第5話 金貨百枚を、持ち逃げする。

 奴隷少女レキ──

 彼女は暗殺の、実行犯になるはずだった。

 その彼女に魅了魔法を使用して、絶対の忠誠を誓う配下にすることに成功した。


 ──レキの忠誠心は凄まじい。

 なにせ、俺を殺そうとした己の行いを悔いて、自害しようとしたくらいだ。


 

 この少女のことは、信じられる。

 デリルはアンダーグラウンドな組織との付き合いが豊富にあった。決して褒められたものでは無い人生経験で、培った直感がそう告げている。


 思えば、この俺『デリル・グレイゴール』は──

 貴族という特権階級に生まれて、怠惰を貪り、権力をかさに横暴に振る舞い、他人に対する思いやりは欠片も持たなかった。


 それゆえ、周りからは見下されて、知り合いはろくでなしばかりだ。



 心から信頼できる者など、ただの一人もいない。

 ──そんなデリルに、信じられる相手が出来た。


 たとえ、魔法スキルで強制的に作った忠誠であっても──

 そういった相手が一人いるだけで、こんなにも心が満たされるのかと驚いている。


 

 暗殺を防いだ翌日── 

 俺は爽やかな気分で目覚める。


 目覚めたら、ギャザンパの首が部屋に置いてあった。

 ──ギャザンパというのは、俺を暗殺しようとした奴隷商人だ。


 その首の傍らには、レキがちょこんと座っていて、獲物を取ってきた猫のような顔で、俺を見つめている。


 ……。

 …………。


「──でかした。偉いぞ、レキ」


 俺は取り敢えず、褒めておいた。

 レキは俺に褒められて、嬉しそうだ。


 ──レキが嬉しそうで、何よりだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ──暗殺未遂があってから、二日後の昼。

 

 俺とレキの二人は、グレイゴール領内の南方の町にある、冒険者ギルドへと赴いていた。

 実家には置手紙で、暫く留守にする旨を伝えてある。


 レキによる暗殺が失敗したことは、計画を立てた者達にも伝わるだろう。

 俺は自分の親父が主犯か、そうでなくとも、計画に一枚噛んでいるとみている。



 グレイゴールの屋敷に、住み続けるのはリスクが大きい。


 そのことに気付いたのは、暗殺を阻止した翌朝──

 それから大急ぎで、家出計画を立てて実行している。


 レキは奴隷商人ギャザンパから指示されて、俺を殺そうとしたらしい。

 だが、その上の指令系統が、どうなっていたのかは知らなかった。

 

 ギャザンパが死んでしまった今となっては──

 そこから上は、辿れない。

 

 奴隷商のトップが死んで、そっちも大騒ぎだ。

 ────という訳で、情勢が落ち着くまで、家出することにした。


 


 俺とレキは、変装している。

 

 俺はスキル『肉体変化』で、再び十歳の姿に──

 レキには男装させて、連れてきた。



 偽名も考えてある。

 俺の偽名は『グレイ』で、レキの偽名は『レッド』。

 俺たち二人は『冒険者を目指して、一緒に家出してきた』という設定で、これから通すことにした。



 俺が変化する肉体年齢は、二十歳くらいが良かったのだが、その年齢への変化は上手く出来なかった────

 俺がスキルで変化できるのは、四十六歳のおっさんか、十歳の子供のどちらかだ。



 家を出る時に、グレイゴール家から、小金貨を百枚ほどくすねて来た。

 日本円にすれば、百万円くらいの価値がある。


 ──これで当面の生活費には、困らないだろう。





 俺とレキは『グレイ』と『レッド』という平民として、冒険者ギルドに登録し、新たな身分証を得た。


 冒険者生活、初日──

 その日はギルドで勧められた、冒険者向けの宿屋に泊まることにする。


 これで目的の、半分以上は達成された。



 別に俺は冒険者として活躍したいわけでも、成り上がりたいわけでもない。

 暗殺を避けるため、暫く安全に身を隠せれば、それでいい──


 ただ、周りから怪しまれない様に、ある程度は『新人冒険者』として活動する必要はある。けれど、熱心に冒険をする気はない。


 それよりも優先するべきなのは、信頼できる手駒を増やす事だろう。

 なにせデリル・グレイゴールは弱い。


 ──貧弱だ。

 そして、これから強くなる見込みも、皆無と言って良い。


 だとすれば、身の安全の為にも、強力な仲間の存在は不可欠だ。

 幸い仲間はスキル『ラブ・アロー』で増やせる。


「当面はスキルで、仲間を増やすか──」


 短期目標は、仲間探しに決めた。




 ただ、このスキルを行使するにあたり、懸念が無いわけではない――


「一つ聞きたい、レキよ。────俺がラブ・アローを具現化すると、かなり怯えていたな? 吸血鬼がどうとか……それは、この俺がラブ・アローに込めた魔力量に対し、畏怖していたということで間違いないか?」


