第13話 今すぐ、この屋敷から出て行きなさい!!

 俺はライドロース地方の新領主として、親父に任命された。


 だが、この地を代々治めてきた『ダルグース』の奴らが、大人しく、支配権を渡すことは無かった。

 


 ──そりゃ、そうだよね。


 だって、親父は俺を嵌めて『始末』する気でいたので、領主交代の連絡をダルグースに対して出していない。この情報はメイド長のエレーヌと、親父の愛人クロエから聞き出したものなので、間違いはないだろう。



 この地の領主と仲たがいさせて、俺を困らせるのが親父の狙いだ。


 俺は追い出された。

 事前にこうなることは、解ってはいた──。








 俺が領主を訪ねると、屋敷の主のダルグースは戦争へ赴いていて留守だった。

 代わりに俺の相手をしたのは、ダルグースの妻だ。

 

 ダルグースの妻は、俺の腹違いの姉になる。

 血は半分しか繋がっていないし、殆ど会ったこともない。


 だがそれでも、姉であることに変わりは無い。

 

 ひょっとしたら、俺の話を聞いて、前向きに検討してくれるかもしれない……。



 そんな甘い期待を持って、俺は親父からこの領地を任された経緯を話した。



 しかし────

 そいつは俺の言うことを真に受けずに、屋敷から追い出した。


「今すぐ、この屋敷から出て行きなさい!!」


 出て行けと──

 ピシャリと、言われてしまった。


 そりゃ、そう言うよな。

 当然の拒絶だ。


 いきなりやって来た評判の悪い愚弟が、今日からこの領地は俺の物になる。

 ──などと言ってきた時の対応としては、極めて妥当なものだろう。




 ……実際言われると、ちょっとだけイラっとしたが、それだけだ。


 ただ──

 今日はこの屋敷に泊めて貰って、明日帰ろうと思っていたのだが、その当てが外れてしまった。




 ──仕方ない。

 俺は言われるままに屋敷を出て、町で宿を取ってくつろいでいる。


「あの女……デリル様を追い出すとは──今から私が、始末してまいります」


 レキが物騒なことを言い出したので、慌てて止めた。

 忠誠心が高すぎるのも考えものだな。


「待つのだ、レキよ。こうなることは、想定の範囲内──あの女は捨て置いてよい」


 俺がそう言うと、レキは大人しく引き下がってくれた。

 正直ここで、面倒事とか起こしたくはない。


 ──早く帰って、親父と交渉して、領主の件は取り下げて貰おう。




 まったく親父の奴……、ちょっと暗殺しようとしたくらいのことを根に持って、こんな嫌がらせをしなくてもいいだろうに……。


 ん?

 ああ、そうか──

 親父は嫌がらせで、こんなことをしているんだった!


 俺はまだ、ダルグース本人と話していない……。

 このまま戻っても、また行って来いとか言われそうだな。


 領主のダルグースとも直接会って、親父の意向を知らせとくか──



 どうせ追い払われるだろうけど、それがわかっていても面会しておかないと、多分、二度手間になる。


 ──やれやれ。

 散々なお使いクエストだ。


 



 俺はレキを伴って、聖ガルドルム帝国の侵略軍と対峙している最中の、領主ダルグースの元に向かっている。


 俺がこれから赴くことは、早馬を出して知らせてある。

 向こうも戦争準備で忙しいだろうが、お茶菓子くらいは出してくれるだろう。



 このライドロース地方に来ても、スキル『予定表』の未来予知は作動しない。不吉な未来は予知されなかった。


 この地方への訪問と滞在で、俺が死ぬような未来は無いということだ。




 ────ただしそれは、俺に野心が無かったからだと思う。


 この領地をダルグースから奪い取ってやろうとすれば、相手も手段を選ばずに俺を排除しようとするだろう。


 未来は不変ではない。

 慎重で賢い俺は、冒険者仲間を連れて来なかった。

 

 護衛はレキ一人だ。

 数が多いと相手に無用な誤解を与え、警戒されてしまう可能性があるからだ。


 俺が本気で領地を奪う気でいるのなら、手持ちの戦力をすべて連れてくる。

 ──だが俺に、その意思はない。

 

 護衛が少女一人なのが、その証なのだ。

 細やかな気配りをしつつ、俺はダルグースのいる砦へと向かう。




 砦付近に近づくと、ちょうど戦闘が行われていた。

 前哨戦の様子が、遠目に見える。


 フロールス王国軍は、剣と魔法、それに弓などを使い戦う。

 対してガルドルム帝国軍は、ライフルのような形状の魔道具を装備していて、秩序だった集団行動で戦っている。


 あの魔道具は『聖女』が神ヤコムーンから授かり、奴隷兵に支給して使わせているものらしい──。


 フロールス王国側は既存の砦に籠り、ガルドルム帝国側は構築した陣地を足掛かりに攻め寄せてくる。


 お互い拠点に籠り、にらみ合い、散発的に交戦している。





 この世界の魔法は、貴族の生まれの者にしか使えない。

 長い年月をかけて、術者が魔法の精度を上げていく。


 ガルドルム帝国のライフル型の魔道具は、威力こそ熟練の魔術師に劣るが、魔法スキルの無い平民でも使えるという利点がある。


 使用している平民は、強制的に魔力を引き出されて、早死にするらしいが──

 奴隷兵はいくらでも補充できるので、問題は無いのだろう。





 一列に並んだライフル部隊が、指揮官の号令で一斉に攻撃すれば、かなりの脅威になる。


 ここから見た感じだと、敵軍にかなり押されている印象を受ける。


 ──この砦、大丈夫なんだろうな?


 早いところ用事を済ませて、お家に帰りたい……。

 俺は馬車を急がせた。





 俺はレキと二人で砦に入り、ダルグースの元まで案内された。

 砦の中にまで、時折戦闘音が響いてくる。


 ──早く帰りたいなぁ。



 案内された部屋に入ると、そこには椅子に腰かけたダルグースが、十人ほどの部下を従えて、俺を待ち構えていた。


 背後の扉が、音もなく閉まる。

 ──閉じ込められた。



 ダルグースは忌々しそうに、俺を睨み吐き捨てる。


「この忙しい時に、欲に駆られて、こんなところにまで来るとは……なんという愚か者だ。お前のようなうつけ者に、領主が務まる訳ないだろう。もういい加減、目障りだ。──牢に入って大人しくしていろ、このクズが!!」


 ────何一つ、言い返すことの出来ない正論だ。



 ダルグースの合図で、部屋にいた十人の兵士が一斉に武器を構える。


 マズいな……。

 俺がそう思って、あたふたしていると──

 いつの間にかレキがダルグースの背後を取っていた。

 


 そして──

 何の躊躇もなく、ダルグースを刺し殺した。

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