第12話 侍女は騎士と晩餐会に出る
後で、と言ったものの、時間に余裕は無かった。エリーザ様のもとに戻り、お茶を供する。その間にメイドが湯の支度を整えた。お湯の世話は慣れたコリンナとメイドに頼み、その隙にユーグ様を捕まえに部屋を出た。
「どうした、侍女殿」
「どうしてフェリクス先輩がいるんですか? びっくりしましたよ」
そう告げると、ああそのことか、と分かった風に答えてくれた。
「<図書館> が付けた料理人の道案内兼護衛といったところかな。大公殿下からの伝言と贈り物を届けてくれたんだ」
「私は聞いてませんでした」
「何か気になるのかい? 彼は同僚だろう?」
「そうなんですけれどね、予定にない行動は気持ち悪いので」
先日の眠り薬混入の件といい、唐突に何かをされるのはどうにも不安が募るのだ。それが私の為だったとはいえ。
「そうそう、殿下の贈り物は衣装だそうだよ。もしも今から支度をされるのならそれを身に着けて貰えばどうかな」
「そうですね、いい考えです。では早速お部屋にお願いします」
了承したとユーグ様と離れてエリーザ様の元へと戻った。フェリクス先輩のことはまた後にしよう。
◆
果たして、大公殿下からの贈り物はドレスが三着、その中には晩餐会に相応しいものも入っていた。ロイヤルブルーに金糸で刺繍を施した落ち着きのある中にも華やぎのある、エリーザ様に良くお似合いのドレスだった。
「とても嬉しいのですが、わたくしにはちょっと派手ではないですか?」
恐る恐るといったふうにこちらに伺いを立てるエリーザ様のなんと可憐なことよ。大丈夫ですよ、と私は笑って太鼓判を押す。さすが殿下、だ。確かなお見立てに恐れ入る。共に贈られた履物や肩掛けなども最高級品で揃えられていた。そうはいっても既製品だ、後は王都に入ってからオーダーする心積もりなのだろうなと思う。さて、宝飾類は? と箱を探ってみたが入っていない。
まさか忘れたわけではあるまいに。疑問を持ったが、伝言を記した手紙をここで初めて開けて、アクセサリーはきっとたくさん持参されているからとあった。確かに荷物の見分した時に、ドレスの枚数に沿わないほどの宝飾類、何なら原石さえもあった。
コリンナに命じて似合いそうなアクセサリーを選ばせる。これも侍女としての重要な仕事の一つだからだ。あわあわと慌てている様子が小動物のようで愛らしく思うが、彼女がかなり悩んで選択したものはまずまずといったものだった。これも勉強、私は口を出さずに見守るだけとした。王都に戻ったら殿下に奏上して殿下の侍女を借り受けて指導をしてもらおう。なんてことをぼんやりと考えた。
時間となったので階段を降りて晩餐会を開く部屋へと案内する。始めは大きな広間の予定だったが、宰相一行が帰ってしまったので、もう少しこじんまりとしたところでの食事となった。
私も衣装をあらためて、上等な布で誂えたシンプルなストレートラインの濃紺のドレスに身を包んでエリーゼ様の後方壁際に控えた。これも大公殿下に戴いたものだ。万が一に備えて足には短剣を、髪や懐にもいろいろ小道具を仕込んであるが、素知らぬ顔をしてお客人を観察していた。するとユーグ様がこちらへと歩いて来る。彼はエリーザ様に向かって軽く目礼して、私の真横に並んだ。
「侍女殿、予定通り騎士を配置した。カンテ伯の連れてきた騎士たちにもお願いして外の守りに入ってもらっている」
「分かりました。お知らせくださってありがとうございます。ここはユーグ様が?」
「そこのカンテ伯の腹心のオドラン卿と私と貴女で十分だろう。ここには給仕も出入りするから人の目は十分にある」
「厨房はどうですか」
「勿論、配置している。安心してくれ」
「抜かりないですね、さすがです」
こそこそ話をしているとカンテ伯が妻と息子を伴って入ってきた。続いてこの街の有力者である町長夫妻と教会の司祭がエリーザ様と挨拶を交わして席に着く。後は宰相に置いていかれた文官のマルクル様と騎士のタルナート様で参加者は終わりだ。
その時、カンテ伯がこちらに声を掛けてきた。
「君たちも席に着きなさい」
「我々は護衛ですよ、こちらで控えておりますので」慌ててユーグ様が断りを入れたが、伯は聞き入れてくれなかった。
「別に構わないじゃないか。たくさん用意させたのに、せっかくの料理が余って勿体ないから是非一緒に食べてくれ」
こういうところが辺境の大らかさ、なのかな。ここで固辞しても仕方ないので、顔を見合わせ渋々といった体で末席につかせていただいた。
