第21話 騎士たちは王都へ辿り着く


 再び馬車を先導しつつ走り始める。もう王都は目と鼻の先だ、そろそろ境界に建つ城門が見えてくる頃合いだ。

 エリーザ様とコリンナは激しく動く馬車の中でも、すっかり寝入っていた。よほど緊張されていたのだろう、暫しの休息をお取りいただきたい。


 城門を守る兵士に王宮への、正確には大公殿下のお住まいである離宮への先触れを願い出た。薄っすら空が白み始めるような時間にご迷惑だろうが、そんなことは言ってはいられない。合図を出して、石畳に変わった路上をゆっくりと歩を進めた。正面入り口ではなく、離宮の裏口から入れるように手配済みだ。早朝なので煩わしい人間もいないだろうことが有難く思えた。


 離宮の車寄せに馬車を乗り入れる。タルナート卿、それからジョルジュ以外には、近衛の宿舎にて待機するように申し付けた。ついでに馬の世話を頼んでいると、入口の大きな扉が静かに開いた。そこには既に大公殿下は勿論のこと、マルゴワール宰相閣下とプロスト子爵も待ち構えていて驚いた。


「ユーグ、ご苦労だったね。何やら大変だったそうじゃないか」

「朝早くに申し訳ございません、大公殿下、並びに宰相閣下。この通り無事にエーデルシュタイン公国のエリーザ様をお連れいたしました」

 タルナート卿がエスコートするべく、馬車の扉を開いた。中から寝起きで疲れた様子のエリーザ様が出ていらした。


「エリーザ公女殿下、私がヴァイセブルク王国ユージェニー・ノエラ・ヴォルテーヌだ、前に何度かお会いしましたね。ようこそ、我がヴァイセブルクへ」

「覚えております。私がエーデルシュタイン公国第三公女エリーザ・フォン・エーデルシュタインです。こんなみっともない姿でお恥ずかしいです」


 そう言いつつ小さくなり俯かれた。何もお気になさるな、と殿下はいつもの磊落な笑顔を見せて、エリーザ様を労った。

「殿下、こちらが侍女のコリンナと、護衛騎士のタルナート卿です」


 二人して神妙な顔つきで深々と挨拶をした。お互いの簡単な挨拶が終わり、いったん部屋で休息を取っていただくこととなった。この離宮には、近衛の第三隊が常駐している。彼らに任せておけば大丈夫だ。安心してゆっくりしていただこう。


 離宮専任の女官長や殿下の執事なども出てきて対応しているのをぼんやりと見送った。これで俺の任務も一区切りだ。諸々の申し送りなども必要だが、馬に乗りっぱなしでとにかく疲労が激しい。しかし、報告せねばならないことがある。


「殿下、閣下、子爵も、内密に話の出来るところはありますか」

「分かった。彼も連れてくると良い」


 殿下がタルナート卿に視線を向けた。ではいつもの部屋で、と知った顔の侍従が先導してくれる。

「リシャールにも声をかけたんだがな、やはりや来なかったな」などと呟く殿下の声が妙にのんびりしていて、それは却って焦燥感を誘った。


 ◆


「それで、シアはどうした」

 扉に鍵が掛けられた途端、開口一番大公殿下がお尋ねになられた。話に聞いてはいたが、侍女殿をよほど可愛がっているらしい。


「順を追ってお話しします」

 俺とジョルジュが交互に話をする。国境の街での様子やエーデルシュタインの宰相のこと、あちらと交わした誓約式、もちろん毒物混入の一件から侍女殿がナイフで襲われたこと、そして宿屋での爆発……。


「後始末は辺境のライナッツ卿に任せてとにかく王都へ急ぐことになったのです。シア嬢はコリンナを救助してからきっと、彼と連携していると思われます」

「私がお会い時には、シア嬢はコリンナを救い出した直後のようでした。水を被って寒さに震えながらもしっかりした声で、私にコリンナを託されたのです」


 話の相手は三人とも押し黙って聞いていた。我々が話し終わっても質問すら挟まず、静かなものだ。何故だろうか、その様子には明らかに異様さが混じっていた。

 誰も何も言わないままの状態で、外の空は明るくなってきたというのに、空気が凍ったようだった。施錠する前に置かれたお茶に口付ける。お茶とは砂糖を加えていないのに、こんなにも甘さの感じるものだっただろうか。よくよく考えれば、爆発音を聞く前に食事を済ませたきり、水すらも口にしていなかったことに思い至った。


