第23話 騎士は夜会の警護に就く


 二日間の休暇の後、いつも通り近衛騎士団としての日常業務に戻った。朝からの訓練を済ませて第四隊の執務室に戻ると、国境へ行っている間の副隊長としての事務仕事が待っていた。


「いやあ、減らすように頑張ったんだけどなー」

 呑気に頭を掻いている鋼色の髪の大男は、済まなそうにしているが、それは見せかけだと分かっていた。机に座っての作業が苦手なのだ。やれば出来るくせに。はああ、と思い切り溜め息をついてやった。


「おかえりユーグ、お前の帰りを待ってたよ」

「俺は事務官じゃないんですよ」


 嬉しそうなのはこれで自分の鍛錬の時間が増えると喜んでいるのだ。俺にとって絶対勝てない相手、化け物その一はこの第四隊隊長ケヴィン・エルミートだった。


「ま、大公殿下からの任務が無事に終わって良かったな。それで、エリーザ様ってどんな方だ? もう社交界では噂で持ちきりだそうじゃないか」

「持ちきりって、まだ王都に入られて離宮に何日も経ってないのに、ですか。何の社交もしていないはずですが。ほとんど顔も知られてないでしょう?」

「そうだけど、皆気になってるんだよ。何せ第二王子殿下のお相手だろう? 狙っていたご令嬢方は気が気じゃないのさ」


 そういうことか。確かにリシャール殿下が今後王太子になる可能性だってあるのだから、正妻の座を狙う人も多いのだろう。ますます危険じゃないか。煩わしいことだ。


「とりあえず、離宮の警備に当たっている第三隊のモルガンが話が聞きたいと言ってたから、夕方でも訪ねてやってくれ」

「分かりました。今からこれを整理しますから、昼からの王城の見回りは任せましたよ」

「了解しましたっ! ユーグ殿!」


 そう茶化すとこちらが反撃する前にさっさと部屋を出ていってしまった。侍女殿の様子も知りたかったので、離宮に行く理由が出来るのは有り難い。彼女がどこに住んでいるのかさえも分からないのだ。会いたくても彼女を訪ねようがなかった俺は、何も知らないという事実に打ちのめされていた。


 ◆


 ひとりで部屋に籠もって書類をどうにかこうにか減らしていく。陽の光が柔らかくなり赤みがさしてくる頃には、半分ほどは片付いた。今日はもうここまでだ、と切り上げて離宮へ向かう。

 入り口付近で従僕を掴まえ、第三隊の副隊長モルガンを呼び出して貰った。エリーザ様の様子伺いをして警護の相談に乗ったあと、侍女殿のことを探ってみた。


「エリーザ様の侍女、か? あの見習いのコリンナという女の子じゃなくて?」

「もう一人、護衛を兼ねて就いてないか」

「後は大公殿下の侍女が二人ほどと、メイドが何人か就いているが、シアなんて名前じゃなかったな。それに護衛なら、一緒に隣国から来たというタルナート卿がべったりついてるぞ」

「彼ではなくて、その、……」


 彼女は機密事項の多い<図書館>の人間だ、俺が勝手に会えるような相手ではないということか。次に大公殿下に会えることがあれば、直談判してみようか。


「どうした? ユーグらしくないな」

「いや、いいんだ。エリーザ様がお健やかなら」


 エリーザ様は体調が整い次第、明日にでもリシャール殿下と対面することになっているらしい。感触が良ければさっそく十日後に予定されている歓迎の夜会にて、婚約発表になるのだそうだ。お立場をはっきりさせることは、御身を護る盾ともなる。あの可憐で愛くるしい方が幸せになれるよう、天を仰いで女神に祈りを捧げた。

 それにしても侍女殿は何処にいるのだろう。明日の茶会には呼ばれていないが、夜会には警備に駆り出されるだろう。その時に会えるだろうか。


 ◆


 あっという間にエリーザ様の為のレセプションパーティーが開催される当日となった。リシャール殿下との顔合わせのお茶会は大成功で、エリーザ様よりも殿下の方が乗り気になっていたと、その時警護の任に就いていたモルガンが教えてくれた。

