの、誰もが一度は考える王道であり、とても強い言葉。取り繕う事もせず、ただ純粋に自分の思いを告げる必殺技。 

 ――だけど、読者である君は知っている。

 主人公には別の想い人がいることを、目の前の彼がとてもその相手を慕い心の底から愛している事を。


『嬉しいよ文乃さん、でも俺は――』


 その時点で彼女、如月文乃は察していただろう。

 自分に対する返事に。

 そもそもこれは駄目元の告白。察しのいい彼女は、彼の想い人には気付いていた。だけど、気付いた上で告白したのだ。


『はい分かってます。でも貴方が好きです。大好きでした……だからこそ、これはケジメなんです』


 断られていると分かっても彼女は強かった。

 断られても在り方を崩さず、本当に好きだった彼に対してそう言って心を押し殺しその場は解散となったのだ。

 推しが負ける。分かっていた結末だが、それを見た読者は何を思うか?

 認めない、それともこの結末を見られてよかった? もしくは、主人公に対してなんでだと言いたくなる。まぁそれは分からないが……少なくとも、今の君は、彼女の幸せを願って読んでいた君は――。


――――――

――――

――



 七月下旬、即ち夏休み。

 定期考査も終わり、特に補習などがなかった俺は天国のような夏休みを迎え今日も一日を無下に過ごしてだらだらするはずだった。

 そう……だったのである。


「母さん、まじで言ってるのか?」

『本気よー、お父さんと一緒にアメリカから別の国に行く事になったから文乃ちゃんをそっちに預けるの』


 一人暮らしを満喫する中でかかってきたその電話、もうちょっと詳しく聞けば仕事の都合でまた別の国に行く事になったから、妹である文乃を日本に帰すとの事。


「あいつに許可は?」

『勿論取ったわ』

「ジーザス」

『いつからあなたは神を信じるようになったのかしら?』 


 本来なら俺も海外に行く予定だったが、小学校からの友達とかと離れたくなかったのと、何より一人暮らしに憧れていたから中学生の頃日本に残った。

 そして、久しく経験してなかった一人暮らしを満喫していたのにと思いを込めてそう言ってみれば、母親から厳しい言葉が返ってきた。


「でも確か原作を考えるとこの時期だったか……」


 時期を考えれば、文乃がこっちに帰ってくるのは当たり前で、むしろ忘れていた俺が悪い。

 頭にある原作知識とこのイベントを照らし合わせながらも反省する。 


『何か言ったかしら?』

「なんでも、とにかく拒否権はないんだろ?」

『当たり前じゃない、嫌なのかしら?』

「嫌じゃないが、あいつ確か俺の事嫌ってるだろ」


 妹……文乃と離れて暮らすようになったのは三年前つまりは中学が始まってからだ。それまでの関係を言えば、かなり最悪――家でもあまり話さないし、何より会話をしても最低限、好かれる要素が見つからない。