「はい、デリル様の膨大な魔力に圧倒されて、畏れと怯えで動けなくなりました」


 

 …………。

 まあ、俺自身も結構怖かったからな、あれ……。

 標的になる方は、もっと怖いだろう。


 スキルを発現させると、かなりの威圧感を相手に与えることになる。


 そうなると、相手からの捨て身の反撃を、誘発してしまう危険が出てくる。


 ──それは困る。

 デリルは貧弱だからな。

 石とか投げつけられたら、簡単に死んでしまう。


 できれば相手に気付かれずに、不意打ちで一方的に、ラブ・アローを撃ち込めるようにしたい。


 …………ふむ。

 困ったときの、スキル頼み……。


 それ用のスキルを、新たに習得しておこう。





 俺は宿屋のベットに腰を掛けて、スキル一覧から、目当てのスキルを探し出す。

 デリルの習得可能スキルは、攻撃系は皆無だが、こういう姑息なのは結構多い。


 『魔力隠蔽』


 スキル・魔力隠蔽

 自身の魔力の気配を隠蔽し、周囲から気付かれない様に隠すことが出来る。


 よし──

 これを取ろう。


 このスキルを習得したことで、相手に気付かれずに魔法を行使することが可能になった。──魔力を隠蔽できれば、隠密行動もしやすくなるだろう。






 次の日から、冒険者ギルドへと、律儀に赴く──

 登録したての新人が、怠けていては怪しいからな。


 冒険者ギルドの中は、女性冒険者の割合が多かった。


 ……。

 男はずっと続いている戦乱で、兵役を課せられている者が多く、不足しているそうだ。


 俺の記憶は魔力変換の影響で、大部分が欠落している。


 女性の割合の多さに疑問を感じて受付で尋ねたら、そういう答えが返ってきた。

 このグレイゴール領に限らずだが、戦乱はかなり長引いている。



 『聖ガルドルム帝国』という大きめの国が、周辺諸国に対し、手当たり次第に戦争を吹っ掛けてかなり経つ。


 いくら大国と言えど、そんな無謀な軍事行動は長続きせず、すぐに自滅するだろうと思われていたが、聖ガルドルム帝国には『聖女』が定期的に誕生する。

 その『聖女』とやらが、神から色んなものを授けられていて、帝国はそれらを戦争に活用している。

 そのせいで、侵略の勢いが止まらないそうだ。


 俺がレキと交わした『奴隷契約書』も、そのひな型は、神から授けられたものらしい──


 グレイゴール領も帝国との戦争で、人手や物資を提供している。 

 さらに、近隣諸侯とのいざこざも、絶えず起こっている。




 ──まあ、領地の跡継ぎでもない俺には、関係のない話だな。


 俺の目標は、暗殺されないことだ。

 そして、生き延びたうえで、そこそこ贅沢に暮らしていければ、それでいいと考えている。


 そのためにも、戦闘能力の高い部下が欲しい。

 女性冒険者の比率が高いのは、俺にとって好都合だ。


 別に男が相手でも、ラブ・アローは効くだろう。

 だが心理的に、男には撃ちたくない。


 ギルド内を手当たり次第に鑑定して、強そうな奴を探したが、飛びぬけて実力のある奴はいなかった。ラブ・アローで忠誠心を上げて、部下を増やすにしても、相手は選ぶべきだ。




 手あたり次第に部下を増やせば、周りからすぐに怪しまれるだろう。

 

 ──相手と人数は、慎重に選ぶ必要がある。



 *************************


 名前

 デリル・グレイゴール(グレイ)


 武力       10

 知力       18

 統率力       4


 生命力               70/70

 魔力     8899969 /8900000  


 カリスマ                  0

 

 スキル

 予定表 限界突破 ラブ・アロー 鑑定 魔力変換 肉体変化

 魔力隠蔽


 忠誠心(限界突破)

 レキ


 *************************


 ちなみに──

 子供になった俺の戦闘能力値は、90だった。

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