 

 まあ分かる。迎えに行った俺たち近衛も辺境の騎士たちも皆、エリーザ様のふとした時に零れ落ちる笑顔には勝てないと思ったから。俺は侍女殿の隙無く鋭い視線で睨まれる方が楽しく思えるのだが。次は何処を狙ってくるのだろうか、なんて期待に満ちた思いで眺めていたとは、腹心のジョルジュにも言えない。


 第一隊第二隊はいつものように国王夫妻の周りで護衛をしている。会場の内外では第三隊第四隊で手分けして警備に当たることになっている。主だった高位貴族たちは勿論、王都に居るほとんどの貴族たちが顔を揃える大規模な夜会になっていた。今までの噂話を総合すると、特に忌避されることも無く、第二王子殿下のお相手として受け入れられているようだ。それでも妃殿下の座を狙っていたご令嬢やその親にしてみれば、誰にでも愛想を振りまいていた殿下を、ここへ来て突然隣国の公女にかっさらわれた格好になり、面白くない者もいるから要注意である。招待状の確認には面倒でも時間を掛けて行うようにとの指示が出ていた。


 ファンファーレが鳴り響き、王族方が入場される。王太子殿下とその婚約者、それから今日はドレス姿が艶やかな大公殿下のお姿も見える。最後に国王夫妻が入場されて、騒がしかったホールがしんと静まった。王のお言葉を賜る為である。ひとまず登城を労う言葉と国の繁栄を願い祝福を授けてから、改めてエリーザ様の紹介に移る。


「皆の者、隣国エーデルシュタイン公国からいらしたエリーザ・フォン・エーデルシュタイン第三公女殿下だ。此度、我が息子リシャールとの婚約が相整ったことを宣言する。どうか祝福してやってくれ」


 王族の出入り口の大きな扉が静かに開き、リシャール殿下がエリーザ様をエスコートしてホールへと足を踏み入れた。エリーザ様はこちらへ入国した時に外したはずの、頭全体を覆うような大きなヴェールを被られてた。周りからは口々にお二人を寿ぐような言葉が紡ぎ出されている。作りものでない満面の笑みを浮かべたリシャール殿下と、美しいふわふわした金髪がヴェールの下から見え隠れするエリーザ様の親しげなご様子にほうと感嘆の溜め息さえ聞こえてきた。確かにお似合いだ。だが、俺は何か違和感を覚えていた。


 ダンスの為の音楽が始まった。国王夫妻ではなく、ファーストダンスをリシャール殿下とエリーザ様が務めることになったらしい。軽やかにステップを踏むお二人に続き、王太子殿下が婚約者を連れてダンスを始める。それにしてもあのヴェールは邪魔ではないのか、などとつまらないことを考えていた。加えて昨今の夜会ではプリンセスラインのドレスが流行しているが、今宵はエンパイアラインの身体の線が分かりにくいドレスをお召しになっている。それにしても、エリーザ様の身体運びがどうにも気になる。あの方はもっと華奢なイメージだったし、運動を常にされている様子もなかった。なのに今のエリーザ様はどうだ、しっかりした体幹とどちらかというときちんと筋肉の付いた身体付きではないか。まるで侍女殿のような、……。あれはもしや侍女殿なのか?


「副隊長、どうされましたか」

「……いや、何でもない」


 隣に居たジョルジュが怪訝な顔をしている。俺が食い入るようにエリーザ様を見ていたからだろう。

「エリーザ様、お元気そうで良かったですね。離宮の警護をしている第三隊も姫様にメロメロらしいですよ」

 珍しくジョルジュが軽口を叩いた。


「お前もその口か」

「可愛らしい方だとは思いますけどね。タルナート卿が騎士の誓いを捧げたそうですし、今はもうリシャール殿下のお相手ですから、俺の出る幕はありません。こうして見ているだけで十分です。ところで副隊長はシア嬢に会えたんですか?」


 それには答えずに目を逸らしていると、王族専用の出入り口に立っていたタルナート卿がこちらに合図を送っているのに気が付いた。


「仕事だ、タルナート卿が呼んでる」

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