第26話 子爵は質問を繰り返す


 ぶーんと微かな起動音がした後、オーブリーに向けられた筒から白い光が放たれた。頭を固定された彼は、一瞬瞳を見開いた。どこを見ているのか良く分からない眼つきに変わる。


「さて、フェリクス。君は西の国に留学している間にアジーラの人間と接触したのか」

「――はい、何度も会いました」

「そいつの名前を言いなさい」

「――名前は分からない。教えてくれなかった。ただ、父親だと言った」

「何を言われたのかね」

「――君は私の子どもだと。イヤーカフを用意してプレゼントしたのは父親である私だと。永らく放っておいて悪かった、君が私の願いを聞いてくれるなら、アジーラへの滞在許可証を用意しようと言われました」

「願いとは何だ?」

「――不義の子であるエーデルシュタイン公国の第三公女を消してほしいと」

「何故だね。エリーザ様もお前も同じ立場ではないのかね」

「第三公女は女で役に立たないからだと言いました。俺は腕の立つ技術者だから、息子と認めるのだと」


 さっきまでの反抗的な目はどうしたのかと言いたいほどにプロスト子爵の質問に素直に答えるオーブリーを見ているとうすら寒く感じた。なんて力なんだ。こんなもの、絶対に無い方がいい。だが、子爵は無情なまでに淡々とオーブリーに質問を投げ掛けていった。


「それで、お前は勝手に国境まで出向いたんだな。何を持って行ったんだ?」

「――<図書館>の倉庫にあった『ガイスター』を持ち出して、王都でチョコレートを買い薬物を混入した。それからドレスも用意して箱の中に『ガイスター』やチョコレート、それから爆弾やナイフを一緒に入れて料理人のブノアとアベルに合流した。彼らは何の疑問を持たずに一緒にペランまで旅した」

「それで、ペランで何をした」

「――シアに会った。彼女はいつもよりも活き活きとしていた。シアが第三公女を護っているから簡単には暗殺なんて出来ないと思った。持って行ったチョコレートを使って護衛の動きを確かめようとした。その時、近衛騎士のデュトワが目障りだと思った」

「どうしてデュトワ卿が目障りなんだ?」

「――見ただけでも強さが分かった。それに、シアに近付き過ぎていた」

「それからどうした」

「――アベルを『ガイスター』で操ってシアに向かってナイフを投げさせた。シアなら難無く逃げられると思ったし、あわよくばシアを庇ってデュトワに刺さればいいと思った」

「なるほど。だったら宿の爆破は?」

「――ブノアを使ってデュトワの部屋を狙った。ついでに第三公女も一緒に死ねばいいと思った。シアが食堂から出て行くのを確認してから爆破させた」

「エリーザ様など、お前ならどうにでも出来ただろうに」

「――だが、シアが側についていたから難しかった。それにシアの任務を失敗させるには忍びないと思った」

「シアに求婚でもしたのか?」

「――デュトワが邪魔して出来なかった。シアに嫌われたくない。こんなにも想っているのに。時間を掛けてシアの信用を勝ち取ってきたのに。シアは俺のものなのに。どうしてデュトワは、……」


 虚ろだったオーブリーの瞳が揺らいだ。侍女殿への想いはどうやら本物みたいだ。それにしてもこの俺の存在が彼女を危険に晒していたのか。


「なんだ、デュトワ卿に言いたいことがあれば言ってみろ」

「――シアを渡したくない。俺がシアと結婚して、彼女を王位に据えてやるんだ。シアは女王になるんだ」


 はあああ……っ? 意味が分からず、オーブリーの言葉に混乱する。だが、質問をする子爵も大公殿下も勿論宰相閣下やその場に居た他の人間は、驚きもしないし笑いもしなかった。


「それはお前には過ぎた野望だな。アジーラの父親に担がれたのか?」

 黙って聞いていた大公殿下が質問を飛ばした。

「――シアの秘密は父には話していない。だが俺が王配になったらきっと喜んでくれる。この国を好きに出来るし、アジーラへも行けると思った」


 妙な沈黙が部屋に降りた。俺には理解が出来ないことだった。エリーザ様の護衛に就いていた時のことは分かった。だが侍女殿の秘密とはいったい? 女王に据えるとかいったい何だ? 


「ユーグ、こうなったらお前にも説明が必要だが、ちょっと待ってくれないか」

 大公殿下がこちらを済まなそうに見た。


「フェリクス、お前には失望した。私はお前を確かに信用していたし、お前の技術力を買っていたんだ。シアを好ましく思っているのは分かっていたが、独り善がりなお前の気持ちは理解出来んし、お前を信用していたシアの気持ちはどうなる。お前は身勝手過ぎた。シアは表舞台に立つことを全く望んでいない。あのは自分を祭り上げられることなく普通に生きていきたいとそう願っているのだ」


 大公殿下はオーブリーを真っ直ぐに見据えてはっきりと言い放った。


「お前にシアは任せられない。例えシアが望んだとしても、お前にはシアはやらない。絶対に」


 オーブリーの瞳が揺れて涙が一筋流れた。シア、と小さく呟いて項垂れた。


「ジャン=リュック、こいつを黙らせてくれ。もう聞きたくない」

「承知しました。――《フェリクス、こちらが良いというまで話さないように》」


 再び『ガイスター』をオーブリーに向けて光を放った。そうでなくとももう、話す気力は無さそうだった。


 ◆


 オーブリーを尋問した後に、あれを尋問と言っていいのだろうか疑問だが、大公殿下がいの一番にしたことは、陛下の許可を取り、アジーラへ直接連絡を入れることだった。アジーラへの唯一の窓口である『テルフ』で向こうの担当者と話をすると、意外なことに今までのことはいったい何だったのかと思うほどに友好的な態度だったという。


「どうやらアジーラもいろいろ問題が噴出していて、政権交代が起こったらしい」とは、宰相閣下の言だ。


 オーブリーの父親のことは別件でも問題となっており、オーブリーの一件もあちらに伝わっていた。その人物は今回の政権交代で失脚したようで、気の良さそうな担当者は平謝りに謝ったそうだ。血の掟、は既に形骸化していて、だが一部の保守派は忠実に守っているのだとも言っていた。その中でも奔放な人間がいたようで、鉱山の調査に出掛けた折に自分の立場を利用して子種を撒いてまわったという。生まれた赤子は分かりやすく大抵ヘテロクロミアだ。気まぐれに気にかけてオーブリーのように手駒として利用しようとしていたとのこと。はっきり言ってクズ男だ。


 そうそう上手く行くことも無かったと思われるが、アジーラへの移住をちらつかされてオーブリーはすっかり利用された。忌避された子ども時代から抜け出して、自らの力でのし上がり、留学までして国の機関へと任官を果たした。普通ならそれでも十分だっただろうが、彼はアジーラとの関係を望み、それ以上を目指した。それもこれも侍女殿に想いを寄せたからなのか。俺にはどうにも理解が出来なかった。それよりも、先日の大公殿下のお言葉に、頭を抱えていた。

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