第20話 騎士は侍女へと想いを馳せる
「必ず、王都で」と耳元で力強く叫ぶ。
「はい、王都で」と侍女殿が返したのを確かに聞いた。
彼女に託されたエリーザ様の警護をやり遂げなければ。その一心で王都までエリーザ様を乗せた馬車を護りながら街道を駆けた。この辺りは迷うことない一本道だ。幸い今夜は月が明るいので、走り易くて助かった。だが馬車をこれ以上酷使させる訳にはいかない。そのスピードにもどかしさをも覚えながら王都を目指す。
「副隊長! 後ろから追手が来ます!」
馬車の後方を護っていた部下から鋭い声が飛んできた。それを聞いて、ぴりりと緊張が走った。誰だ? 敵か味方か? しかし聞こえてきたのは覚えのある声だった。
「おおい、私だ、タルナートだ!」
「おお、タルナート卿か! 戻られたのか!」
交換式を終えていったん文官のマルクル殿と国へ戻ったタルナート卿だった。これは力強い味方だ、信頼に足る人物は有難い。
「はい、今度こそ姫様に騎士の誓いを捧げる為に舞い戻りました。それから、コリンナ殿もお連れしています」
見ると彼の背中にしがみ付く影が見える。あの時、三階に取り残されていたエリーザ様の侍女のコリンナだ。侍女殿が約束通り助け出したとみえる。本当に良かった。
約束違えず、危険な救助をやってのけた侍女殿を思うと、自分のことのように誇らしく胸が熱くなった。
スピードを落として馬車をいったん止めさせた。
「どうかしましたか」
不安に思われたのか、止まったとみるや否や、エリーザ様が顔を出した。
「姫様……っ!」
タルナート卿に馬から降ろされたコリンナがさっそく駆け寄って、エリーザ様に飛びついた。二人で互いの名を呼びながら、ひしと抱き合う。その様子を見て皆で頬を緩めた。だが、しかし。
「タルナート卿、侍女殿は? 彼女はどうした」
平常心を保てずに自分の声が苛ついているのが分かった。彼が悪いわけではないのは分かっているのだが抑えられない。
「デュトワ卿、シア嬢ならご無事だ、安心してくれ。コリンナを助けた後、先に彼女を姫様のところへ連れて行ってくれと私に託されたのだ」
後始末などあるだろうから、すぐには合流出来ないだろう。そう聞かされた。幸い怪我人などは出なかったようだが、彼女のことだ、中途半端に放っておけないに違いない、きっとライナッツ卿と連携しながら走り回っているのだろう。
軽く休憩を取りつつ、タルナート卿と話をする。そうは言っても彼もすぐにこちらへ来たとのことで、あの後どうなったのかはほぼ分からず仕舞いだった。
侍女殿とは王都での再会を約束した。またすぐに会えるはずだ。
◆
国の誉れある盾と謳われた将軍を父に持ち、迷いなく兄の後を追って騎士の道へと進んだ。幸い身体能力にも恵まれ、騎士学校を出て難無く近衛騎士団への入団を果たした。しかしそれからが地獄だった。兄相手にも剣術では負けないと自負していたが、所詮は狭い世界の中での話だったからだ。それはもう、化け物クラスの先輩がごろごろ居る中で、必死で食らいつき、毎日鍛錬に集中する日々だった。
近衛騎士団はほぼ貴族出身者で占められる元々がエリート集団だ。それぞれの隊では役割が違う。第一第二隊は国王夫妻に仕える為、実力も確かだがやはり見栄えが重視される。第三隊は主に王宮内の警護を任されていて、第四隊が実は一番実力を重んじられている精鋭部隊である。実際の荒事や時には諜報活動までその任務内容の幅は広く、宰相閣下からの信任も厚い。任務に依っては、潜入捜査を得意とする<図書館> と連携しての仕事も多い。その為、国政の一端を担っている王妹殿下、もとい大公殿下とも親しくさせて頂いている。
騎士になって七年、周囲の人間にも恵まれ、第四隊の副隊長となった。この若さで大したものだと皆は言うが、若さだけを評価してもらいたくない。地道に愚直にやってきたおかげだと考えている。実際騎士になってからずっと、仕事のことしか頭にない毎日だ。
それが副隊長になった途端、やたらと夜会への招待状が届き始め、縁談を持ち込まれることが増えた。侯爵家の爵位の継げない次男だが、副隊長という役職が付くと何やら箔が付いたらしい。それが煩わしくて仕方がなかった。女性に興味が無いわけではないが、見てくれだけで判断してくる人間は狙い下げだ。最低限俺を、俺自身を見て欲しいと願うようになっていた。流行りのドレスや宝石、それから醜い噂話、そんなものにしか興味の無い女性はつまらない。それが大それた願いなのだろうか? しかし心に響く女性にはなかなか出会えなかった。
どういう女が好みなんだ、と上司に問われ、咄嗟に対等に遣り合える人がいい、と答えた。途端、上司は渋い顔をした。お前と遣り合える女性など存在せんわ、と切り捨てられた。半分、分かっていて放った言葉だったから、その時は別に気にはならなかった。
そんな中、大公殿下に良く付き従っている女性に気が付いた。歩き方や体幹を見れば、何某か武芸を修めているのがわかった。聞けば<図書館> の<司書> だという。ならば、護衛として殿下と行動を共にしているということだ。あのドレスでどんなふうに戦うのだろうか、と少し興味を惹かれた。そんな現場を見るような事態には滅多にないだろうが、とそれは妙な残念感を伴う微かな思いだった。
