第14話 お前を婿として、差し出すことにした

「お前を婿として、差し出すことにした」


 ────親父が、厳かな顔でそう言った。



「ほう…………、ん? いや『ほう』じゃない──自分で言うのもなんだが、俺みたいなオッサン……向こうから『お断り』されるんじゃないか──?」


 親父に対して──

 俺は至極まっとうな、心配と懸念を投げかける。






 グレイゴール領ライドロースが敵国に占領されて、二か月が経過した。


 親父が俺に伝えたのは──

 聖ガルドルム帝国との、停戦交渉の結果だ。



「……心配するな。婿入りというのは建前で、実質人質として──お前を敵国に送るということだ」


 ……人質か。

 まあ、それなら『要らない』と言われて、送り返されることもないだろう。


 だったら、いいか──


「任せておけ、親父!」

 俺は胸を張って、そういった。







 俺は人質として、隣国ガルドルム帝国に送られることとなった。

 婿入りという建前で、差し出されるのだ。


 相手は城塞都市ベリルブルグの女領主テレサブード。

 三十八歳で都市の頂点に立つ、キャリアウーマンだ。



 まあ、俺の結婚相手としては、悪くはない────


 人質として敵国へ送られるのだから、まともな結婚生活など期待できないのは解っている。──けれど俺には、ラブ・アローがあるからな……。


 相手の好感度を強制的に、上昇させることが出来る。


 上手くすれば向こうで──

 テレサブードちゃんと、ラブラブな新婚生活が送れるだろう。



 仕事の出来る女性に養って貰って、だらだら過ごす。

 ──よし、中々良さそうな将来設計だ。


 人質と聞いた時には、どうなることかと思ったが──

 これから先も、今まで通りに、気ままなニート生活を堪能できそうだ。


 ────良かった、良かった。



 俺が胸を撫で下ろしていると、親父が怖い顔で睨んできた。


「お前、またなにか『やらかす』気じゃ、あるまいな……」



 何が『やらかす』だ。

 ──失敬な。


 元々こんな状況になったのは、親父のせいじゃないか!!






 俺は親父から、ライドロース地方の領主に任命された。

 ──しかし、それは親父の嫌がらせだった。


 俺がライドロースで何もできずに、右往左往するように仕組まれていたのだ。

 親父の計略のせいで、俺はライドロースの領主ダルグースと殺し合う羽目になり、政敵のダルグースは死亡した。




 俺と対立したダルグースを、レキが始末した後、砦内は騒然となる。


 ────俺はレキに伴われて、すぐに砦を脱出し、追手を振り切り逃走に成功する。落ち着いてから、肉体変化で子供の姿になり、追手の目を欺いて関所を通過──


 この屋敷まで、逃げ帰ることが出来た。




 俺は無事に難局を乗り切ったのだが、領主を失ったライドロース軍は、あっという間に瓦解した。


 トップが急死して軍隊が霧散したライドロース領は、ガルドルム帝国軍の侵略に為す術なく、あっけなく占領されてしまう。


 停戦と和睦交渉の末、親父はライドロース領を諦めた。

 ──さらに、俺を人質として敵に差し出し、恭順する道を選んだのだ。




「まったく、親父の自業自得なんだよ。領土を敵国に取られて……王家にどう言い訳をする気だよ、まったく、もう……。親父の尻拭いで、俺が人質とかさ──まったく!」


 俺はぶつくさと文句を言いながら、食事を摂って眠りについた。




 それから十日後──

 俺は人質となる為に、ガルドルム帝国の城塞都市ベリルブルグへと旅立つ。


 連れて行ける従者は一人だけだったので、レキを供にした。


 俺とレキを乗せた馬車は、占領されているライドロース領を経由して、ベリルブルグへと向かう。



 女領主テレサブードの婿になる為に────






 

 城塞都市ベリルブルグの正門をくぐり、内部に入る。

 ──町の雰囲気は、戦勝ムードで浮ついていた。


 舗装された道を、馬車が進む。


 馬車の前後には、ガルドルム帝国の兵士が護衛についている。

 ……護衛という名目だが、実際は監視といったところだろう。


 俺はこれから人質として、敵国で暮らすことになる。

 しかし、悲嘆に暮れてはいなかった。


 ……それどころか、リラックスしてさえいる。



 ──この先、どうとでもなるだろう、という余裕がある。

 なにせ俺には、ラブ・アローという切り札があるのだ。


 領主のテレサブードにラブ・アローを撃ち込めば、この都市での俺の優雅なヒモ生活は確約されたも同然なのだ。



 俺がそう考えて、余裕をぶっこいていると、スキル『予定表』が発動した。


「────んおっ!」



 ……。

 …………。


 俺は発動したスキルで、未来を知った。





「また、殺されるのか――」


 いくらなんでもさぁ……。


 ──殺されすぎだろ。

 ……俺。


 



 近い未来、俺が死ぬ詳細が分かった。


 スキル予定表で、予知された未来────

 俺はこの城塞都市で、『スペルキル』という男に、殺されることになるらしい。



 俺を殺す実行犯は、四人──。


 その四人のまとめ役がスペルキルという男で、俺のことをスパイ容疑で逮捕して、拷問して殺すことになる。


 そいつらはテレサブードの夫で、政略結婚でこの都市に送り込まれた良家の坊ちゃんたちだ。


 ……。

 そいつらが何故、俺を殺すことになるのか──?


 俺は気楽なヒモ生活が出来れば、それで満足するような男だ。

 ──スパイ活動などするはずがない。



 そう──

 『スパイ容疑』というのは、俺を殺すための口実だろう。


 なんでそいつらは、スパイ容疑をでっち上げてまで、俺を殺すんだ?





「う~ん、どういうことだ──?」



 俺は女領主テレサブードに、ラブ・アローを使う気でいる。

 それで俺の身は安泰だと思ったんだが……。



 それでも俺は『スペルキル』に殺される。


 ──何が狙いだ?

 …………。



 俺を殺すことで、そいつが得られるメリットなど無いだろう。


 狙いがあるとすれば……。

 考えられるのは……。



 グレーゴール領への、侵略再開──

 俺をスパイにでっち上げて、それを大義名分に侵略を再開する。


 その辺りが、有力な動機になるか……。



 もともと今回の和平は、態勢を整えるための時間稼ぎで──

 帝国はグレイゴール領を、丸ごと占領するつもりでいたのだろう。

 

 …………。

 ラブ・アローでテレサブート一人を押さえても、その流れは止められないようだ。

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