 肩口で切り揃えた美しい白金プラチナの髪をぐしゃりと掻き揚げ、ふうと長いため息を吐き出して、大公殿下がようやく口を開いた。

「―――今の話でおかしなところがある。いや、いろいろ思うところがあるのだが、一番おかしいのは、フェリクス・オーブリーだ」

 はっ? 俺は思わず、ジョルジュとタルナート卿と顔を見合わせた。意味が分からない。


「私たちは彼に、料理人の案内をしろなどという命令を出していない。だから、彼は勝手な行動に出たことになる。それに私は料理人のアベルにシア宛ての手紙は託したが、ドレスなどは持たせてはいない。ドレスは王都に来たら手配すると手紙に書いたのだ」

「今、オーブリーは何処に居る? ジャン=リュック、お前は把握しているのか?」

 宰相閣下から親しげにジャン=リュックと呼ばれたプロスト子爵は憮然としていた。

「いいや、実はここしばらく姿を見とらん」


 背中を冷たいものが伝った。では彼は命令も受けずに勝手に国境のペランまで来たというのか? しかし侍女殿は普通に対応していた。だが当然のこととも言える、同僚なのだから。


「しかし。彼は確かに、料理人の二人と一緒に来た。‹司書›が出払っているからと案内と護衛を自分が買って出たんだと。殿下からの贈り物だと言ってドレスが三着入った箱を持って……」

 隣でジョルジュが頭を抱えた。何も不審なことは感じなかったのは俺も同じだ。だが次女殿は、どうして来たんだと思えば執拗に問い質していた。


「シアが戻ってくるのを待つしかないのか……」

「こちらから人を出しますか? 公女殿下滞在の宿を爆破しようなどと、由々しき問題です。近衛騎士団として調査を行うことも出来ます」

「マルゴワール、気持ちは分かるが今の状態で近衛を送ると却って相手を刺激するやもしれん。それにカンテ伯の騎士たちがいるなら任せても不足は無い。……シアはすぐに王都に向かうと言っていたか」

「……別れた時には、いつ戻るとは話してませんでした」

「あの娘は強いが、こちらの懸念する状況なら、拙いな。とにかくフェリクスのことは内密に願う。三人とも良く無事に公女殿下を連れて来てくれた。礼を言う」


 大公殿下はプロスト子爵と共に先に部屋を出ていかれた。残った宰相閣下から、部屋を用意するから身体を休めるようにとの労りの言葉を頂いた。


 疲れてはいるが落ち着いて休めそうにはなかった。オーブリーの思惑が分からない。オーブリーと侍女殿は今一緒なのだろうか。

「副隊長、……」

「何だ、ジョルジュ」

「副隊長は、その、シア嬢を」

「――ああ。そうだな、認めるよ。俺は彼女を好ましく思っている」

「だったら尚更、心配です。シア嬢は、オーブリー殿とは親しい間柄のようでしたし、……自分には、副隊長とシア嬢が二人で話しているのを見て、オーブリー殿に苛立ちが見えましたから」


 それを聞いてぞわりとしたものが背筋を這った。チョコレートの件はともかく、侍女殿を狙ったナイフは実は俺を狙っていたかもしれない。宿屋での爆発で狙われた部屋は俺が居る筈だった部屋だ。そう思い当たると居ても立っても居られなくなった。


「だが、彼女はオーブリーとは付き合っていないと否定していた。……お前の見立てが正しいとなると、彼にとって俺は、侍女殿に懸想する邪魔者だということか」

「可能性の一つです。オーブリー殿がどんな思いを抱えていたのか分かりませんが、副隊長を排除しようとしたとも見えなくはない」


 しかし、普通、恋路に邪魔だからといって爆発を起こしたりするか? 

 エリーザ様を消そうとしていたのではなくて、俺を?

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