第10話 侍女と騎士は呆気にとられる


「今日のあの宰相の態度、思い出すだけで腹が立つ」


 騎士を二人、ひとまずお部屋へと案内した公女殿下のところに残して、ユーグ様に誘われるまま軽く食事を取るべく食堂へとやってきていた。警備計画を練り直したいと言われたのだ。そりゃそうだろう。公女様にはどうやら専任の護衛騎士が付いていないようだったからだ。そんなに隙を見せてどうする。命を狙われたこともあると聞いているのに、襲って欲しいのか。


 ここいらの主食であるジャガイモをぷりぷりしながらフォークに刺した。グレイビーソースがかかっているが、本当に素朴な田舎料理だ。辺境伯が手配して下さったので、隣国のお客様方には王都の料理人が腕を振るうことになっているが、我々お付きは街の宿屋で働いているという料理人の作った素朴なものを戴いている。文句を言うわけではないが、一応王都暮らしなのでそれなりに舌は肥えている。それにこないだまで潜入していたお邸の賄いがとても良くて……。いや、止めておこう。


「最低でも三人くらい護衛騎士が付いてくると思っていたんだが、見当違いだったようだ」

「宰相閣下には八人付いていましたよ。何なんですか、あの人たち。公女様を蔑ろにしているのが見え見えで苛々しました」


 どうどう、と馬を宥めるかの如く、ユーグ様が手を伸ばして私の腕に触れた。


「ともかく、侍女殿には申し訳ないが、なるべく付き添ってあげてほしい。まさか本当に侍女が一人だけとは、な。カンテ伯に頼んで何人か寄こして貰おうか?」

「いえ、たくさんいると却って護りにくいので、このままでいきましょう。こうなったら公女様と侍女さんの二人に私が重点的に付き添いますので、外の固めをユーグ様たちにお願いします」

「分かった。俺も出来る限り、君に付き添うよ」


 いやいや、私じゃなくて公女様をお願いしますよ。腕に触れたユーグ様の温かさを振るうようにいったん手をあげて大仰にパンに伸ばした。豆のスープを引き寄せて口に運びながら、先ほどの茶番を思い出していた。


 ◆


「こちらにおわすが我が国の誇り高きエーデルシュタイン公が三女、エリーザ・フォン・エーデルシュタイン公女殿下である。そちらの第二王子のお相手を務めることになろう。よくよく頼んだぞ」


 殿下と言いながらも笑えるくらいに尊大な態度のままのギーレン宰相閣下は、さっさとへり下れと言わんばかりだった。絶対に目の前の公女様よりも自分の方が偉いと思っているに違いない。いちいち構っていられないと私はエリーザ様に向かってカーテシーを決め、腰を深く折った。ユーグ様以下騎士の方たちも不満そうに礼を取る。偉そうなヤツは相手にするのも馬鹿々々しい、時間の無駄だ。

 心の中でグチグチと突っ込んでいると、鈴の音のような可愛らしい控え目な声が天から降ってきた。


「わたくしが第三公女のエリーザです。皆さまにはお世話をかけますが、これからよろしくお願いします。横に控えているのはわたくしの侍女で、コリンナといいます」

「コリンナです。まだ見習いの侍女です。騎士の皆さま、姫様をよろしくお守りくださいませ……姫様、ヴェールをお外しになりますか」

「そうね、これから長くお世話になる方々ですからね」


 そう言ってエリーザ様はヴェールに手をかけてするりと外した。煌めくような豊かな金髪と噂の茶と金のヘテロクロミアが私たちに晒された。途端に騎士たちから感嘆の溜め息が漏れた。分かる、分かるよ。同性の私でもほうと見惚れてしまうもん。そんな容姿よりもぐっと私の心を掴んだのは、エリーザ様のふんわりとした優しい笑顔だった。


 おおう。なんて、なんて……! 見るとこちらを幸せにしてくれそうな天に昇れそうな笑顔だ。案の定、見ている騎士たちはすっかり惚けていた。勿論ユーグ様もだ。一瞬だけだけど。

 彼はいつものスマートさをすぐに取り戻して、改めて自己紹介をした。続いて私を侍女兼護衛として側に置くことを願い出た。


「護衛も兼ねるのですか。シアは凄いですね」

「お褒めに預かり恐縮です。時にはこちらから意見することもあるかと思いますが、どうか従ってくださいませ。なるべくそんな事態にならぬようにお護りいたします」

「大丈夫です。嬉しく思いますよ、シア。コリンナとも仲良くしてやってくださいね」

「はい、もちろんです」


 ひとり付き従うコリンナは、エリーザ様によくよく信用されているようだ。まだまだ幼さの残る顔立ちだが、私を信用してくれることを願う。


「公女殿下、我々でしっかりお護りいたします」


 まだ惚けている部下たちを叱咤しユーグ様が頭を下げた。それを見て、エリーザと呼んでくださいとはにかんだ様に仰った。

 エリーザ様、貴女のお相手はユーグ様でなしに、うちの第二王子なんですけどね。うん、分かるけども。

 ユーグ様とのやり取りを見ていると、なんだかもやもやとするものを感じる。


「では、この辺りで私は失礼する。恙無く引き渡しが終わったことを報告せねばならんのでな」


 エリーザ様とこちらの互いの挨拶が終わったと見るやいなや、宰相が相変わらずの偉そうな態度でびっくりするようなことを言い放った。ちょっと、捕虜の交換でもこんなに愛想無いことないよ?

 カンテ伯も慌てて、今晩くらいはこちらにお泊りください、と引き留めている。だが、失礼なほど不躾な視線でカンテ伯の別宅を見回して、私のもてなしにはここでは足りんとばかりに首を振った。


「用は済んだ」


 それだけ言い残すと護衛の騎士を連れ、さっさと馬車へと乗り込んでしまった。呆気に取られている私たちを見もしない。慌てているのは同じく公国から帯同してきた官吏と思われる文官もだった。


「え、書類のサインや交換の儀式もあるので困ります!」

「其方が代理で行えば良い。許す」

「許す……って、閣下! あんまりです!」


 遠ざかるやたらと豪奢な馬車を皆で呆然と見送った後、遠慮無く盛大な溜め息を吐く隣国の文官殿は、ひとり残った騎士を振り向いて、仕方ないな、と同意を求めた。騎士も騎士で降参と言わんばかりに手をあげてみせた。

 そんな二人の様子をしばらく見ていたカンテ伯は、額に手を当て空を仰いでおもむろに問い掛けた。


「――私がこれから言うことは独り言だと思ってくれていいのだが、」

「と、とにかく謝罪を。幾ら何でも辺境伯様に対してあのような態度を取りましたことに謝罪させて下さいませ」


 恐縮しきりに頭を深く下げている二人に対して、構わんから楽にしてくれと言いつつ、カンテ伯は驚くようなことを口にした。


「あの宰相閣下は本当はエーデルシュタイン公その人ではなかったか?」

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