第16話 逆転の一手
「──どうして、こうなった?」
俺の目の前には、生首が四つ転がっていた。
首は四つとも、男のものだ。
城塞都市ベリルブルグの領主、テレサブードの四人の夫──
彼らの頭だけが、床に並べられている。
ここは謁見の間──
俺はテレサブードに促されて、彼女が昨日座っていた豪華な椅子に腰をかけて、それを眺めている。
四つの首の横にテレサブードが跪いて、俺に対してこうべを垂れている。
「これは、オレの……デリル様に対する、忠誠の証でございます」
「そう、か──」
俺は何とか、声を絞り出す。
俺の隣ではメイド服を着たレキが、お澄まし顔で立っている。
テレサブードの『忠誠の証』を──
その示し方を、当然のことのように受け止めている。
──いや、全然『当然』じゃないから、これ……。
テレサブードの四人の夫は、政略結婚で婿に出された者達だ。
彼らを殺してしまえば、婿に出した彼らの実家が、どう出るか分からない。
間違いなく不快に思うだろうし、宣戦布告と受け止める所もあるだろう。
自分達からの攻撃を誘う、挑発行為だと捉えるかもしれない。
すぐに戦争に発展するとは限らないが────
首が四つ……。
連携して、攻撃してくるかもしれない。
攻撃してきたら、どうしよう──?
イヤだなー。
俺はそこそこ裕福に、そして安全に暮らしたかっただけなんだ。
伴侶となったテレサブードに、夫が四人いたって構わない────
彼らの事も蔑ろにしてはいけないよと、俺は彼女に言い含める気でいた。
しかし、昨日は色々あって疲れていた。
──眠かった。
だから俺は、睡眠を優先したのだ。
今日、話しをする予定だった。
だが、その前に……。
殺しちゃったか────
「……貴様の忠誠、しかと受け取った。──余は嬉しいぞ。テレサブードよ」
殺してしまったものは、しょうがない。
生き返らすことは出来ないのだから、適当に話を合わせて労っておいた。
「勿体なきお言葉──」
俺が褒めてやると、テレサブードは感極まった感じで喜んでいる。
────褒めて良かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フロールス王国と聖ガルドルム帝国の戦争は、フロールス王国の劣勢で推移している。しかし、辺境の北の地においては、デリル・グレイゴールの調略によって城塞都市ベリルブルグが、戦わずしてフロールス王国側に渡った。
戦闘を一度も行わずに、調略によって堅固な城塞都市を落とす。
そのような離れ業を繰り広げた知将の出現に、聖ガルドルム帝国の上層部は戦慄した。
デリル・グレイゴール──
帝国にとって最大の脅威であるこの人物を討伐する為に、総勢五十万の軍隊が城塞都市ベリルブルグ奪還に向けて、組織されることとなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれから、半年か──」
俺は馬車に揺られながら、街道を西へと進んでいる。
城塞都市ベリルブルグから、グレイゴール辺境伯領へと向かっているのだ。
ガルドルム帝国は城塞都市を俺に奪われて、ムチャクチャ怒った。
帝国は、激おこぷんぷん丸になった。
なんとしても、城塞都市を攻め落とそうと、準備を着々と進める。
特に、婿を殺された四つの勢力が中心となり、裏切り者のテレサブートと彼女を唆した俺の事を絶対に殺すと宣言して、大軍で都市を包囲しだした。
…………大人げない奴らめ。
テレサブードが、『ここはオレに任せて、デリル様はお逃げ下さい』と言って、都市が完全に包囲される前に、俺を逃がしてくれた。
城塞都市ベリルブルグから逃げ出した俺は、実家を目指して馬車で移動している。
──テレサブードは、用兵能力に長けた女傑である。
城塞都市もその名が示す通りに、高い防御力を有する。
だが、あの数に囲まれて、攻められて、どのくらい持つかは分からない。
「親父を説得して、早く助けに行ってやらないとな──」
城塞都市が落ちれば、次はグレイゴール辺境伯領が攻められるだろう。
俺たちが生き延びるためには、先手を打って軍を出し、敵の包囲を攻撃して崩すほかない────
あの偏屈なボケ親父も、今回ばかりは素直に協力してくれるだろう。
俺はそう算段して、実家を目指している。
「今、そんな余裕はない──」
援軍を要請した俺に、親父がお断りの返事を返してきた。
────親父がボケた訳ではない。
本当に、余裕が無かったのだ。
俺が城塞都市ベリルブルグに籠っている間に、フロールス王国と聖ガルドルム帝国西方軍の争いは、佳境を迎え、そしてほぼ決着がついていた。
ガルドルム帝国は領土を広げて、超大国となっている。
東側のベリルブルグと、西側のフロールス王国の両方に、兵力を割いた二正面作戦を敢行していた。
フロールス王国の首都は陥落し、国王は処刑されて、生き残りの亡命者がこの辺境伯領へと、続々と逃げ込んでいるという状況らしい──
確かに余裕がないな。
生き残りの避難者の中には、フロールス王家の生き残りもいて、彼らが中心となって、最後の決戦に向けて準備をしている最中だという。
……そうか。
最後の決戦──
そいつは邪魔できんな。
援軍は期待できない。
こっちはこっちで、何とかしよう。
俺の動かせる戦力は、シルヴィア達冒険者メンバーしかいないが、彼女たちと協力して、敵の包囲網を何とかするしかない────