だから、隣国の姫君を共に迎えに行って警護せよとの任務を言い渡された時には、知らず心が躍った。気が付けば無理を言って、前以っての手合わせを申し出ていた。彼女はシアと名乗り、俺の太刀筋を見切り、見事な動きを見せた。こちらも近衛騎士としての矜持がある。負けるわけにはいかないと、何度も立ち向かってくる彼女を躱し続けた。そうしてようやく背中から腕を回して首筋に剣先を突き付ける事が出来た。嘘では無い、近衛で副隊長を張っている俺でも『ようやく』だったのだ。
それはなかなかに衝撃的な出来事だった。確かに正攻法では無かったかもしれないが、この俺相手に対等に遣り合える女性がこの世に存在したのだ。それだけで心が打ち震えた。しかし後ろから抱き締めた格好になった時の彼女の、刹那、髪の色がふと切り替わり、ミステリアスな雰囲気を醸し出した。目の錯覚か、何だろう? すぐに放れざるを得なかったので確かめることも出来ないまま、手合わせは終わった。
彼女はまったく悔しそうな顔をしていたが、最大限の賛辞を捧げたくなって、淑女への騎士の
共に国境の街へと向かう。
その中で、自分でもおかしいと思うほどに事在る毎に彼女に構い続けた。面白く無さげに馬車に押し込まれている姿、楽しそうに馬を駆る様子、隣国の公子と会う為に黙って宿屋へ連れて行くと勘違いからか妙に緊張した面持ちを見せ、しかし見事なカーテシーを披露してくれた。
「――あの時の手合わせで、俺と戦う貴女は魅力的だった。だがあの姿をここでは見たくない」
そう言ったのは事実、本音だった。彼女は不本意そうだったが、この人は俺が護る、そう思ってしまったのだ。
彼女は真摯に任務に向き合い、俺や他の騎士たちともうまく連携して警護を懸命に勤めようとしていた。その姿にすっかり魅了されていた。腹心のジョルジュには妙に絡まれ、他の部下からは堅物の副隊長に何が、と揶揄われる羽目になったが、外野の声は聞こえない程に、彼女の一挙手一投足が気になっていたのだ。
そんな中、料理人の護衛と大公殿下からの贈り物を届けに来たという<図書館> のフェリクス・オーブリーがやってきた。侍女殿の同僚でかなり親しい仲に見えた。
毒物混入の一件のあった夜、彼女に会いに(断じて言うが仕事の一環だ)エリーザ様の部屋を訪ねると、オーブリーがするりと出てきた。ご丁寧に鍵まで掛けて密会でもしていたのか。醜い嫉妬心を抑えきれず、彼と付き合っているのかと咎める様に問い質してしまった。あたふたと否定する姿が妙に愛おしく、つい口付けを落とす。とうとう行動に出してしまった。そう思ったが後の祭りだった。彼女に見下げられるような事態にはなりたくない。自分を律して接すると心に決めた。そう思っていたのだが。
翌日の為休んでほしいと言った俺と、護衛から離れるわけにはいかないという彼女との言い合いの果て、「それとも、添い寝して差し上げましょうか」と言ってしまった後の彼女の反応はそれはもう見ものだった。普通のご令嬢ならば、平手打ちが飛んでくるところだろうが、彼女は違った。瞬間、股間と顎を狙ってきたのだ、それも的確に。良く捌けたものだと自分を称えたくなったほどに、素晴らしい反射だった。やられた。それはもう見事なまでに。この時俺は完全に彼女に堕ちていた。腕の中に囲い込んで甘やかしたい気持ちでいっぱいになった。実際いったん腕の中へと取り込んだが、理性を最大限働かせて、髪の先にキスをしただけで何とか解放したことを褒めてもらいたいものだ。
食堂で彼女がナイフで狙われた時は本当に焦った。だいたいエリーザ様ではなく侍女の彼女を狙う理由が分からなかったからだ。彼女を庇って上手く遣りおおせたつもりだったが、刃先が腕に中ってしまって思わぬ傷を負い、心配を掛けてしまった。とにかく安全を考えて早く王都へと向かうことになったが、まさか宿屋自体を爆発されるとまでは思っていなかった。まるで雑なやり方だ。何より爆破されたのは俺と部下に割り当てられた部屋だった。エリーザ様の部屋ではないのだ。あれはどういうことだったのか、やはり考えても分からない。
彼女が取り残されたコリンナを探しに行くと言って、迷いなく水を被り、炎上がる宿屋へと躊躇なく飛び込もうとするのを見たとき、この人には敵わない、と本気で思った。堪らなくなって思わず抱き締めた。ここで引き留めるのは間違っているのは理解していた。俺はエリーザ様を託されたのだ。彼女の信頼に応えたい。必ず無事にコリンナを連れ出してくれると信じていると、必ず王都で再会するのだと。その誓いを籠めて彼女の額に口付けた。
俺にはもう、他の女性など考えられない。侍女殿を、シア嬢を望みたい。王都で再会したら、いやこの任務を遣り遂げたら、俺は―――。
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