食事は非常に美味しかった。王都から来ただけはある、いい仕事をしてくれた。地元の野菜をふんだんに使った前菜から始まり、カンテ伯自慢の肉料理に至るまでぺろりと食べてしまった。お昼を中途半端な時間に取ったのに、だ。ちょっと食べ過ぎたので、この後のデザートは遠慮しよう。華奢なエリーザ様も良くお食べになってはいたが、さすがにこれ以上は無理だと思われたようで、コリンナを呼んでデザートは部屋へと運ぶよう申し付けていた。
晩餐会の間はカンテ伯が饒舌と言えるほどたくさん喋っていた。一足先に帰った宰相に物申したい分を発散していたのかもしれない。エリーザ様は大人しく耳を傾けておられた。万事控え目なお方のようだ。これまで社交にはあまり出ていなかったのだろう。リシャール殿下との婚約が結ばれた暁には、社交も大切なお仕事となる。ちょっと心配になってくるが、まあ私が心配することでもないか。
男性陣がお酒を飲みに別室へと移動していった。残された者で食後のお茶を戴いていた時だった。エーデルシュタイン公国の流行について、エリーザ様にカンテ伯の奥方様が質問攻めにしていた中、それぞれに小さなクッキーと一口サイズのチョコレートが供された。これくらいなら別腹で入るかなと思いつつ、クッキーを口に放り込んだ。これは誰が作ったのだろう? それとも買ってきたのかな。
町長の夫人がじろじろと見てからチョコを口に入れるのを見守りながら、こちらもお茶を飲んだ。チョコレートは最近王都で流行り出したお菓子だ。こんな国境の街では見かけないから珍しいのだろう。
と、ガチャリとテーブルが乱暴に揺れた。夫人が口を押さえて目を見開いている。どうしましたか? と給仕のメイドが駆け寄るのを制止して私が夫人に寄り添う。メイドには部屋の外にいる騎士を呼べと命じた。
「……なにか、へんな、あじが、……」
「口の中のものを出してください」
咄嗟に皿を一枚差し出すと、溶けかけたチョコを吐き出して、気持ち悪いと呟いた。
「立てますか?」
騎士はまだなのか、誰か来てくれないことにはこの場を離れるわけにはいかない。エリーザ様は両手で口を押えて驚いた顔をされている。
「誰も、今ここにあるものを食べてはいけません。そのままにして手を付けないように」
そう叫んだ途端にユーグ様の部下である騎士が二人、部屋に飛び込んできた。後を頼みます! と私は叫んで夫人を部屋から連れ出して化粧室へと急いだ。口の中を洗浄すると一応は落ち着いたようだ。出したものから考えるにまだ飲み込む前だったと思われる。胃の中まで出さずに済みそうだった。
「なんだか、くちが、へん、で、」
「痺れがありますか?」
聞くとうんうん頷いた。苦かった、と言いつつ青い顔をしてぺたりと座り込んでしまった。
カンテ伯が常駐を頼んでいた医官を呼び出して診察を受けさせた。今のところ毒というほどではないが、一時的に全身をしびれさせるようなものが混入していたという。クッキーを食べた私は何ともなかった。
あのチョコレートが原因なのだろうが、誰に聞いても用意したという人間がいない。どういうことだとカンテ伯もお怒りだったが、あの菓子は予定になかったものだと料理人が答えていた。邸にいる使用人なのか、お客様の一人なのか。今日は朝から食材を持った商人も出入りしているから、そういった外部の人間の可能性もある。ということで皆が疑わしく、すっかり疑心暗鬼に囚われてしまっていた。
拙いことになった、とはユーグ様の言だ。たまたま町長の夫人が一番に手を出して食べたからエリーザ様は大丈夫だったが、全員で口に入れていたら大変だった。死ぬことはないらしいが、痺れて動けない間に攫われることも起こり得たのだ。毒の混入も可能だよ、という宣戦布告にも思えた。安心してお茶も飲めなくなった。
とにかくもう遅い。お客人には休んでいただく手筈を整える。私とコリンナが今一度徹底して部屋の隅々まで何もないか確認して回った。顔を青くしたままのコリンナを宥めすかして今夜はエリーザ様と一緒に同じ寝台で休んで貰うことにした。二人ともまだまだ成長過程の子どもなのだ。寝る子は育つ。後は私が何とかします、と宣言して漸く眠りについてくれた。
小さく部屋の扉を叩く音がした。ユーグ様だろうと思って薄く扉を開けると、そこにはフェリクス先輩が立っていた。
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