第27話 騎士は頭を抱える


 大公殿下と一足先に侍女殿が居る部屋へと戻った時のことだった。侍女殿を自分の離宮の客間まで運んでほしいと頼まれたのだ。彼女は一度目覚めたらしいが、安定剤を飲ませてもう一度休ませる意味で眠らせたのだと医官から聞かされた。

 背中と膝裏に腕を入れ、ゆっくりと彼女を抱き上げる。華奢なように見えるがしっかりと筋肉の付いたしなやかな身体付きだった。羽のように軽いとは言わないが、俺には非常に好ましく思えた。


 客間についてそっと寝かせると、大公殿下は慈愛に満ちた表情で侍女殿の頬を撫でている。

「殿下は侍女殿を可愛がっておられるのですね」

「ああ、本当の侍女にしようとしたこともあったんだがな」

「だったら専任になされば良いのでは?」

「ジャン=リュックに断られたんだ」


 はあ。今になって思ったが、殿下と子爵と宰相閣下の三人はどうやら昔馴染みでお互い言いたい放題出来るようだ。なんとなく不思議な関係だなとも思う。


「……オーブリーはシア嬢と結婚したいと言いましたね。そして彼女を女王にすると」

「そうだな。あんなことを考えているとは私も気付かなかった」

「何をどうしたら女王、なんてことになるんですか?」


 今日一番の疑問をぶつけてみた。返事が返ってくるかどうかは半々だと思っていた。

 殿下はこちらを見た。穴の開くほど俺の顔を見ていた。そうしておもむろに、侍女殿の耳元に手をやり、ピアスを外したのだった。


 顕わになったのは、殿下と同じ、見事な白金プラチナの艶やかな髪の色。

 俺は息を呑んだ。王家の色だ。では侍女殿はいったい……?


「――ま、こういうことだ。フェリクスはこの認識阻害機能付きのピアスの聖石を交換する技術者だった。だから女王なんて突拍子もないことを思い付いたんだろう」

「殿下! ユーグにはこのことは内緒でと言ってませんでしたか!」

 ちょうど扉を開けて入ってきたのは、慌てた宰相閣下とプロスト子爵だった。


「マルゴワール、しかしだな、シアには我々の他にも護ってやる人間が必要だ。我々も歳を取った。死んだらこの娘はどうなる? フェリクスのように良からぬことを考えるやつも出てくるかもしれんだろう」

「しかし……」


 俺は混乱していた。彼女を女王に仕立てようとすると、現王と王太子殿下とリシャール殿下の三人を害さねばならない。そんな大それたことを彼は考えていたのか。


「フェリクスは、シアのことを陛下の不義の娘だと思っていたのだろうな。第一王子のロベールよりも一つ年上だから、シアの方が王位継承権が優位だと考えたのかもしれん。愚かなことだ」

「亡くなられた兄王殿下の娘だと思ったのかもしれませんよ。ほら、兄王殿下と王妃殿下の娘だとか」しれっと事も無げに不敬極まる発言をしたのは、子爵だった。彼は笑みを浮かべていた。「実際このはそう思っているようですけどね」


 それを聞いて大公殿下は苦笑いされている。

 俺は、何も言えなかった。言える立場にはないと思った。これは墓場まで持っていくシロモノだと、背中を冷や汗が伝った。


「どっちにせよ、フェリクスには渡せない。私の大事な娘なのだからな」

 優しい笑みを浮かべて寝ている侍女殿の額にキスを落として抱き締める。こんな柔らかな大公殿下を見るのは初めてだった。その時もう一つの可能性に思い当たった。


 まさか、もしや、本当に大公殿下の実の娘……?


「ユージェニー、もうこの娘に真実を話せば、……」

「言うな、レオポルド。言わないと誓っただろう? ……お茶を淹れてくれないか、美味しいやつを頼む。ああ、ユーグ、お前も飲んでいけ」

「は、はあ」

「それからな、此度の報奨として縁談を受けてくれ」

「は、はああ?」


 それこそ混乱の極みに陥っていたが、これだけは伝えねばならない。意を決して侍女殿への想いを口にした。


「俺は、殿下、……シア嬢を好ましく思っています。ですから、縁談と仰るなら彼女と結婚させてください」

「こんな面倒くさい立場にいるんだぞ? お前も一生秘密を抱えることになるが良いのか」

「俺は彼女がいい。共に生きたいのです」


 大公殿下は俺を見て言った。考えておこう、とそれだけを。


 ◆


 フェリクス・オーブリーは例の忌々しい聖道具を使って記憶を無くさせた上、遠く北の辺境にある鉱山での重労働が課せられることになった。効き目は短時間と聞いていたが、俺には本当のことは分からない。もしかすると、記憶操作も可能なのかもしれない。


 こういう時、下手に拷問もしないで情報が引き出せる便利さはあるが、外道な道具だとしてアジーラの許可を取り、粉々に砕かれた。アジーラでもこの手の精神を操る物は門外不出として封印し、国外には出さないと誓約を交わすという。

 これからはアジーラも開かれた国となるべく努力を重ねたいという。技術提携も勿論だが、我が国には豊富な食料を輸入したいという申し出があった。島国なので食料自給率を上げようにも簡単にはいかなかったらしい。これからは助け合える関係を築けたら良いだろう。


 エリーザ様は無事にリシャール殿下と婚約されて、婚姻の準備とそれを縫っての逢瀬を楽しまれている。今まで辛い思いをされて来た公女殿下には幸せになっていただきたいと思う。


 オーブリーの一件が片付き、俺はすっかり日常業務に戻っていた。あれから大公殿下の縁談とやらがどうなったのか分からない。こちらから聞くのも怖い。あれだけはっきりと侍女殿への想いを口にしたのだから、彼女との縁談を考えてもらえるはずだと思うのだが、いったいどうなっているのだろうか。そんな思いを巡らせていると、ケヴィン隊長から話があると呼び出しを受けた。


「ユーグ、入り給えよ」

 隊長の執務室をノックするとすぐに扉が開かれた。失礼しますと入るとそこには、ケヴィン隊長のみならず、父デュトワ侯爵と近衛騎士団団長の姿もあった。

 いったい何事かと不審に思っていると、父がおもむろに話し始めた。


「ユーグ、お前に大公殿下から直々に縁談を頂いた。三ヶ月後に婚姻式だ」

「えっ? 待ってください、それは」

「お前に拒否権は無い。済まないな」

「ユーグ、殿下からの有り難いお話だ、断るのは無理だな」

「いや、その、俺は」

「お相手は、プロスト子爵家のレティシアーネ嬢だ。王宮内の図書室で司書事務官をやっている優秀な女性だと聞く。お前の相手として不足は無いだろう」


 待ってくれ、司書違いだ、そう叫びたかったが、察知したらしい父に睨まれた。団長も隊長もにやにやしている。良かったな、などと肩を叩かれたが、ちっとも良く無いだろう!


「それからユーグ、お前に宰相閣下から任務だ。近くリシャール殿下とエリーザ様がペランの街へ行かれるので、護衛を頼みたいそうだ。ついでにあちこち見て回りたいそうだから、戻れるのは婚姻式まで無理かもな」


 や、待ってください、という俺をガン無視して、三人で良かった良かったと何やら盛り上がっている。


 俺は、シア嬢と、結婚したいと言ったのに、どうしてこうなった? いったいどうすればいいんだ?!

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