俺がそう決意して、動き出そうとしたところで、親父から制止される。
「──デリルよ。お前には最終決戦で総指揮官となり全軍を率いて欲しいと、王家から直々に、要請がきておるのだ。貴様がベリルブルグを調略で手に入れた話を、聞き及んだらしくてな……藁にも縋らねばならん状況だ。そういう打診がきておる」
「……勘弁してくれよ。藁に縋りつきたいのはこっちだぜ──親父」
俺が総大将になるっていうことは、負けた後で責任取って首を刎ねられる役を、俺に担えってことだろう────
「そう言うな。愚息よ──王家からの直々の要請なのじゃ……我らグレイゴールは王家から多大な恩を受けておる。無下には出来ん。行ってこい、愚息」
大事なことでもないのに、二回も愚息って言うなよ。
ボケ爺……。
──だがまあ、そう言われると断れないな。
どうせこの戦争に負ければ、生き残ったとしても俺の未来は真っ暗なんだ。
……いいぜ、やってやる。
なんかもう、ここまで来たらヤケだ。
俺は総指揮官を、引き受けることにした。
──テレサブードの救出は、シルヴィア達に任せよう。
シルヴィアとミリーナで包囲網に奇襲を仕掛けて、暴れまわり混乱させる。
それで一時的にだが、ベリルブルグからの退路を作る。
ンーゴ達に元盗賊は、逃げ道や抜け道に詳しい──
みんなで協力すれば、何とか生き延びる芽は作れるだろう。
そちらの手筈を整えてから、俺は王国軍の大本営へと向かった。
これから滅びゆく王国の、最後の将になる為に────
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はレキを伴って、敵情視察に出ている。
総大将自らがすることでは無いと、周りからは止められたが、無理を言って出てきた。じっとしていても良くない未来ばかりが浮かんでくるので、気分転換も兼ねて、決戦予定地を見に来たのだ。
未来予知スキルの予定表が、俺が死ぬ未来を教えてくれている。
──この決戦に負けて、処刑される。
その未来を変えるために、何かしら行動を起こそうと、ここまでやって来た。
敵軍の重要人物にでも遭遇すれば、レキに暗殺して貰おうと思っている。
俺とレキの二人──
出来ることと言えば、それくらいだろう。
それ以外では、何かあるかな?
──俺は肉体変化で子供の姿になれる。
チャンスがあれば、レキと二人で遠くに逃げても良い──
そんな漠然とした考えで、結構遠くまで来てしまった。
敵の軍勢が、野営をしているのが見える。
「あの辺にいるのが、敵の先遣部隊か──」
あの後ろからも、敵がうじゃうじゃとやって来ているのだろう。
お帰り願いたいものだ。
俺とレキの二人で、この辺境伯領を抜けるのは無理か……。
レキ一人なら何とか行けるかもしれないが、俺が足手まといになる。
敵国から逃げ出そうとする子供の二人組とか、見つかれば奴らの良い玩具にされるだろう。
脇道や回り道も、敵に監視されているだろうしな──
とはいえ、このまま何もしなければ、死ぬことは確定している。
多少無茶なことでも、何か行動しなければならない。
──となると、やはり暗殺か。
俺とレキは、敵が野営している場所まで移動することにした。
敵に見つからない様に、山に入って進んでいると、少し開けた場所に小規模の陣幕を発見する。
「あれは……?」
「あの旗────恐らく、『聖女』がいるのではないでしょうか?」
…………聖女だと!
敵の最重要人物じゃないか──
しかし、なぜ敵部隊から離れた、こんな場所にいる?
いったい、何を……。
──解った。
う○こ、だ!
違うかもしれないが、多分そうだ。
──聖女といえども、出すものは出すだろう。
これは俺が待ち望んだ、運命を変える絶好の好機である。
──だが、相手が聖女では、暗殺は出来ない。
フロールス王国もここまで、ただボコられていたわけではない。
敵の戦力の要である『聖女』に関して、情報を集めて情報共有もなされている。
総大将を押し付けられた俺も、聖女と天使の関係はレクチャーされていて、把握済みだ。
天使は常に、聖女の側にいる訳ではない。
基本的に、聖女は野放し状態だ。
ただ──
聖女が死ぬような場面になると、必ず『天使』が降臨して聖女を守護する。
だから聖女は部隊の前衛に立ち、自らの身を危険にさらし続ける。
そうすれば天使は、聖女を守るために降臨するからだ。
天使が降臨すると、両軍共に、身動きが取れなくなる。
そして、天使による虐殺が行われる──
こちらは何もできず、敵に攻撃され続ける。
天使が出てきてしまうと、どうしようもない。
ずっと相手のターンになる。
──ここまで負けてしまっている訳だ。
聖女さえ、なんとかできれば────
殺せないのであれば、誘拐するか?
誘拐か……。
俺とレキで、上手く行くとは思えない──?
だったら、ラブ・アロー。
それで聖女を、俺の配下に……。
その場合、天使は降臨するのか?
────解らない。
一番、勝率の高い賭けは……。
……。
…………。
俺は隠蔽した魔力で、ラブ・アローを作る。
聖女の姿は、目隠しの囲いで見えない。
レキにターゲットの位置を教えて貰う。
狙いは、彼女に任せる。
──俺は魔法の矢を、解き放った。
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