第2話

 高校の校門をくぐると、茜と湊の前を一人の女の子が横切った。彼女は茜に気づくと、すぐに駆け寄ってきて、手を振りながら声をかけてきた。


「茜ちゃん、おはよ~!一緒に体育館行こうよ!」


 女の子が茜に明るく声をかける。しかし、湊を見る目は冷ややかだった。


「ごめんね、湊くん。私、美咲と一緒に行くから。また後でね」


 茜はそう言うと、美咲という女の子と一緒に体育館の方へ歩き出した。湊は一人取り残され、少し寂しさを感じながらも、一人で体育館へ向かった。


 体育館では、入学式が行われていた。在校生を代表して、生徒会長の朝比奈美桜が挨拶をする。


「新入生の皆さん、本校へのご入学おめでとうございます。私は生徒会長の朝比奈美桜です。皆さんの高校生活が実り多きものになることを願っています」


 美桜の凛とした姿に、湊は思わず見とれてしまう。高校二年生にして生徒会長という異例の抜擢だが、その人望の高さがうかがえた。


 入学式が終わり、湊は教室に向かう。茜とは別々のクラスだったが、美咲とは同じクラスだった。教室に入ると、美咲はまた湊を睨みつける。


 (何だよ、あの目は。俺、何かしたっけ?)