 俺としては別にいいが、そんな関係の兄と一緒に暮らせと言われる妹が不憫でならない。


『はぁ……まだそんな事を言ってるのかしら? いい加減その勘違いを直しなさい』 

「勘違いってなんだよ、俺は嫌われてる――」


 だろ……とそう続けようとした時だった。

 不意にガチャリと家の鍵が開き、誰かが入ってきたのだ。


「……なあ母さん、文乃っていつ来るんだ?」

『そんなの今日よ、時間的にももう着くんじゃないかしら?』

「――了解」


 まじでふざけんなよ。 

 心の準備も何も出来てないし、せめてそれなら数日前には伝えろよ。

 そう思ってしまうのは仕方ないだろう。だって来るって分かっていたら、掃除ぐらいしてたしカップ麺のゴミだって片付けたといたのに。


「とりあえず迎えるから切るわ、というか荷物とかどうすんだよ」

『今日中に届くはずよー』

「……次からもっと早く教えてくれ母さん」


 最早何も言うまい。

 そんな事を思いながらも、俺は電話を切り玄関に向かう事にした。


「久しぶりですね……兄様」


 彼女を見た瞬間、思わず息を呑んだ。言おうと用意していた「久しぶり」の言葉も吹き飛び、口がうまく動かない。

 玄関にいたのは腰まである純白の髪をした宝玉の様な深紅の瞳を持つ、原作通りの美少女。


 白いワンピースを着た彼女は、不気味なまでに整った顔に何の表情も灯さぬままに俺に挨拶してきた。小学生ぶりの変わらない彼女の様子に相変わらずとも思ったが俺も俺で、淡泊に返事する。


「まぁ、久しぶりだな。今日からよろしく頼む」


 何よりもボロを出さないように、そして悟られないように淡泊に。


「そうですねよろしくお願いします」


 会話としては昔と同じで最低限、別れた時と殆ど変わらぬ態度にあの時の再現とでも思ったが、彼女はこういう性格なので仕方ないと割り切った。

 俺も俺で、嫌われているから極力話さないようにしていたし、これが多分妥当なやり取りなのだろう。 


「そうだ文乃、前と同じになるがお前が嫌なら俺は基本干渉はしない。家族と言っても俺達は義兄妹なんだしな」


 これを伝えておくのは大事なのだ。


「今まで通りですね」

「あぁ、三年離れとはいえ今まで通りだ。とりあえず今は部屋で休めよな、どうせ疲れてるだろお前」

「特に疲れてはいませんが、部屋には戻らせてもらいます」

「了解だ。今日の飯は俺が作るからあとはゆっくりしててくれ」

「……そうですか、というか作れるんですか?」


 ……これでも俺は三年間一人暮らしを経験したのだ。元々家族四人で暮らしていたときもたまに飯を作っていたし、最低限は作れる。


「期待はすんなよ」

「逆にすると思います?」

「はは、それもそうだな」


 険悪な雰囲気だが、これも慣れたものだ。

 先に語るが、俺は転生者だ。

 しかも転生先は自分の好きなラブコメ漫画。

 タイトルは【四大天使の鎖の先に】と言うモノで、今時珍しいハーレム系のラブコメ漫画。あまりそういうのを読んでいなかった俺は何故かドハマりしたのを今も覚えている。


 転生したきっかけは分からないし、なんで自分が……という問いは何度したか分からないが、ただ一つ分かることは、俺が負けヒロインの悪役義兄になってしまったというだけだ。


 そこで俺は誓った。二度目の人生だ前世では見れなかった結末を見てしまおうと、だからこそ俺は原作主人公と推しである妹の文乃をくっつけて最高のハッピーエンドを彼女に迎えて貰うと。


 その為に俺が目指すのは原作以上に完璧な嫌な奴。即ち嫌われる義兄だ。

 当然と言えば当然だが、嫌な奴がいれば主人公が映えるだろう。それに、俺を倒せる程に成長すれば主人公と見事結ばれるはず。


 俺の今世での現時点での立ち位置は、なんでも出来てしまう完璧な兄。

 文武両道才色兼備……と、自分で言うのは恥ずかしいが、原作で悪役だった俺の今世のスペックは鬼ほど高い。


 原作を読んだ事があるから知っているが、文乃は完璧を嫌う。

 理由としては色々あるが、それは今は割愛しておいて……とにかく何よりも大事なのはちゃんと嫌われているという事なのだ。

 だって、あの態度を思い返してみろ? どう考えても嫌われているだろう!

 転生して前世の記憶が戻って苦節十年、ここまで来るのにどれだけ心を削ったか……だって文乃は推しだし。

 嫌われるのはつらいのだが、それも彼女にハッピーエンドを迎えて貰うためなのだ。


「目指すは文乃の幸せだ。その為なら俺はなんだってしてやるよ」


 改めて口にして決意する。

 二度目の人生、目的もなかったが彼女のおかげで生きる意味が出来たのだ。

 その恩返しをする為なら――。

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