第3話 司書と仲間たち


「では、無事にエーデルシュタイン公国から戻ってきたジョスランに、かんぱーいぃぃ!」

「「かんぱーい!」」


 皆に声を掛けたと言っても、いつもの店に集まったのは、ジョスランと私と、あとはレファレンスサービスのアナイスに裏方担当の五つ年上の先輩フェリクス・オーブリーの四人だけだった。この仕事、割と個人主義の人間が多くて他人とつるむのを嫌がる傾向にある。私だって大勢とは嫌だが、集まる顔触れがなんとなく予想が付いたので参加したのだ。まぁこんなものだ。


 情報漏洩に引っ掛からない範囲で、ジョスランが公国の最新情報を教えてくれた。私の任務は今のところ国内の、王都周辺に限られているが、いつ行かされるか分からない。聞いておいて損はない。


「……へええ、馬車よりも早い乗り物ね」

「蒸気機関車って言うんだ。あれは凄いぞ、一度にたくさんの人や荷物を運べるからな。早々に王国でも取り入れるんじゃないか。カネは掛かりそうだが」

「早くこっちまで伸びればいいのにね。乗ってみたいや」

「それから公妃殿下が亡くなられたって話だ」

「ん-、聞いてないよね。公妃が亡くなったならもっと話題になってもいいのに」

「葬儀はあったけれど、あまり表立ったことをされてなかったし、喪に服すって感じでもなかった。へえそう、くらいな反応だったな」

「それは寂しいねー」

「そう言えば、あちらでは紅茶よりも、苦くて黒い飲み物が流行ってるんだって?」

「珈琲っていうんだ。一口飲んだ時は苦さに驚いたけれど、慣れるとクセになる。それに甘いケーキに良く合うよ」

「あー、私も行ってみたいわーっ」

「アナイス、今からでも実行部隊に志願したら?」

「無理に決まってるじゃん。レティみたいな体力ないもん」

「アナイスとおんなじ子爵令嬢とは思えんもんな、レティシアーネ嬢は」

「だって。私は養女だからね」


 そう。私は元々貴族じゃないと思う。思う、というのは良く知らないからだ。


 物心付いた時にはプロスト子爵の養女となっていて、割と大切に育てていただいた。子爵に奥方はいない。昔結婚しようと思った女性はいたようだが、結局結婚せずに未だに独り身だ。なのにどうして私を拾って養女にしたのか。男の子だったらまだ分かる、子爵家の跡継ぎに必要だから。だが子爵が選んだのは私だった。


 ちょいと厄介な事情を抱えている捨て子の私に、身分と教育を与えてくれた。それだけでも大いに感謝すべきだと思っているし、実際思っている。だが愛情は求めていないし、向けられてもいない。だからアナイスの言葉に困惑した。


「プロスト子爵ってお優しい方よね」

「え? だとしたら、そう見せてるだけだよ。私には別に事務的対応だから」


 そう言った私に彼女は人差し指を鼻の先でふるふると左右に動かす。


「あれは慈愛に満ちた顔だよ。気付いてないの、レティだけ」


 嘘だそんなの。拾われてからこっち、慈愛だなんて感じたことないのに。


 名をジャン=リュック・プロスト子爵と言う。愛情なくとも書類上では父親だ。この国の宰相閣下の側近中の側近で私設秘書官を勤めている。領地を持たない宮廷貴族というやつだ。その実、<図書館> の理事の一人であるので、上司でもある。


 だからだろう、私は幼い頃からいろんなことを教えられた。読み書き計算は勿論のこと、テーブルマナーに始まり、貴族らしい仕草や受け答え、王都に住まう貴族の関係性から隣国の言語や世界情勢や、何なら掃除洗濯料理といった家事一般も叩き込まれた。全ては将来こうして<図書館> の<司書> としての駒を育てる為に。断じていうがそこに愛情はなかった。


「そんなことより、君の侍女の話を聞かせてくれよ。ファルファッラ夫人の邸宅にいたんだろ」


 フェリクスがもう酔っぱらっているのか、赤い顔して遠慮なく聞いてくる。


「うん、賄いの食事が美味しくて、リネンも上質なものを使っていたし、下働きのメイドだって大勢いたんだよね。立派な邸宅だったし、待遇も良かった。今の仕事辞めたら雇ってもらおうかなって思ったくらい」

「一番に賄いが出てくるのかよ、何だよそれ」と三人が笑う。

「どうしてだか、金回りが良くって、邸内も美術館みたく豪華だった。あそこの主人は何というか、」

「それは、うん、分かるから言わなくていいぞ」


 酔っていても頭はちゃんと回っているらしいフェリクス先輩が、私が言わんとしていることを察知して口止めした。


「そーいや、フェリクス先輩! お邸に来てたよね?」

「ああ、留学していた時の知り合いがこちらへ仕事で来ているって聞いてね、挨拶しに行ったんだよ」

「へぇぇー。驚いちゃったんだよー。あそこってほら、紹介制だから、滅多に行けないじゃん」

「まあな。知り合いがいるから特別に入れて貰ったんだよ」


 フェリクス先輩はちょっと困惑気味だった。こちらをじろりと眺めている。失礼な、酔ってないよ。


「ねー、もっと面白い話があるんだよー」という私の口を自分の手で塞いで、今日はお開きだと勝手に締めてしまう。お前酔ってるぞ? と耳元で囁いた。


 自覚はないのだが酒が入ると余計なことを口から滑らすらしい。誰だよ、レティに酒飲ませたやつ、という言葉を聞きながら、すうっと意識が遠のくのが分かった。

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