 湊は内心で思いながら、自分の席に着く。すると、後ろの席に座っていた男子生徒が話しかけてきた。


「なぁなぁ、なんかあの子に睨まれてるけどなんかしたのか?」


 そうやって目線を美咲の方に向ける。


「別に何もしてないんだけどな」


「そうなのか?てっきりあの子に気があるのかと思ったけどそうじゃないのか」


「入学して初日でそれはないんじゃないのか?」


「言われてみれば確かにそうか。そういえば自己紹介まだだったな。俺は千葉大翔って言うんだ。よろしくな」


 千葉は明るい笑顔で湊に手を差し出す。


「高橋湊だ。よろしく」


 湊も笑顔で返事をし、千葉の手を握り返した。


「湊ってどこの中学から来たんだ?」


「田舎の方から上京してきたんだ」


「ってことは今一人暮らしなのか?すごいな湊は」


「そういう大翔はどこの中学なんだ?」


「この辺にある都立の中学からだよ。大体の奴らそうなんじゃないのか?」


「まぁそれはそうだろうな」


「で、湊は普段何してるんだ?」


「普段は家でゲームやったり寝たりしてるな」


「確かにそういう顔してそうだもんな」


 そういう顔ってどういう顔だよ。と内心思ったが口には出さないでおこう。


「大翔はゲームとかしないのか?」


「いや、するよ。パリオカートとかモンスタースレイヤーとか。逆に湊はどういうゲームをしてるんだ?」


「俺は、パソコンのゲームをよくやってるな。例えば、モンクラとか、あとはモンスレもやったりするな」


「モンスレやってるのか!今度一緒にやろうぜ!」


「まぁ機会があればいつでも」


 そう会話をしているとあっという間に朝のホームルームの時間になった。


 入学初日は自己紹介や時間割やアイスブレイクなどの時間だった。入学初日は午前中で終わり、来週から本格的に授業が始まっていく。


「湊、この後飯行かね?」


 帰りのホームルームが終わった後に大翔が誘ってきた。


「あぁ、いいよ」


 断る理由も特にないため、一緒に昼食を食べ行くことに。


「この辺りでおすすめの店とかあるのか?」


「うーん、無難にラーメン屋で良いんじゃね?」


「俺はこの辺のことよくわからないから頼んだ」


「じゃあ、ラーメン屋で」


 二人は学校近くのラーメン屋に入った。席に着き注文する。


「湊は何にする?」


「じゃあ醤油ラーメンで」


「じゃあ俺は味噌ラーメンで」


 注文を済ませると、大翔が話し始めた。


「一人暮らしってどんな感じなんだ?」


「楽しいけど面倒って感じ」


「全部、自分でやらないといけないから暇な時間がないね」


「あー、確かにそれは面倒かもな」


 他愛もない話をしていると、大翔が学校での話を始める。


「そういえば、今日睨まれてた美咲って子のことどう思った?」


「どうって、別に何とも思わないけど。ただ、なんであんなに俺のこと睨んでたのかは気になるな」


「そうだよな。俺もあの子、ちょっと怖かったもん」


 思い当たることといえば、茜と一緒に登校してきたことだな。


「もしかしたら今日茜と登校したのがまずかったのかもしれない」


 湊はラーメンを啜りながら答える。


「茜?ってか湊、お前初日から女の子と登校するってどうなってんだよ……」


「まぁ色々とあってな」


「深くは触れないでおこうか。んで茜って子が美咲と友達で湊と一緒に登校してきたから嫉妬してるってことか?」


「そうなんじゃないのかと俺は思ってるけど実際どうだかわからないな」


「そっか。でも、気をつけた方がいいぜ。女の子の嫉妬は怖いからな」


 大翔は冗談めかして言う。


「何言ってんだよ。茜と俺はそういう関係じゃないし、美咲に嫉妬される理由なんてないだろ」


「はいはい、わかったよ。じゃあ、そういうことにしておこう」


 大翔は苦笑しながら、自分のラーメンに箸をつける。


 二人はラーメンを食べ終えると、店を出た。


「じゃあ、また来週な」


「おう、また来週」


 湊は大翔に手を振り、帰路についた。


(とりあえず、無事に入学式を終えられたのか……?)


 そんなことを考えながら、湊は家に向かって歩いていった。


 家に着くと、湊は靴を脱ぎ、リビングに向かう。すると、隣の部屋から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「こん……は~! ……して……まーす!」


(また始まったよ。茜のVtuber配信)


「一体、どんなVtuberなのかちょっと気になるな……」


 湊は苦笑しながら、自分の部屋に向かった。こっちでの生活も慣れてきて、ようやく撮影や編集に手を付けられるようになってきた。


 いつもは2時間ほど撮影し、その後は疲れるまで編集をするというルーティンを繰り返している。今日はモンスレの撮影と編集。


 一昨日にアップデートが来たのでその撮影。


「だいたい、こんなものか」


 アプデ内容を一通り撮影し終えたので、一旦夕ご飯にすることに。それなりのキッチンはあるのだが、基本出前に頼ってしまう。


 ご飯を作る時間すらもYoutubeに当てたいからだ。


「とりあえず、ご飯が来るまで編集するか……」


 湊はパソコンに向かい、撮影した動画の編集を始める。アップデート内容を分かりやすく伝えるために、テロップを入れたり、効果音を入れたりする。


 編集に集中していると、突然インターフォンが鳴った。しかも短い間に何回も。


(出前がそんなことをするはずがない。もしかして……)


 慌てて玄関に向かう。ドアを開けると、そこには茜が立っていた。少し怯えているような様子だ。


「ご、ごめん……急に呼び出しちゃって……」


「どうしたの?何かあったの?」


「実は…部屋に虫が出たの……。私、虫が苦手でさ……」


 茜は恥ずかしそうに言う。湊は困ったように頭を掻いた。実は湊も虫が苦手なのだ。でも、頼られてしまっては仕方ない。


「わかった。俺も苦手だけど、駆除するよ」


「本当?助かる……!」


 ほっとした表情を浮かべる茜。そういえば、さっき茜はVtuberの配信をしていたはずだ。


「ところで、配信してたんじゃないの?ちゃんと配信切った?」


「あ、それが……ミュートにはしたんだけど、終わらせられなくて……」


 茜は困ったように言う。配信を続けたまま湊を呼んだということか。


 二人で茜の部屋に入る。女の子らしい内装に、ゲーミングPCとデュアルモニター、高性能マイク、Webカメラが並ぶ。まさにVtuberの配信部屋といった趣だ。


「虫はどこに?」


「あ、あそこの窓際……」


 茜が指さす方向に、小さな虫が止まっている。湊は殺虫剤を手に取り、そっと近づいていく。


 シュッと一吹き。虫は動かなくなった。


「これでいいか?」


「あ、ありがとう!ホッとした……」


 茜は安堵の表情を浮かべる。


「じゃあ、配信終わらせてくるね。ごめんなさい、待っていてもらって……」


「あ、うん。いいよ」


 湊はそう言って、茜の部屋を出た。少しして、茜もリビングに来る。


「改めて、ありがとう。助かったよ!」


「どういたしまして。それより、今日のVtuberの配信だったのか?」


「もしかして、声大きかった……?」


「まぁ、薄っすらと聞こえるぐらいだけど……」


「そうなの。ごめんね、迷惑かけちゃって……」


「いや、別に気にしてないよ。でも、これから毎日そんな感じなの?」


「うーん、まだ分からないけど、頑張りたいとは思ってる!」


 茜の目は輝いている。その瞳を見て、湊は少し感心した。


「応援してるよ。茜のVtuber活動」


「ありがとう!」


「それじゃあ、俺はこれで」


「ちょっと待って!」


「どうしたの?」


「湊くんってゲームとかやったりするの?」


「まぁそこそこにはやったりするかな」


「パソコンのゲームとかもやったりする……?」


「結構やったりしてるな……」


「例えば何やってるの?」


(すごいグイグイと聞いてくるな……)


「最近やってるのはモンスレとかモンクラとかかな?」


「モンクラ……そう!モンクラ!私にモンクラ教えてほしいの!」

 茜は目を輝かせ、湊に近づいてくる。その勢いに、湊は少し圧倒されながらも応える。


「わかった、わかったからちょっと距離を……」


 そう言って湊が一歩後ろに下がると、茜の服装が目に入った。部屋着とはいえ、薄手のタンクトップからは鎖骨が覗いている。思わず目をそらしながら、湊は言葉を続ける。


「っと、ごめん。教えるのは構わないけど、その前に聞きたいんだけど……」


「何?何?」


 茜は好奇心旺盛な子犬のように、再び湊に近づいてくる。ぴょこぴょことした仕草に、湊は思わず苦笑する。


「あわわわ、ごめんね!」


 茜は慌てて距離を取り、頬を赤らめる。その様子を見て、湊は少しくすぐったい気持ちになる。


「教えるのはいいんだけど、パソコンのゲームってやったことあるのか?」


 我に返るように、湊は話を戻す。茜は少し俯きながら、小さな声で答える。


「まだやったことない……というかパソコン全然触ってない……」


 パソコン初心者がいきなりVtuberデビューとはすごいな。普通は慣れている人がやるものだとてっきり思っていたが、それだけの熱意があったんだろうな。


「なるほどね……まぁ、時間があるときでよければ教えるよ」


「ほんと!?やった!じゃあいつなら空いてる?」


 学校が終わった後は撮影したり編集したりする時間を確保したいな。だけど、人とゲームをするのもたまにはいいからな。まぁ少し寝る時間は減るかもしれないがそれでもいいか。


「学校終わった後とかならいけるし、休日ならそれなりに暇してるかな」


 基本的、休日も撮影や編集で一日終わることが多い。だからどこかに出かけるということもしない。そのおかげで今のYoutubeがあるのだと思っている。


「明日は土曜日だし、じゃあ明日とかどう?」


「明日か……」


「やっぱり忙しい……?」


 全く忙しくない。なのでその誘いを受けることに。


「じゃあ明日にしよう。って言ってもどうやって教えればいいんだ?」


「うーん、私の部屋に来る?」


 いきなり部屋に入って教えるスタイルは流石にまずいんじゃないのか。一応、男と女ではあるからな……。


「いや、流石にそれはちょっとまずいと思うから、通話しながらやろう」


「何もまずくはないと思うんだけど……まぁ湊くんがそういうなら通話で!」


「そしたら昼過ぎぐらいでいいか?」


「全然いいよ!」


「わかった。それじゃあまた明日」


「うん!また明日!」


 そうやって茜とゲームの約束をし、湊は自分の部屋に戻った。ちょうどそのタイミングで出前も届き、夕食をとる。


(明日は茜にゲームを教えるのか……どうやって教えればいいんだろう)


 人とゲームを全くやったことがないわけでもない。撮影するときに助っ人で手伝ってもらうことだってあるし、ネットの人とゲームをすることもある。でもそれはみんな、やり方が分かっている前提なんだ。


(まぁ、明日になればなんとかなるだろう……)


 そんなことを考えながらも、湊は少しワクワクしていた。普段は一人でゲームをすることが多いが、たまには誰かと一緒にゲームをするのも悪くないかもしれない。


 夜も更けてきた。湊は明日に備えて、早めに布団に入ることにした。

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隣のVtuberが騒がしい件 一之瀬 @ichinooose

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